198. お礼 3/4(大地)
「毛布、めくるぞ」
「え? う、うん」
毛布をめくり、お姫様抱っこでベッドから抱き上げる。
「な、なに? 自分で動けるよ」
比較的、物のない場所に移動する。周りを確認し、グルッとその場でまわった。
「ほら、グルグルしてやったぞ。嬉しいだろ?」
菖蒲は一瞬ポカンとし、ふふっ、と笑った。
「うん! さすが、女たらしだね。もう一回まわって!」
首に抱きついてきたので、先ほどより少しだけ勢いよくまわる。
「もっと!」
「危ないから終わり」
「え〜! これじゃ、グルグルじゃなくて、グルだよ」
「なんだよ、それは。調子に乗って、そこら辺にぶつけたくないだろ? ……それよりも、なんか熱いな」
「まわって、動いたから?」
「違う。菖蒲の手」
俺の首にふれている手が熱いような気がする。
「……熱、あるんじゃないか? おでこ、貸してみろ」
菖蒲に顔を寄せる。菖蒲は俺の首に腕をまわし直し、背筋を伸ばして
「やっぱり、熱いな」
「そうかな? 別に大地のおでこ、冷たく感じないよ?」
そう言いながら、グリグリ――というより、ゴリゴリと痛いくらいに額を押しつけてきた。
「おい、攻撃して――」
ガチャッ!
「――るだろ……」
ドアが開いた。ノックの音はしていない。
嫌な予感がする――と思った瞬間、
「おっ、おっ、おじさんっ! 何してるの!? いやらしいっ!」
(また、おじさんって……)
菖蒲を抱っこしたまま、一加のほうを向いた。
一加はわなわなしている。その後ろで、
「いやらしいって、抱っこしてるだけ――」
「キスしてたっ!」
一加は俺に向かって指をさした。
「……キス?」
ドアが開いた瞬間の状態を思い返す。ドアに背を向け、菖蒲と額を合わせていた。
「あ〜、そういうことか。マスクしてるだろ。口じゃなくて、おでこな。おでこで熱測ってただけ。な?」
菖蒲に顔を向けると、コクンと頷いた。
一護が一加の後ろから隣に出て、口を開く。
「なんでショウはマスクしてないんですか? ベッドにいるよう見ててくれるって言いましたよね?」
「……ああ。ついさっきまで、マスクしてたし、ベッドにいたよな? 今、たまたま。な?」
再び菖蒲に顔を向ける。コクンと頷いた。
「むーっ! おじさん、ショウから離れて! 降ろして!」
「……一加。言っておくが、俺はまだおじさんじゃない。だから、抱っこしたままでいいな」
「おじさんじゃん!」
少し
「……もういい。旦那様に言う。おじさんがショウのことお姫様抱っこして、キスしてた、って報告します!」
「おい、嘘はやめろ。キスはしてないって言ってるだろ。とりあえず降ろす。だから待て。……菖蒲、降ろすぞ。……菖蒲?」
「――ぷっ! あはっ、あははははは」
菖蒲は脚を少しバタつかせ、大きな声で笑い出した。
「ま、前にも似たような事があったね!
そう、それ――稽古がある。嘘の報告をされても、否定すればいい。内容が内容だ。ありえない。
しかし、せっかくだから、と忠勝さんが稽古をする気になる可能性がある。そうなったら大変だ。
「するわけないだろ。泊まらせてもらうけど、明日は午後に仕事があるんだよ」
「おじさんだから、きついの?」
「若くたって、あれはきついんだよ」
「ふふ。そっか、そうだね。あはははは、ごほっ……」
「大丈夫か?」
うん、と頷いた菖蒲は、首にまわした腕に力を込め、俺の肩に
「あの時は、私の具合が悪いって嘘ついたけど。今回は本当だね」
菖蒲の手が俺の頬にふれた。次の瞬間、マスクがグイッと引っ張られ、耳にかけているゴムがパシッと外れた。
「何すんだよ。ゴムが顔に当たったら――」
「大地、ありがとう」
菖蒲は、俺の注意を
「元気出たから、お礼」
「……なら、よかった」
「うん。あとね、ちょっと仕返し」
にこにこと嬉しそうに、もう一度頬にキスをした。
「仕返し? 仕返しってなんの――」
「報告します……」
一加がジトッとした目で、俺を
「は?」
一加は、報告します、と繰り返し、一歩後退した。
「……や、やめろ」
一加の動きに気を配りつつ、菖蒲をソファーに降ろす。菖蒲はソファーの上に立った。
「ほら、降ろしたぞ」
一加がジリッと動く。
「まっ、待て――」
部屋から飛び出した一加を追いかけた。
「おじさん、放して〜」
「うるさい、騒ぐな。落ちるぞ」
「お尻さわらないでくださーい」
「だったら、動くな」
「へんたーい」
「変態って……」
「キスしてた」
「してない」
「ほっぺにしてた」
「あれは、菖蒲からだろ。だいたい、俺よりひどいやつらがいるだろ。
