230. お断り!(一加)


 ワタシには友だちが三人いる。キョウダイでもあるショウと、しげるくんと、慶次けいじくん。


 三人とも、第一印象はよくなかった。


 ショウのことは、この子が旦那様の話によく出てきてた旦那様の娘なんだ、ワタシたちとは違う、……いいな、ズルいな、とも思ったような気がする。いい、ズルいは、旦那様の話に出てきたときに思ったのかもしれない。ショウよりも、てつさんたち――大人のほうが気になってたから、ちょっとあやふや。


 茂くんは最悪だった。ショウに向かって「ブス」、一護いちごには「きめぇ」って、何回も言ったから。一回だって許せないのに!


 慶次くんは会う前からよくなかった。ショウが慶次くんとのことを楽しそうに話してたから。ワタシたちにとってよくない人――敵だって思ってた。


 それでも、一緒に過ごすうちに仲良しになった。ショウとは、ワタシと一護が『キョウダイ二人だけでいい』って閉じこもってたから時間がかかっちゃったけど、茂くんと慶次くんとは一日で。


 男爵家のお嬢様のショウ。ワタシと一護と同じ平民だけど、ワタシたちと違ってちゃんと親がいて、一緒に暮らしてる茂くん。伯爵家ってすごいところのお坊っちゃまの慶次くん。

 同じなのは年齢くらい。みんな違うのに友だち。


 だから、身をもって知っている。


 第一印象が悪くても、身分とか家庭環境とかが違ってても、友だちになれるってことは。



(――でも、この人たちとは絶対に友だちになれない! っていうか、なりたくないっ!)


「この前の話、考えてくれた? 十日は経ってるし、返事は? 悩むことなんてないと思うけど」

「そうよ」


 顔見知りになって二週間とちょっとの女の子二人組に、トイレを出たところで捕まってしまった。ショウと一護は会場の端にある椅子に座っている。ここからは見えない。


 この二人、もとは慶次くんの知り合い。ショウとワタシと一護と慶次くん、四人でテーブルを囲んでお喋りしていたところに交ざってきた。慶次くんが人見知りのショウを気遣って、二人を連れてテーブルから離れようとしたにも関わらず強引に。しかも、一緒にいいですか? とかもなしで。


 リーダーっぽい、必ずと言っていいくらい先に喋り始める『わたくし』って言う人と、目を合わせる。


「もう返事はしました。何回聞かれても、答えは変わりません」


 言い切ってから、もう一人とも目を合わせた。


(『そうします』『お願いします』なんて、言うわけないじゃん!)


 顔見知りになったあのお茶会の、五日後のお茶会。今と同じように、一人でトイレに来て、出たところで話しかけられた。


 この前の話っていうのは、そのときに持ちかけられた話のこと。


『わたくしたちが友だちになって、一緒にいてあげる』


 やっぱり気のせいじゃなかった! ってムカついた。文句を言うか、ムシして素通りしたかった。


 あのお茶会で、ショウがトイレって席を離れたとき。この人たちは、ワタシと一護に、ショウの悪口を言わせようとしてきた。


したきは大変でしょう?』

『ストレスがたまってるんじゃないですか?』

『今のうちに吐き出してみては? お話聞きますよ』


 最初は、一般論――悪いほうの!――で同情されてるのかと思った。


 そんなことないって、一護と否定した。ストレスなんてない、すごくよくしてもらってるって。何回か、『大変でしょう』『ストレスが』『吐き出して』、『ないです』のやり取りをした。


 一般論じゃないって気づいたのは、このあと。


 ワタシたちのことを褒めだした。すごくかっこいいとか、すごくかわいいとか、明るいとか、話しやすいとか。それから、ショウのことを、


『おとなしくて……素朴なかたですね』って。


 ピンときた。これは褒めてないって。なんていうか、顔? 声? 雰囲気?


 一護と慶次くんはわからなかったみたいだけど、ワタシにはわかった。ワタシたちとショウは合ってないって言いたいんだって。下付きの話は、ほんのちょっとでもショウのことを悪く言わせたかったんだって。


 言い返しそうになったけど我慢して、『ワタシもお手洗いに行ってきます』ってウソをついて、その場を離れた。二人が勝手に交ざってきた時点で、ショウを連れて席を立てばよかったって後悔しながらショウを捜した。


 で、五日後のお茶会。


 遠回しじゃなくて、はっきりと言われた。前は敬語だったのに、それもなくなってた。


『あの子……、何さんだったか忘れちゃった。暗くて、ジミで。……あんな子といても、つまらないでしょ? わたくしたちが友だちになって、一緒にいてあげる。安心して。一加さんだけなんて言わないから。一護さんとも友だちになるから、連れてきて』


 ここでも我慢した。


 ワタシたちはショウのことが大好きなこと。一緒にいたいから、一緒にいること。ちゃんと説明して、このすっごく失礼でありえない誘いは断った。


 もちろん、情報共有してある。


 あのお茶会でのことは、一護だけがわかってくれた。慶次くんと茂くんは、気にしすぎ――ワタシが間違ってるみたいな反応だった。

 ショウにだけ話しかけなかったりとか。ショウがいる間は、ワタシと一護にもポツポツだったのが、いなくなったとたん、いっぱい話しかけてきたりとか。変だったところを教えてあげたのに。


 でも、この誘われた話をしたら、さすがにわかってくれた。


 ショウにはナイショ。共同戦線がナイショだからじゃなくて……


(――こんなの聞かせたくないから!)


