美少女で有名な姪の保護者になりました~離島で二人っきりの共同生活と怪異~

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鈴ちゃんとの出会い

第1話 僕と鈴

 僕には十五歳、年の離れた兄がいる。


 母さんが再婚した相手の連れ子だったので、血は繋がっていない。


 けれど、本物の兄弟より兄弟らしいと言ったら変な表現になってしまうけど、仲の良さだけはどこにも負けていない自信はある。兄さんが大学、就職、結婚とライフステージが代わり一人暮らしを始めても、最低でも週に一回、多いときは毎日会っていたほどだ。


 兄さんの子供が三歳になり、奥さんの実家がある南の離島に引っ越してからも関係は続く。暇を見つけては、一人で会いに行き、兄さん夫婦や姪ともよく遊んだ。


 大学を卒業して就職するすると、エンジニアとして忙しい日々を過ごすようになり会いに行く頻度は減ってしまったけど、それでも今年の夏も遊びに行く予定を立てている。


 何をして遊ぼうか。姪へのプレゼントは欲しがっていたオモチャにしようかな。美佳義姉さんには高級菓子がベストだろう。甘い物が好きと言っていたからチョコレートが最有力候補で、兄さんは――。


「ん?」


 お土産の計画を立てていると、テーブルに置きっぱなしになった携帯電話が震えていることに気づいた。


 深夜なのに珍しい。


 ディスプレイを見ると実家の母さんからだ。普段なら寝ている時間なのにおかしい。こんな時間に電話なんて、父さんが亡くなったとき以来だ。


 いやな予感に襲われながらも、携帯電話の通話ボタンを押す。


「落ち着いて聞いてね。あなたの兄、光輝が亡くなったの」


「……………………え?」


 不吉な予感は的中した。それも、最悪な部類。

 これなら、医者から余命宣告された方がマシだ。


 どうか嘘であってほしい。

 そんな願いは続く母さんの言葉によって否定される。


「家族でピクニックに出かけた時に、光輝と美佳さん、後は美佳さんのご両親が、崖から転落したって。警察は事件性のない単純な事故死として……処理したみたい…………お葬式は三日後に決まったわ」


 悲しみ、疲れ切った声から冗談や嘘ではないと伝わってくる。


 話を聞いた僕も似たようなものだ。全身に悪寒を感じ、喉が渇く。先ほどから携帯電話を持つ手の震えが止まらない。けど、不思議と涙は出てこなかった。


 母さんが今後の予定をはしてくれているけど、言葉が頭に入ってこない。

 脳の処理しきれない情報をカットして、現実を拒否する。


「――喪主は母さんがやるから、ちゃんと来るのよ」


「うん」


 なんとか返事をすると通話が終了した。

 ツゥツゥと、電話終了音が聞こえても動けない。


 兄さんが、死んだ。

 その単語だけが、頭の中をグルグルと駆け巡っていく。


 しばらくすると、手からするりと携帯電話が抜け落ち、ふらつきながら歩いてベッドに倒れ込む。


 ふと、脳内に、子供の頃に経験した夏の光景が思い浮かんだ。


 太陽の陽射しが肌に突き刺さるほど強く、汗を滝のように流しながら、兄さんと二人で山を登って川釣りをしていた思い出だ。声が聞き取りにくくなるほど蝉が煩く鳴くなか、川辺に座って釣り糸を垂らす。サンダルを履いた足は、川の中に入れっぱなしだ。


 あのときは、そうだ、僕は一匹も釣れなくてガッカリしてたんだっけ。見かねた兄さんが魚を分けてくれて、バーベキューエリアで焼いて食べた気がする。


 細かいことは何も思い出せないけど、兄さんの笑顔と、楽しかったという記憶だけが残っていた。


 こんな時に昔を思い出すなんて、悲しみのあまり脳が気を利かせて、現実逃避をさせてくれているのかもしれない。人の体は便利にできてるなと、感心しながらそんな状況を受け入れている。


 小さい部屋に閉じこもって膝を抱えていれば、兄さんが迎えに来てくれるんじゃないかと、妄想して小さく笑ってしまった。


 馬鹿だなぁ。いつまでも迷惑をかけることしか考えてない。僕は大人になっても弟という立場に甘えっぱなしだなぁ。


 もっと兄に恩返しがしたかった。


 大人になって自由に使えるお金も増えて、これからって時だったのに。「後悔先に立たず」とは、このことなのだろう。自分いくら恨んでも、取り返しがつかないのだから。


 無造作に転がり、仰向けになる。


 一人暮らしをしてから半年。未だ慣れない天井を見つめていると、この世界で一人っきりになってしまったと錯覚してしまう。


 兄さんが、いない。そのことが黒いシミのように、心の中にジワリと滲み出て、広がっていく。耐え切れずに一滴の涙が流れ落ちると、感情が爆発して子供みたいに声を上げて泣いてしまった。


