199. お礼 4/4(大地)


 朝食を済ませ、客間に戻ると、ドアがノックされた。返事をすると、一護いちごしげるが部屋に入ってきた。


「おはよーございます」


 茂がうなずくように頭を下げる。


「おはよう。久しぶりだな」


「お久しぶりです。……あの、これ。俺と一護から。本のお礼」


 紙袋を手渡された。中身を取り出す。俺の好きなクリーム入りの塩大福だ。


「本? ……ああ、あの本か! 気にしなくていいのに。俺がこれ好きってよく知ってたな。寄れるか、わからなかったのに。準備して待っててくれたのか?」


 二人に顔を向ける。


「俺、きのう家だったから。大地だいちさんが遊びに来たら、一護から電話くることになってて。それで、買いに行ってきた」


隼人はやとさんに相談したんです。大地さんにお礼するなら、食べ物かお酒がいいって聞いて。ボクたちからなら、お菓子がいいだろうって。隼人さんにも、黒羽くろはにも渡したから、大地さんにも渡せてよかったです」


「なるほどな。……隼人と黒羽にも、お菓子か?」


「隼人さんにはメガネ拭き。前にショウにメガネ似合うって言われて、喜んでたから。メガネは無理だから、メガネ拭きにした」


 そう言いながら、茂は頭の後ろで腕を組んだ。


「あと隼人さんからのプレゼントを着たショウの写真を。隼人さんが、黒羽へのお礼はショウとの写真がいいって。で、隼人さんも写真欲しいって。撮った写真は、ショウの手紙に同封してもらいました。……あっ!」


 一護は茂に顔を向けた。


「写真撮ったのは本のお礼だって、黒羽に言ったっけ?」


「……言ってねーかも。今度会ったときでいーんじゃねぇの? 忘れるかもしれねーけど」


「そうだね。カメラもフィルムも黒羽のだし。忘れたら忘れたでいっか」


「俺が伝えといてやろうか?」


 二人の会話に口を挟む。


「王都に戻ったら、すぐ黒羽に会うだろうから」


 一護と茂は顔を見合わせ、俺のほうを向くと、お願いします、と頭を下げた。


「しっかし、お礼だなんて、殊勝なことだな。こういう本が欲しい、とか希望でもあるのか?」


 そう言ってニヤリと笑うと、茂はブンブンと首を横に振り、一護は考える素振りを見せた。


「なんだ、一護。言ってみろよ。今度、あれば買ってきてやる」


「……ボクと同い年の子の本ってありますか?」


「…………そんな本があったら、問題だな」


「そうですか」


「一護と同い年の子が出てたら犯罪だ。ああいう本に出てる人は、どんなに若くても十八歳。成人してるからな」


「そうですよね。わかってたんですけど、一応……」


 一護が肩を落とすと、茂が呆れたような顔をした。


「俺らと同じって。んなもん見ても、おもしろくねーだろ」


「そうかな?」と、一護が首をかしげる。


「ボン、キュッ、ボンだから、いーんじゃねぇか」


 そう言い放った茂から、一護は顔を背け、ボソボソッと呟いた。


「んだよ。聞こえねーよ」


「……そういうのは好みだろ。ボクは違うの。みんなが茂と同じだと思うなよな」


 一護の呟き、俺には聞き取れた。というか、口の動きと、かすかに聞こえた声でわかった。


一加いちかはペッタンコだけど』――だそうだ。



 馬車が迎えに来る予定の時間より、かなり早めに庭に出た。昨日よりも鼻をつまらせた菖蒲あやめをおんぶし、グルグルしてやる。


「さっさと治せよ」


 背中の菖蒲に言うと、ギュッと抱きついてきた。


「うん! ゆうべ、いっぱい汗かいたから、熱はもう大丈夫。きのうより、だいぶ楽。治ってきたと思ってたけど、きのうもあんまり良くなかったみたい。あとは、鼻とのどだけ」


「そうか。よし、降ろすぞ」


 一加と一護の視線が痛い。


 菖蒲は俺の正面にまわり込み、俺の右手を両手で握った。


「夏休み、また遊びに来てね。ヒマだったらで、いいから。でも、大地だし。きっとヒマだよね? 楽しみにしてる」


「俺はそんなにヒマじゃない。でも、休みが取れたら来るからな」


 反対側の手で菖蒲の頭をグリグリとなでると、菖蒲は「うん!」と腕に抱きついてきた。


 双子が、離れて、と騒ぎ出す。


 楽しそうにしがみつく菖蒲、俺に文句を言いながら引き離そうとする双子。茂は、少し離れた所で、俺たちを見ながらアクビをしている。


(大丈夫そうだな……)


 昨夜、ある話を聞いた。


 夕食のあと、大人だけで少し酒を飲んだ。それも解散となり、用意してもらった客間に戻る途中、律穂りつほさんに呼び止められ、廊下で立ち話をした。


 律穂さんは、


 最近、庭のベンチで、菖蒲が一人で泣いているのを何度か見かけた。何かあったのか? とたずねると、悲しい本を読んだから、目にゴミが入ったから、と微笑む。はぐらかされていると感じた。内緒なら内緒で構わないが、泣いているとき以外でも、いつもより元気がないように見えた。