「下付きが逆らえないのはわかるけど。せっかく、わたくしたちが友だちになってあげてもいいって言ってるんだから。どっちが一加さんにとっていいかなんて、わかるでしょ?」

「そうよ。迷う必要ある?」


(だから、迷わず断ってるの! お断りなの!)


「あの子のためでもあるんだから。一加さんたちと一緒にいたら、ジミなあの子が、もーっとジミに見えちゃう」

「私たちなら大丈夫」


(ジミジミ、ムカつく! ショウは、ちゃんとして黙って遠く見てたら、すっごくお嬢様なんだから! あんたたちよりずっとお嬢様に見えるんだから!)


『ちゃんとして……』は悠子ゆうこさんが言ってたこと。ホント、そうだと思う。


 だいたい、ショウがジミなら、ワタシだってジミ、一護だってジミだ。お茶会では基本お揃いだ。バラバラの服を着ているときもあるけど。


 あのお茶会のとき。ワタシと一護は、スカートとズボンが違うだけのお揃いだった。ショウとワタシは、スカートが色違いのお揃いだった。


 ハデじゃないけど、かわいい服。ワタシと悠子さん、二人で選んだ。かわいくないわけないがない。


(…………まさか、顔のこと言ってる? 信じらんないっ! ショウはすっごくかわいいのに! ショウの顔はジミじゃない! 優しい顔なんだよ!)


 ワタシと一護がキツネなら、ショウはタヌキ。そういう違い。どっちもかわいい。


 二人はショウのことをジミと見下しては、ワタシと一護を褒め、自分たちのことも褒めている。クスクス笑いながら。


(なにがおかしいの? 全然おもしろくないんですけど! あ〜、イライラする〜! 友だちなんてムリ! 一緒にいるなんてムリ! だから、はやくあきらめて!)


 適当なところで、もう一回断って、背を向けた。呼び止められたけど、ムシして逃げた。



「あ、やっと戻ってきた。長かったね? もしかして、おなか痛い? 大丈夫? それとも、お菓子見てきたの?」


「ショウ〜」


 隣に座り、腕に抱きつく。


「どうしたの?」


「……トイレ、タイミング悪くて混んでた」


「え〜。そうなの? 今は混んでないといいな」


 ショウが立ち上がろうとしたのを、腕にグッと力を込めて止めた。


「ど、どこ行くの?」


「え? トイレ。私も行きたくなっちゃった。次は私の番」


「ま、待って! ……ワタシも行く!」


 ショウはワタシの顔を見て、パチパチッとまばたきをした。


「待っててくれていいよ。場所取りもあるし」


「休憩やめる! 会場見てまわりたい! お腹すいた!」


 ショウの腕を放して立ち上がり、両手を握って引っ張った。


「おっとっとっ! ……ふふっ」


 ショウは立ち上がると、勢いがついたフリをして抱きついてきた。頬と頬がくっつく。


(もー、かわいい! 大好き! 絶対、一緒にいるんだから!)


 ギュッと抱きしめ返し、一護に顔を向ける。


「一護も立って。……行こう」


 目で訴えた。



 ワタシが行ったトイレとは別のトイレにした。あの二人がまだ近くにいるかもしれないから。


 ショウは「よかった、混んでない」とトイレの中へ。ワタシと一護は、トイレの入り口から少し離れた場所で待つ。


「……また来たんだ」


「そうだよ!」


 入り口に目を向けたまま返す。訴えはちゃんと届いていた。


「また、ジミって言ったの! しつこいし! 大好きな人の悪口言う人と、友だちになるわけないじゃん!」


「ホントは大好きじゃないって思ってるのかもね」


「ムカつく!」


「……ショウに言っといたほうが――」

「ダメッ!!」


 バッと一護のほうを向く。


「ショウにあんな人たちのことで悩んでほしくない」


 一護はワタシを見て、「わかった」って言うと、会場――人がたくさんいるほうに顔を向けた。あの人たちが来たらすぐにわかるように。




 後悔した。


 一護の言うことを聞いておけばよかったって。


 落ち込んでたのは一時間くらいで、あとはもう大好きって気持ちでいっぱいになったけど。


 四月。今度は一護が話しかけられる。ワタシのときと同じように、一人のときに二回。

 一回目は、ショウの悪口はなしで、ワタシが迷ってるみたいだから背中押してあげてって。二回目は、ワタシが言われたことと同じことを。ただ、一護にはずっと敬語で、言い方もベタベタした感じだったらしい。


 そして、五月……。


 ショウは黙っていたことを、笑って許してくれた。逆にお礼を言われた、ありがとう、って。

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