「いつも、兄さんは、すぐ、追いつけない場所に行ってしまうっ! 帰ってきてよっ!! 僕は、ここにいるよっ!!!!」


 どのぐらい、泣き叫んでいたのか。声が枯れるほどなので、数分ということはないだろう。気持ちが落ち着いた頃には、日が昇り始めていた。


 僕は携帯電話を拾い上げると、社内で使っているチャットツールを立ち上げる。


『お疲れ様です。源 雪久です。兄が亡くなったので、一週間ほど有給をいただきます』


 文字を打ち込んで送信ボタンを押す。反応を確認せずに放り投げた。


 電話やメールをせずに休めるなんて、このときほど、管理がゆるめなIT企業でよかったと思ったことはない。


 僕も後を追えたらどんなに楽なことか。そんなこと考えながら、着替えるのも忘れて、赤子のように体を丸めて眠っていた。


◆◆◆


 兄さんのお葬式は、奥さん、僕から見ると義姉の実家。つまり南の離島で、しめやかに行われることとなる。


 交通手段はフェリーのみ。お通夜に集まったのは両家の親族は、三人との別れを惜しみ、盛大に見送ろうと、声を張り上げて思い出を語る。母さんも微笑みながらその輪に入っていた。


 まだ立ち直れない僕は輪に入る気もせず、一人でビールを飲んで周囲を眺めていると、兄夫婦の一人娘――鈴ちゃんが目に入った。


 今年で九歳になる、やや茶色く長い髪が特徴的で、目はくるりと大きく、唇は少し厚い。幼いながらも女性らしい色っぽさを感じる形をしていた。肌は全体的に色素が薄く、外国人に間違えられることもあるらしい。体つきは、まだまだ子供といった感じだが、将来は男を惑わせる美女に成長することは間違いないだろう。


 そんな将来有望な少女は僕と同じく取り残されていた。

 寂しそうに兄さんたちが入っている棺桶の方を見ている。


 あぁ、そうだよね。一緒に住んでいた両親と、祖父母を同時に亡くしたのだ。その悲しみは僕と比べものにならないほど大きいはずだ。


 家族と呼べる人が一斉にいなくなり、頼る人もいない。世の中を恨み、絶望するには十分な理由だし、子供が一人で抜け出せるほど温い感情ではなく、持ち続けてしまえばいつか死に至るほど、深く、暗い感情だ。


 この中で一番仲の良い僕が、近くにいてあげるべきだろう。

 自分の感情を押し殺してでも子供を優先する。これは大人の義務だ。気持ちを切り替えよう。


「鈴ちゃん」


 思い切って声をかけると、鈴ちゃんがこちらを向いてくれた。


「……雪久おじさん」


 僕の蚊をお見て柔らかい笑みを浮かべてくれたけど、目に生気を感じられなかった。何とかして助けてあげたい。そう思うには十分だった。


「鈴ちゃん、覚えてくれてたんだね」


 話しかけながら隣に座る。


「年に何回も来る人なんて、おじさんぐらい……忘れるはずがないよ」


「よかった」


「あっちには行かないの?」


「騒がしいのは苦手なんだ」


「そっか……一緒だね」


 会話が止まる。


 お互いの仲は悪くはない。いや姪と叔父の関係であれば、仲が良い方に部類に入るだろう。けど、僕たちは多弁ではないので、会話は弾まなかった。


 こんなとき何を話せば良いのか分からない。


 どうしようもないまま、沈黙の時間が過ぎていき、時間の感覚があやふやになってきたころに、鈴ちゃんの口がゆっくりと開いた。


「一人に……」


 小さく、かすれた声だけど、耳にはっきりと届く。


「なっちゃった」


 僕を見つめる瞳から、限界まで溜めた水がこぼれ落ちた。

 顔が歪んで、次々と涙がこぼれ落ちる。腕で何度も拭っているけど、止まることはない。意思でコントロールできるほど、軽いものではないのだ。


「あれ、おかしいな……絶対に、泣かないって……決めたのに」


「いいんだ。泣いて良いんだ」


 見ていられず、衝動的に抱きしめた。驚いて体が固まっていた鈴ちゃんだったけど、次第に力が抜け落ちていき、最後は胸の中で声を上げて泣き出した。


「なんで、私は、ここにいるのっ!!!」


 周りに悟られないようにと、抱きしめる力を強めて胸に押しつける。くぐもった嗚咽が僕の心に突き刺さる。


 兄さん、なんでこんな良い娘を残して逝ってしまったんだ! まだ幼いのに! これからもっと、想い出を作っていくはずたったろうにっ!!


 僕よりも辛く、耐えようとしている娘がいる。それに比べて自分はどうだ?


 いい年した大人が、さっきまで自分のことだけ考え、死にたいとすら思っていた。そんな自分を恥じる。もっと早く気づいて上げられればよかったっ!


 つられるようにして、涙がこぼれ落ちた。


 最後の気力を振り絞って、声は出さなかったけど、それでも情けない姿をさらしていたと思う。


「私、これから、どうなっちゃうのかな」


 鈴ちゃんがポツリと呟いた言葉が、僕に重くのしかかってくる。


 まだ遊びたい盛りの小学生なのに、将来を心配しなければいけない境遇に、同情を感じられずにはいられなかった。

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