 今日、久しぶりに元気いっぱい――風邪をひいてはいるが――笑っているところを見た。

 芝崎しばさきのことを引きずっているのかと思ったが、そうではなく俺のことで、それも解決したようでよかった。


と、口角を上げた。


 律穂さんの話を聞いて、田中たなかひなの件が脳裏をかすめた。あの時、菖蒲は元気をなくし、俺と隼人と黒羽を避けた。


 もしかして、と思い、律穂さんに尋ねたが、菖蒲が誰かを避けている様子も、家庭教師に問題があるということもないそうだ。


 なら、湖月邸にいない誰か――。


 思い浮かんだのは二人。菖蒲は『黒羽と隼人には内緒』と、俺に念を押した。


 黒羽ではないだろう。この前会った時、変わった様子はなかった。菖蒲と黒羽が喧嘩をしているのであれば、黒羽の様子もおかしくなる。

 隼人でもない。電話でのあの様子。それに、何かあれば言うはずだ。


(……いや、決めてかかるのは――)


「おじさんっ! ショウから離れて!」

「ショウ! 大地さんに風邪がうつるよ」


「大丈夫だよ、一護。大地にはうつらないから。だって、一回もひいたことないんだよ」


「え?」

「一回も?」


「……なんだよ、その顔は」


 双子は憐れむような顔で俺を見上げ、数歩離れた。


「だって、ねえ……」

「うん……」


「一回もって、覚えてる限りの話だからな。それに、体が資本。体調管理も仕事のうちだ」


「気をつけてても、ひいちゃうこともあると思いま〜す」

「……残念ですけど、一回もってことは……」


「俺でもひいたことあるのに」


 茂は目をまばたいている。眠気が飛んだようだ。


「だから、覚えてる限りだって。……言っとくけどな、学園での成績は悪くなかったからな。隼人と同じくらいだ。俺をバカだって言うなら、隼人もってことになるからな」


 双子と茂は、信じられない、と口々に言い始めた。


 三人と会うのは、今回が二回目だ。双子とは三回目だが、一回目は挨拶だけで会話をしていないので、茂と同じ、二回にしておく。

 それなのに、この扱い。黒羽の扱いもひどい。なぜか隼人だけ違う。どういうことだろうか。


 はーっ、と息を吐き、気を取り直す。


「菖蒲……」


 にこにこしながら三人のことを見ている菖蒲の頭に手を置く。


 菖蒲は俺の顔を見上げた。「律穂さんから聞いたぞ」と言うと、首をかしげた。が、思い至ったらしく、「あ〜……」と気まずそうな顔をした。


「あっちで話すか?」


 菖蒲の頭から手を離し、庭の一角をさす。


「……ううん、ここで大丈夫。きのう言ったことだよ。無理させてて、その……嫌われちゃってたらどうしようって。大地だけじゃなくて、隼人も……」


「嫌う? それはないから安心しろ。俺も隼人も、菖蒲に言われなくても勝手に来る」


「うん! もう気にしてないよ」


「本当か? ほかに悩んでることはないか?」


「大丈夫!」


「悩んだら、誰かに相談しろ。あの家庭教師の時みたいに、一人で部屋に閉じこもるのはなしな」


「閉じこもってはないよ」


 菖蒲は、片手でマスクを直しながら、照れたような顔をした。


「……まあ、閉じこもるのは無理か。うるさいのがいるしな」


「ふふっ。うん」


 双子と茂に目を向ける。どういう流れか、双子たい茂になっている。家庭教師の課題の話をしているようだ。


「一加、一護、茂、……慶次けいじもか。友だちがいる。忠勝ただかつさんもいる。てつさんたちもいる。近くの人に言いにくいときは、俺に隼人、黒羽もいる。誰かには相談できるだろ? ……悩むな、泣くな、とは言わない。ただ『長い時間一人で』は、やめてくれよ」


「……大地、泣くなって言うよね?」


「それとこれとは別」


「え〜? ……ねえ、大地――」


「ん?」


「――大好き!」


 菖蒲は俺から少し離れ、大きな声でそう言うと、勢いよく胸に抱きついてきた。


「えっ!?」と、菖蒲よりも大きな声が上がる。


 一加が目を見開き、こちらを見ている。嫌な予感しかしない。


「一加、落ち着け。菖蒲の好きは、みんな好きの好き――」

「へ、へ、変態!」


 一加は指をさした。指先は俺に向いている。


「あのな、俺は好きって言われたほうだろ。あと、外で変態とか言うな。人を指でさすな。……ほら、菖蒲。みんな好きって言ってやれよ」


 菖蒲は、グリグリと胸に顔をこすりつけるように、首を横に振った。顔を上げ、小さな声で「大地が帰ったらね」と言ってニヤリとした。


 馬車の時間が近づき、忠勝さんたちが庭に出てくるまでの間。離れない菖蒲と引き離そうとする双子に、揉みくちゃにされた。

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