第8話 島の守り神
「初めまして。隣に引っ越してきた源雪久です。鈴の叔父で、ついこのあいだ保護者になりました」
「ご丁寧にありがとうございます。初めまして、豊島宮子です。事情は聞いているわ。若いのに大変ね、何かあれば頼って良いから、遠慮しちゃダメよ」
宮子さんの視線が僕から鈴ちゃんに、一瞬だけ移る。
優しく薄い笑みを浮かべていて、そんな仕草から彼女の性格が分かるような気がした。
寝癖でぴょんぴょん跳ねている髪がすべてを台無しにしているから、尊敬はできないんだけどね……。
「鈴ちゃんが子供の頃から知ってるし、ある意味? 家族? みたいなもの? だから、気軽に宮子姉さんって言っても良いのよ」
隙の多い服装で、目のやり場に困っている最中になんてことを言うんだ! 本当に宮子お姉ちゃん! と呼んで、抱きついちゃおうかなと思ったけど、自分の立場を思い出した。
理想的な大人の男性、いや威厳があると見せるために、このお願いは残念ながら断るしかない。
「いつも鈴がお世話になっております。宮子さんと呼ばせていただきますね」
とてつもなく残念そうな顔をしているけど、僕は無視して話を進める。
「これはつまらない物ですが……」
紙袋から東京の有名店で買ったお菓子の箱を取り出す。丁寧に包装されていて、中心にロゴが堂々と印刷されている。
よくテレビに取り上げられるお店だということもあり、宮子さんの表情は一瞬にして変わった。
「これ、予約しても買えないって噂のお店だよね!? すごい! やったー! ありがとう!!」
子供っぽく両手を挙げて受け取ったので、ちゃんと喜んでいるんだと思う。安心した。無理して高い商品を買ったかいがあったよ。
何度も飛び跳ねている。
そう、ブカブカな服を着た状態で飛び跳ねているんだ。
嬉しいのは分かったから、どうか落ち着いて欲しい。ジャンプするたびに服がめくれ上がりお腹が見えるし、何より胸が大きく動いて目が離せない。いや、そうじゃない!!
年頃の女の子ほど、こういった男の視線には敏感なんだよ! ネットに書いてあった! 嫌われてしまうじゃないか!!!
全力で顔を背けると、ちょうど鈴ちゃんの顔が目に入った。
「宮子さんは、甘い物が大好き」
小さくため息をはいて呆れていた。
宮子さんとは真逆で、大人っぽく少し達観したような顔をしている。
「だらしないし、子供っぽい。結婚したら旦那さんが苦労しそうって、お母さんが言ってた」
「そ、そうなんだ」
恋愛経験はほとんどなく、結婚なんて想像したこともない僕は、宮子さんをフォローする言葉は浮かばなかった。
「他にも行くところがあるから。宮子さん、またね」
「う、うん! またねー!」
お土産を持って踊るように家に戻る彼女を見送ってから、僕らは手をつないで他の家も回る。高齢化が進んでいるみたいで、出てくる人はおじいちゃん、おばあちゃんばかりで、若い人は宮子さんだけだった。
東京で買った粗品はどれも喜んでくれたので、ご挨拶回りは成功と思って良いかな。初めてのことばかりだったので、少し安心した。
「やることは終わったし、散歩してもいい?」
「うん」
一仕事を終えた僕たちはノンビリと歩き出した。目的地はレンタルサイクルショップのある港だ。
夏が始まり陽差しが強いけど、そんなことを気にせず周囲ののどかな景色を楽しみながら前に進む。土がむき出しになっている農道のような道の端には背の低い雑草が生えていて、田舎に来たなと改めて感じてしまった。
空気はもちろん澄んでいるし、背の高い建造物は一つもないので、見通しがすごく良い。遠くに太陽光を反射した海が見えるから、開放感に浸りっぱなしだ。
いつかは見慣れてしまうのかもしれないけど、今はこの景色が宝物のように思えていた。
と、感傷になっていると、いつの間にか軽トラックが目の前に止まっていた。運転手は鈴ちゃんの知り合いのようで、二人で会話している。
「後ろ乗って良いって」
道路交通法的にはダメなんだろうけど、交番すらなさそうなこの島じゃ関係ないか。
