守星者

三春ミズナ

第一章

1-1

 薄手のコート一枚持って来ればよかった。そんなことを思いながら久世十和子(くぜとわこ)は二週間ぶりに地元の駅のホームに降り立った。まだ昼すぎ駅前の温度計は18度と、5月にしてはかなり低い温度を指していた。

それに加え風が容赦なく吹いてくるものだから、体感温度はさらに低い。

 風に流された新聞紙が十和子の足に絡まった。うっとおしく思いながらも片足を上げて新聞紙をつかむ。『連続猟奇殺人事件。犯人の足取りつかめず』とでかでかとかかれたタイトルが読めた。最近お茶の間を騒がせ続けているこの事件、そういえば、現場の一つこのあたりじゃん……と思いながらもそれ以上は読まずに、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ放り込んだ。今の十和子に、凄惨な事件に心を痛める余裕はなかった。

 小さいキャリーケースを引きながら人ごみをかき分けて改札を出で、北口に向かう。いつもは南口から出ていたのに。でももうその方向には用がない。

高校二年生に上がり、部活の勉強も心機一転、来年の受験に向けて頑張ろうと意気込んでいた矢先だった。たまたま部活の合宿でいなかった間に家が全焼してしまった。慌てて帰ってきた十和子が見たのは、小さな土地に転がる焼け焦げた木片たちばかり。自分の物も、両親も、思い出も、皆灰になってどこかへ飛んで行ってしまった。

 その後の事はいまいち覚えていない。頭がぼんやりして、どこか現実ではないようで。頭ではわかっていることでも体が、心がついてきてくれなかった。幸いなことに二県隣に住む叔母たちが葬儀の準備をしながら使い物にならない十和子の世話まで行ってくれた。

 あれから二週間……。まだ心の整理はついていないが、いつまでも腐ってはいられない。むしろ何か動いていた方が気が紛れて楽になる。そう思った十和子は地元である九木町に帰って一人で暮らすことに決めた。幸い、両親は持ち家とは別に近くの小さなアパートの大家をしており、そこの空き部屋に転がりこむことが出来た。心配する叔母には「大丈夫だから」で押し通してきた。

 十和子しばらく歩いて、途中で急に思い立ったように少し古臭いデザインのトートバックに手をいれ、スマホを取り出す。会話履歴から叔母の番号を見つける。慣れた手つきで通話開始ボタンを押す。

「あ、もしもし叔母さん? 今駅に着いて、うん、向かってるとこ。……だいじょーぶだって。私、もう高校二年生だし。うん…うん。わかったわかった。もう着いたし、また今度電話するから。じゃ、またね」

 九木駅から歩いて約15分。築30年の二階建てのボロアパート。この「コスモス荘」が十和子の新しい家となった。

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