178. 天使とお菓子の箱 4/4 ― 親父のせい?(大地)
「……へ~え。『
俺が話し終えると、
「ああ、そうだよな。金がないんだろ。ちゃんと育てる気はないよな。今、引き取って、学園に入るまでの生活費、学園費用は……。結納金が目当てなら、変なことはさせないだろうけど。こき使われるだろうな。相手が見つからなかったら、最悪、売られる可能性も……」
「それもある……けど。それよりも、
輝春は、
「……そんな事になったら怖いな。忠勝さんを捕まえるなんてごめんだ」
忠勝さんの強さが怖いわけではない。忠勝さんがいくら強く、騎士数人を蹴散らせたとしても、騎士団には敵わない。それにきっと、忠勝さんは目的を果たしたら、おとなしく捕まる。
罪を犯す忠勝さんを見たくない。そんな状況になるのが怖い。
「そういや、家庭教師いただろ。『天使』ちゃんをいじめてたやつ。あれって、忠勝さんの見合い相手で、しかも親父のせいって知ってたか?」
「あ~、知って……はっ!? 親父のせい!? どういうことだよ!」
春大の言葉に、大きな声が出た。
家庭教師は建前で、菖蒲と仲良くなれるかの様子見だったと、
が、親父のせい、は初耳だ。
輝春に顔を向ける。輝春は春大に顔を向けていた。春大は俺に、「返す」と報告書を差し出した。受け取りながら、二人の顔を交互に見る。
春大は見られていることに気づいているはずだ。それなのに、輝春には顔を向けず、グラスを口に運んだ。
「……春大」
輝春の語気と視線は、注意、を含んでいる。
「兄貴がなかなか言い出さないから。忘れる前に、だろ?」
春大は、チラッと輝春を見た。
「そうじゃない。お父様のせい、は語弊がある。誤解を招く」
「親父のせいだろ。親父が忠勝さんの味方をすれば良かったんだ」
春大の口調が少し強くなった。どうやら、注意されるとわかったうえで、その言葉を使ったようだ。
「お父様は忠勝先輩に幸せになってほしかったんだよ」
「本気で惚れる女なんて、一生に一人だ。忠勝さんは、もう出会ってた」
春大は自分のグラスにドボドボと酒をついだ。
「一生に一人を何人も作った春大に言われても……」
「本気で惚れる、ってことがわかってなかっただけだ。今はわかってる。だから、一人だ」
「それは……。あとからなら、なんとでも言えるよね。……悲しみを乗り越えて、その先にある幸せもあるんだよ。自分の考えと違うからといって、ほかの幸せを否定するのはよくない」
「……そ……うだな。兄貴、ごめん」
春大はまだ何か言いたそうだったが、謝り、口を閉じた。
春大は輝春に弱い。ただし、恋愛関連の話のときは別だ。強気になる。昔は、今のタイミングで引いたりしなかった。もっとムキになって語っていた。
『一生に一人』と出会い変わった。『そんな女じゃない』と言っていた人と結婚し、離れに住んでいる。一歳の息子もいる。
輝春は、はーっ、と息をはき、俺に困ったような顔を向けた。
「忠勝先輩にとっては、一度も会わずに断るのは難しい人からの紹介だったんだよ。……お父様も呼ばれて、その場にいて。お父様が忠勝先輩につけば、そのまま断れたんだろうけど。おもしろが……幸せを願って。……わかるだろ?」
「……わかりたくない。大変な事になるとこだったんだぞ」
「身元はちゃんと調べてあったんだよ。会うって決まったあと、念のためもう一回調べて。それなのに、まさかあんな人だったなんて。菖蒲ちゃんには本当に可哀想なことをしてしまったね……」
兄貴たちと俺のいう大変な事には差異がある。兄貴たちの大変な事には、黒羽のことは含まれていない。
黒羽がしようとしたこと、されそうになったことを、親父や兄貴たちは知らない。忠勝さんは、伏せておくと言っていた。
「……なんで、田中ひなの話を? まさか、何か動きが?」
「ああ、違うよ。そうじゃない」
輝春は首を横に振った。
「しようと思ってた話を、今しただけだよ」
「
「あの時にしても良かったんだけど。前向きな話に水を差すようで……」と、輝春は