「え〜? なんか違うし」
「なにが?」
「若さ?」
「たったの一歳差」
俺は四月、隼人は三月生まれなので、ほぼ二歳差だが、ややこしくなるので学年の差にしておく。
「知ってるけど。隼人さんはおじさんじゃないし、いい人だし、いやらしくない」
「なんでだよ。……
「黒羽もヤ! 大っ嫌い」
「嫌いって……」
「おじさんは嫌いじゃないよ」
「おじさんじゃない。けど、そりゃ、どうも」
菖蒲の部屋に着いた。ドアを開け、思わず固まる。
ソファーの上に立った菖蒲が腰を曲げ、屈むようにして一護と顔を重ねている。一護は菖蒲の陰に隠れていて、ほとんど見えない。
菖蒲はこちらを向くと、あはは、と笑い、
「残念! 一加、捕まっちゃったんだ。ふふっ。大地、ベッドまで運んで」
と、両手を広げた。
「あ、ああ」
一加を床に降ろし、菖蒲のそばに寄った。
一護は――額に手をあて、嬉しそうな顔をしている。
(……おでこ……ってわかってても、一瞬ビビるな)
「一護のおでこも冷たくなかったよ。私のおでこ、そんなに熱いかな?」
「ワタシも! ワタシも比べる!」
一加が駆け寄ると、菖蒲は一加の両肩に手を置き、コツンと額を合わせた。
「うーん、やっぱり――」
「ショウのおでこ、熱いよ! 朝より熱いかも!」
「えー? そうかな?」
首をかしげる菖蒲を、おんぶでベッドに運んだ。
双子は、俺が来た時と同じように周りを整え、換気のために開けていた窓を閉めた。「抱っこ禁止」「接触禁止」と俺に言いながら、水枕と
「廊下で何騒いでたんだ〜?」
夕食のテーブルにつき、みんなで、いただきます、と言った直後、
誰にも見つからなかったが、捕まえた時に、キャーッと一加は叫んだ。それが聞こえていたようだ。
(バタバタ走ってたしな)
「ちょっと、一加と追いかけっこを――」
「おじ――大地さんが、ショウをお姫様抱っこして――」
「おい、一加――」
「ほっぺにチューしてました!」
「一加、嘘をつくなよ」
「嘘は言ってませ〜ん。旦那様に報告しようと思ったら、捕まえられました〜」
チラリと忠勝さんを盗み見る。表情は変わっていない。
「菖蒲、一護、訂正してくれ」
「間違ってないよ」
菖蒲はお
「嘘はついてないです」
一護はすました顔で頷いた。
「間違ってるだろ、嘘ついてるだろ。お姫様抱っこはしたけど、ほっぺにチューは……」
(そういや、俺が菖蒲に、とは言ってないな)
「……嘘ではないな」
「なんだ〜? ホントにそんなことしてたのか〜?」
徹さんは目を丸くしている。
ハッとし、忠勝さんに顔を向けた。みそ汁を飲んでいて、顔がよく見えない。
「菖蒲が! 菖蒲が俺に、ですよ」
「なんでまた〜?」
「お姫様抱っこのお礼に」
「なんでお姫様抱っこ〜?」
「菖蒲が泣いてたから――」
しん、と静まり返る。
忠勝さん、徹さん、
菖蒲はキョロキョロとみんなの顔を見回してから、俺にジトッとした目を向けた。
(……内緒だったか?)
「おじさんにいじめられたの?」
「ショウ、泣いてたの?」
双子が声をかけた。大人たちは見守っている。菖蒲は困ったような顔で、えっとー、と話し始めた。
「夏休みでもないのに、大地が来てくれて嬉しいなって思う反面、悪いなって思っちゃって。遊びに来てってお願いしてるから、忙しいのに来てくれたのかな? って。無理してたら、嫌だなって。それで、なんか、熱があったからかな? 泣けてきちゃって。……でもね! 大地、無理してないって。それでお姫様抱っこして、慰めてくれたの。部屋の中だし、いつものグルグルは危ないから、お姫様抱っこで。ぶつからないように気をつけて、二回まわってくれたの」
菖蒲は、一加、一護、俺と順番に見て、ぷっ、と吹き出した。
「そこに、一加と一護が入ってきて。あはは。大地、一加に、いやらしい、とか言われちゃって。おもしろくって、
菖蒲が笑ったので、みんなも表情をゆるめた。ホッとしたように、話に入っていく。
(よかった……)
俺は、俺への誤解を残さない良い説明に胸をなで下ろした。
夕食が終わり、席を立った際、こっそりと「泣いてたのは内緒だったか?」と菖蒲に確認した。
「ううん。結構みんなの前で泣いてるし、大丈夫。……でも、黒羽と隼人には、風邪ひいたことも、泣いたことも内緒ね。今日のことは全部内緒。……じゃないと、今日のこと言ってもらっちゃうからね。一加から隼人に!」
菖蒲はそう言って、ニヤリと笑った。
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