空の荷台に上って座ると、鈴ちゃんは自然な流れで膝の上にちょこんと乗っかった。顔を上げて見つめられると、「どいて」とは言えなかった。
エンジンの始動音と共にブルブルと振動が始まって、軽トラックが動き出す。
最初はなんともなかったんだけど、次第にお尻が痛くなってきて、鈴ちゃんが僕の上に座った理由ができた。
親愛でも、人恋しさでもなく、実利を得るために僕を利用したのか……。
女性の成長は早いと言うけど、そんなところまで大人っぽくならなくても良いのになぁと、思わずにはいられなかった。
◆◆◆
港について軽トラックから降りた僕たちは、予定通りレンタルサイクルショップで二人乗り用の自転車を借りた。
「どこにいこうか?」
「島の守り神様に挨拶してないよ?」
「え?」
「神様が住んでいる建物があるの。移住する人は挨拶するきまりなんだよ?」
この島を最初に発見した集団の一人が、神様として崇められているって聞いたことがあった。兄さんから、たいした場所じゃないと言われて一度も行ったことがなかったな。
何年もここに住むんだから挨拶はしておこうかな。島のしきたりであれば守っておいた方が良いだろうって、打算的な考えもある。
もちろん、そんな超常的な存在を信じているわけではないし、いるなら兄さんたちを何で助けてくれなかったんだって問い詰めるけどね。
人が神様として祀られるなんて、何とも不思議な感覚。この島の歴史を感じるチャンスがあったことに、なんだかワクワクする自分がいた。
「そっか。なら、僕も行かないとね」
「場所は分かる?」
「ううん。案内を頼んでも良い?」
「任せて。前に乗るね」
次の目的地が決まったので、自転車に乗って移動を始める。まだ小学生の鈴ちゃんは足がペダルに届かないので、僕が動力源として必死に漕ぐこととなった。
挨拶回りをしていたこともあり、今は12時近い。ジリジリと肌を焼く陽差しが体力を削って、額から汗がしたたり落ちる。腕で拭うけど止まることはなかったので、諦めて水分補給をするだけにとどめていた。
社会人になって身体がなまってしまったかな? そのうち余計な思考をする余裕はなくなって、守り神がいると言われている場所に着いたときには、息も絶え絶えの状態だった。
「ここだよ」
ずっと鈴ちゃんの後ろ姿だけをいていたから気づかなかったけど、周りは知らない風景だ。
入り口には十段ぐらいの短い階段と鳥居のようなゲートがあり、奥には小さい建物がある。すべて石造りで、所々にコケやヒビ、色あせてたりするので年期を感じさせる。
この島は探索し尽くしたと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。
周囲は木々に囲まれているので、外から見る分には気づかないだろう。少し前の僕みたいな観光客は、ここの存在を気づかないまま海で遊んでいるに違いない。
自転車から降りた鈴ちゃんが、階段を上って振り返った。
「早く行こう。神様も待っているよ」
無言でうなずくと、後ろを着いて歩く。
境内は小さいので、すぐに社と思われる場所に着いた。
「目を閉じてから手を合わせて、これからお世話になります、って言うの」
手本を見せてくれたので僕もマネをする。
『鈴ちゃんの保護者で一緒に住むことになった源雪久です。これからお世話になります』
心の中でつぶやいた瞬間、頭に手を置かれた感触があった。
慌てて目を開けて周囲を見渡すけど、僕たち以外の人は存在しない。
ふと、視線を下げたら鈴ちゃんがこっちを見ていた。
「歓迎してくれたみたい。お腹減ったからご飯食べよ」
何か知っているのだろうか? 質問をしようとしたけど、すでに階段を降り始めている。今更、引き留めるわけにはいかないか。
「う、うん」
妙な感覚について疑問が解けないまま、小さなため息をはいてから後をついて行くことにした。
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