ホワイトボード
ロボモフ
第1話 エンドレス葱
もしも目の前にどこまでも延びる葱があったら、私はどこでそれを切り終えるのだろうか。
一日のはじまりに、私は途方に暮れていた。どのような形で生きてきたのか。昨日までの自分と今ここにいる自分とがまだ上手くつながってくれない。まだ電車の揺れが体に残っていた。車両には座席がなかった。横たわりながら前を見ていた。運転席の向こうに延びた線路がカーブを描きながら未知の景色を運んでくる。優しい光が床に射し込んでいた。「お先に」クラスメイトが声をかけて通り過ぎる。これより先に車両はないのに。小さな雨が落ちてきて床を濡らし始めた。天気雨だ。「お先に」先に進むのは一人ではなかった。みんなどこに行くのだろう。私は何も返さず、先のないことを訴えもしなかった。夢から抜け出した後、体はしばらく重たかった。
私は冷蔵庫を開けるとその中で最も長く最も濃い野菜を引っ張り出した。ざるの中で流水にさらし水を切ってからまな板の上に置いた。伸びたムダ毛のような先端を切り落としてゴミ箱に捨てた。しっかりと束ねてからもう一度まな板の上に置き直した。
(ザクリ)
一日を見通せないまま、私は葱を切り始めた。太い部分は切ると手応えがあり、しっかりとした音が鳴る。正しい行動が思い当たらない間、ただ考えているよりは、何かをしていた方が気が紛れる。そのために葱のような野菜が用意されている。ザクリ、ザクリとよい音がして、少し刺激的な香りが立ち上がった。少しずつ夢の世界と切り離されて、脳が活性化していくのが感じられる。葱が野生の獣だったとしても逃げ出さないように、左手はしっかりと力を入れて、伸びた中指の先がまな板に触れていた。完全に白い部分は短く、緑と交じって吸収されていく。中盤から末までずっと緑が続くことになる。ザクリ、ザクリ。私は順調に、葱を切るという作業の中に入っていった。
(ヒョン)
反発力のある欠片が板を離れてどこかへ飛んでいくのが見えた。そのために気を逸らしてはいけない。失われた一粒のために手を止めて、リズムを壊してしまうことは危険だった。止まらずに動いていることが重要だ。安全は安定した動作の中にある。急ぎすぎることはない。どこかの厨房に入りシェフの腕を盗んだ経験はない。他人のために腕を振るったこともない。私は刃物の扱いに不慣れだった。少しの恐れ、少しの不安。生きるために通らねばならない道。ここまで育つには雨や嵐もあったのだろう。「ご苦労様」葱と葱に携わったすべての人に感謝を込めながら刻み進める。刻み切れていない時、それは時々連なってもいる。
長く見えていたものは暦がかけていくようにだんだんと短くなっていく。代わりに小さなものが、私のこの手によって生み出されていく。ただ横に伸びていただけのものが、全く新しい形となって目の前に広がっていく。不揃いだが確実な成果となって、やがてはこのまな板の上を埋め尽くしてしまうだろう。それが目的であったとは思えない。だが、どちらでもいいように思えてくる。葱を切ることはいつもそういうことだった。切り始める時にはすべてが不確かであるけれど、切り進めることにはいつしか意味があるように感じられる。一定の運動、はみだすことのできない流れに身を委ねている内に、私は軽くなっていく。生かされている……。自身もまた断片の中の一つに過ぎない。ささやかな頼りとして、私は守り続けたかった。このリズム、この空間を。
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