「大地の大事な『天使』ちゃんを傷つけた出来事に、親父が絡んでたら怒るだろ?」
俺に視線を向けたまま、春大は酒をあおった。
「そりゃ、おこ――え? いや、ちょっと待ってくれよ……」
文句を言われるようなことをやったと思っていたのに、宿で俺に文句を言ったのか。文句を言いつつも、俺が払うつもりだった宿代を兄貴たちが出してくれたのはそういうことだったのか。『天使』はやめてくれ。
頭の中にいろいろと思い浮かんだが、口をついて出たのは、ある疑問だった。
「なんで俺が兄貴たちに文句を言うと思ったんだ?」
親父に、ならわかる。なぜ、兄貴たちに、なのだろうか。親父の代わりに、ということだろうか。
輝春と春大は顔を見合わせた。
「そりゃ、兄貴と俺が、あの女の身元調査をしたからな」
「お見合いの話を受けると決まってからの、二回目の調査をね。忠勝先輩の相手として、一番肝心なのは、
「芝崎とは接点なし、問題なしだったのに。性格に難ありを隠してすすめてきてたとはな~」
「あれは仲介人が悪かったね。……芝崎が再婚してることもわかって。いい仕事をしたと思ったのに。本当、申し訳なかった。いつか菖蒲ちゃんにお詫びがしたいね」
輝春はグラスの酒をジッと見つめてから、ちびりと飲んだ。
「……芝崎が再婚してるって突き止めたのは兄貴たちだったのか?」
「突き止めたはおおげさだな。再婚してるんじゃないか? って時点で忠勝さんに連絡して。そこから先は忠勝さんたちが、だしな」
春大はそう言うと、つまみを口に放り込んだ。
(田中ひなが来る前に、芝崎が再婚してるってわかったのはそういうことだったのか……。でも、なんで忠勝さんは言ってくれなかったんだ?)
忠勝さんは、田中ひなの件に、親父や兄貴たちが関わっているとは一言も口にしなかった。
(俺が気にすると思って、言わないでいてくれた……のか? 親父は忠勝さんの判断に任せた?)
「……事後の対応も兄貴たちが?」
「忠勝先輩とお父様だね。お父様を立会人にして話し合いをしたんだよ。田中ひなと両親と、仲介人と、忠勝先輩にお見合いをすすめた人と。田中ひなの嘘といいわけ、母親の擁護がすごかったそうだよ。まあ、話し合いを進めるうちに、どちらが本当のことを言っているのか明らかになっていって。すすめた人は、最後には平謝りだったって」
「忠勝さんの結婚の仲立ちをして、ほかのやつらより親父と親しい関係になろうとして失敗した、と俺はみたね」
春大はグラスを持ったまま、人差し指を俺に向けた。
俺に呼び出された帰り道。兄貴たちはこの話を寝かせることに決めた、と輝春が説明してくれた。
見合い話の詳細を知っているならいいが、知らなかったら親父とこじれるかもしれない。しばらく様子を見たほうがいいだろう、と。
それから数年経ち、俺も騎士として落ち着き、上級騎士にもなった。そろそろいいか、と三人揃った時に話すことにしたそうだ。
上級騎士になってから、兄貴たちと三人で会うのは今日が初めてではない。
緊急の話でもなく片づいた話だったので、二人ともついうっかり忘れてしまい、次回でいいか、を繰り返し、今日になった、と春大が補足した。
(忘れるなよ。……俺もあんまり人のこと言えないけど)
グラスをテーブルに置き、頭をかく。
「大地? どうした?」
「もう、酔ったのか? はえーよ」
トトトッという音に、少し顔を上げる。春大が俺のグラスにボトルをかたむけていた。
親父のせい、と言いたくなるが、親父のせいではない。田中ひなでなければ、菖蒲を可愛がってくれるような人だったら、いい出会いになっていたかもしれない。
(……けど、……けどだ!)
「親父は悪くなくてもだ。あんな事になったんだから、忠勝さんに婚約話を持ちかけるなよ。相手が息子の俺だとしても!」
「失敗を恐れないのが、お父様だから」と、輝春は愛想笑いをした。
「俺はいいと思ったけどな。『天使』ちゃんとの婚約」と、春大はニッとした口にグラスを運んだ。
兄貴たちを
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