僕の命日でも笑っていたい

今朝未明

第1話 宣告

 少年は降りしきる雨の中、鳥居の前で呆然と立ち尽くしていた。

 傍らには傘が開いたまま逆さに落ちている。


「ぼ、僕……が、明日……消える……?」


 思わず漏れた微かな声は、近くを走る自動車の音で掻き消された——。


          *


「ねーねー。もし、明日さあ、世界が滅びるとしたら、あーちんは何する?」

 なんだよ急に。

 僕は東雲しののめに眼で合図を送った……前を向けと。

「わたしはねー大好きなエクレアを、いたっ!」

 先生が投げたチョークは白い放物線を描き、東雲の後頭部へ直撃した。お見事……。


 今は世界史の授業中だ——。


 にしても近世ヨーロッパの授業内容から世界崩壊を連想するって分かりやすい奴だな。まあ、東雲らしいといえばそこまでだが……。

 えへへと言いながら後ろ髪をわしわしと撫でる東雲。少しだけシャンプーのいい香りがした——。


「気を付け! 礼! ありがとうございました!」 


「ねーねー! あのさ! さっきのエクレアの続きだけど!」

 東雲は教科書の片づけもしないまま、後部席の僕に話の続きをしてきた。


「エクレア? そんな話したっけか?」 

「わたしは世界が滅んだとしてもエクレアを食べるのだ、ふふーん!」


 高校生がどや顔で言うことかよ。てか、世界が滅んだらエクレア食べられないだろ。と、口は使わず鋭い眼力でツッコミを入れる。


「そ、そんなあ! 幼馴染だからって、あーちんひどいおおお!」

 東雲の特技である超能力さながらの洞察力で、僕の言いたいことは通じたようだ。


 しかし、この能力は東雲の欠点でもある……。


 あいつは幼い頃から気を遣い過ぎている。友達にも大人にも……。

 それゆえに一部の女子からは距離感が難しいと疎外されているみたいだ。僕からすれば疎外する理由にはならないと思うし、たぶん女の嫉妬ってやつだ。黙っていれば容姿は可愛い系に分類されるはず。幼馴染の僕が思うのだから間違いない……って何考えてるんだ。


「あ! そういえば、あーちんが何するか聞いてなかった!」

 ちっ、誤魔化せなかったか。

 明日、世界が滅びるとしたら……? っていう話だったよな?

 真面目に考えようとすればするほど全く浮かばないな。

 僕の日課である神社に参拝する。っていう答えはあまりに平凡過ぎるもんな。

「別に」

 僕は何も考えきれなかったことを悟られないように答えた。

「あー! わたしだけ言わせてずるい!」

 言わせては……ない……。言わせては——。


          *


「キョウカはんの記憶が印象的みたいどすなあ……アセイはん」

「……う、うう」


さっきの記憶は……たしか、2週間前の記憶?


 目の前の世界が霞んで、見えない……狐の顔? が横を向いている?

 ああ、僕が横たわっているだけか。少し頭はくらくらするが、どうにか体を起こして周りを見渡す。


 鳥居、狛犬、賽銭箱……。


 てことは神社の境内……にいるのか? にしても境内の外は暗闇に覆われていて不気味だ。

 いつも目にしている神社にも思えたが、ここまで冷ややかで淀んだ空気は漂っていない。


「そないに警戒しいひんでも、まだ何もしまへんさかい」

 狐のお面を被った少年は諭すように僕に話した。まだ何もしていないという発言が気に掛かるが……。

「き、君とはどこかで会ったことあるかな?」

「はい、ありますえ」

 少年はあまりに堂々と答えるため、僕はどこで会ったのか聞きそびれてしまった。


「えーと、心拍数が正常値になるまで12分掛かったなあ」

「ん? 心拍数て?」


「あんたの残された寿命は23時間48分どす」

 その発言は狐のお面越しでも分かるような、それはそれはにこやかな声だった。

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