青春が終わっても。

暁 夜明

第1話

 月夜に照らされた淡い影は、淡々とした無機質な街灯の力の前に消されて行く。

 人の夢も同じ様に、叶った強い願いの裏に朧げ月夜の影が差していた事を知る者は僅か、願い叶わなかった者のみだ。


 この物語は、叶わなかったその夢を、それでも愚かに憧れ捧げ続ける君たちに残せる、正しさの証明だ。



1:憧れ


「タバコ、やめなよ。勿体ない」

 誰もいなかった喫煙所で、後ろから唐突に声を掛けられる。

 僕は振り向くこともせずに不貞腐れて応える。

「喉なんか、別にもう使うことも無いし良いじゃないですか。先輩こそ何の用ですか?喉、傷めますよ」

「そうやってすぐ腐る!キミの悪いところだよ?」

 渋々横目で目を合わせる。彼女は僕の一つ上の先輩、公城遥さんだ。彼女は全てを知るようで、何も知らないようにも見える澄んだその瞳を今は僕だけに注いでいた。

「そう言われても、自分の悪いところはよく分かってますって。自暴自棄な自分を見てさらに自暴自棄になって、こんなところで腐るしかないんですよ」

 彼女とは高校で音楽をやっていた頃からの関係で、正直なところ、彼女を追ってこの大学にも入っている。彼女と同じく一年浪人してまで、だ。憧れの先輩を追いかけるのにも程があろうとは自分でも思ったが、そこまで好きで有ったことを自ら認めてからは、開き直る他なかった。

「ははは、キミのそういうところはとても好きだよ。ひどく人間らしいやつだね、キミは。そこまで弱いことを分かっていて、なお弱い自分を受け入れて世の中に不満を垂れ流すってのはまさしくロックじゃないか」

「そうなんですかね。……知らないですけど」

 もうすぐ燃え尽きるタバコを一息に吸い、そして吐き出す。紫煙が漂い、緩い風に吹かれ掻き消えていく。

「そうさ、不平不満を垂れ流すのがロックだよ。世直しってほど正義感に熱い必要もなく、ただ悔しさをぶちまけて少しでも思う通りに世の中運んでやろうってのがロックなのさ」

 ふぅん、と思った。確かにロックっぽいっていやそうだし、そうじゃないとも感じた。彼女がなんとなくで物を話すのは昔からだから真剣に受け止めることも無かったが、それでもこの言葉は、聞き流さず頭の中にすっぽりと嵌った気がした。

「じゃ、なおさらロックとは遠ざかっちゃったみたいですね、僕は」

「おや、何故だい?ボクの見立てでは、今のキミがギターを構えてマイクの前に立てばそれだけで一流ギターボーカルの出来上がりだぞ?」

 ここまで燻っていてなお、そんな声を掛けてくるのは遥先輩ぐらいですよ、と言いたかったが、過去にも同じようなことを言ったことを思い出して、止めた。自ら燃え尽きて灰になることも出来ず、かと言って今更燃え上がることも出来ない残り火に残された事は、俯くことばかりだった。

「……ふうむ」

 先輩がわざとらしく顎に手を当て何かを考える風をする。この先輩は、頭の回転が異様に早いらしく、この仕草をした時は既にいつだって結論が出た後だ。その結論の正誤はともかくとして、だが。

「じゃあ、デートに行こうじゃないか。憧れの先輩とのデート、断る理由もないだろう?」



「……はい?」


 そんなことで、僕は週末、遥先輩とデートの約束をしたのだった。

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