163. ある春のお茶会にて 2/2(慶次)
好きな子――
『新しい友だち?』と聞かれた相手が、悩みの種だった。勝てない相手だ。
知り合ってから、一年以上経つ。会うのは、月に一回、一日から数日間、剣術の稽古でだ。
家が遠いので、出席するお茶会は、ほとんどかぶらない。一緒に過ごしたのは、この前が初めてだった。
僕たちは、年齢も環境も同じだ。だからというわけでもないけど、僕は友だちだと思っている。向こうがどう思っているのかは、わからない。
その友だちに、この前の稽古でもまた負けた。練習量を増やして挑んだ。今度こそは、と思った。何回か勝負したけど、一回も勝てなかった。落ち込んでいた。
(話に出たから、つい……。でも、良かった……。菖蒲ちゃんに弱音を聞いてもらって、本当に良かった)
テーブルに
「……でも、弱音はかっこ悪かったね」
僕がそう言うと、菖蒲ちゃんは、砂糖菓子を一つ、食べさせてくれた。「甘くて美味しいね」と、菖蒲ちゃんは微笑んだ。
菖蒲ちゃんの指だ。
砂糖菓子を食べさせてくれたとき、菖蒲ちゃんの指が、僕の唇にふれた。
「ねえ。私ね、悩みがあるの。聞いてくれる?」
「え? う、うん!」あわてて視線を指から顔に戻す。
「今日の
「どうって?」
「これまでのお茶会でもなんだけど、スカートとズボンが違うだけで、お揃いの服なんだよ」
「そうだね」
「一加と一護って、整った顔立ちしてるでしょ?」
「うん」
「並んで立ってると、目立つと思わない?」
「そうかも」
「でしょ。きれいな顔した双子が、お揃いの服着て並んでたら、見ちゃうよね? 目をひくよね? 注目されるよね?」
菖蒲ちゃんは、僕の目をジッと見つめた。
「……二人から離れたいの?」
力強く首を縦に振った菖蒲ちゃんを見て、思わず、ぷっ、と吹き出してしまった。
「もう。笑い事じゃないよ。最初から、目立っちゃって。でも、二人とも初めてだし。慣れるまでは、一緒にいようって」
「頑張ってたんだね」
「そう。で、この前から、一加たち、今みたいに、別行動をはじめたのね。だから、言ったの。終了間際まで、別行動にしようって」
「ダメって言われたんだ」
「うん。絶対にやだって。特に一加が。恋人できちゃうかも? なん――」
「こっ、恋人って!? 菖蒲ちゃんに!?」
大きな声が出てしまった。菖蒲ちゃんは、目を丸くした。けど、その目は徐々に細くなっていった。
「
「え? いや、そういう意味じゃなくて……」
「まあ、いいんだけど~。未だに、お茶会で友だちになれたのって、慶次くんだけだし~。
菖蒲ちゃんは、ムスッとして、顔を背けた。
「怒っちゃった?」
そうは思っていないけど、そう言った。頬は膨れているけど、声は怒っていない。
「とっても!」
「ごめんね」
砂糖菓子を一つ、菖蒲ちゃんの口の前に差し出した。菖蒲ちゃんは、それを指でつまみ、口に放り込んだ。
「美味しいから許してあげる」
「ふふっ。ありがとう」
直接食べてもらえなかったことを残念に思いながら、笑顔で応えた。
「話がそれちゃったね。今はまだ、話しかけられたりはしてないんだけど。様子を見られてるっていうか。でも、そろそろかな? って思ってるの。完全な別行動は無理そうで。どうしたらいいかな~? って」
「悩んでるんだね」
「うん。二人の手助けができたらいいなって思ってるのに、こんなことで悩んじゃって。私よりも、一加と一護のほうが、社交的で行動力もあって。私ってダメだなって思っちゃう」
「そんなことないよ!」
「ありがとう。これが私の弱音だよ」
菖蒲ちゃんは、にこっと微笑んだ。
「かっこ悪いのは、お互い様だね。かっこ悪いなんて思ってないけど。……弱音、聞かせもらえて嬉しかったよ。弱音でも、愚痴でも、悩みでも、あったら聞かせて。相談してほしいな」
「菖蒲ちゃん……」
「だって、
ふわふわっと舞い上がった気持ちを、パシッと叩き落とされたような気がした。そうだと思っているし、僕もそう言うけど、なぜかムッとした。
「……菖蒲ちゃん。お菓子、食べさせてほしいな」
「いいけど?」
菖蒲ちゃんの右手が、僕の口に砂糖菓子を運んでくれた。役目を終え、離れていくその手を掴んだ。
不思議そうに首をかしげた菖蒲ちゃんの目を見つめ、微笑む。
「話を聞いてくれてありがとう、菖蒲ちゃん。感謝してるよ」
掴んだ手に顔を近づけ、指先に唇でふれた。
(――お菓子のおかげで思いついたっていうか……。砂糖菓子って、苦手だったけど……)
「ふふふふっ。どうしよう。砂糖菓子、大好き」
抑えきれずに、笑みがこぼれる。
「慶次くん」
お茶をもらいに行った菖蒲ちゃんと一護の背中を見送っていた一加ちゃんが、こちらを向いた。怪しい笑い方をしてしまった。その事について、何か言われると思った。
「ふふっ、ご、ごめ――」
「なんでショウに友だちを紹介しないの?」
「えっ!?」
思わぬ指摘に、こみ上がっていたものが、ザッと引いた。
「お茶会に友だち来てるでしょ? 旦那様がショウに、友だちを作るようにって、誰かとお喋りするようにって言ってるの知ってるよね? なんで紹介してあげないの?」
「そ、それは……、女の子で友だちって呼べるような子が……」
「慶次くんは男の子でしょ。一護も、
「え、えっと……」
「まだ、今日で四回目だけど。今日は最初から一緒にいて参考にならないから、三回見ててだけど。慶次くんって、ショウに、友だちを近づけないようにしてるよね?」
息苦しい。心臓がうるさい。手が震える。
「してるでしょ?」
「あ……、う……」
その通りだ。菖蒲ちゃんが積極的に友だちを作ろうとしていないことをいいことに、僕の友だちを紹介することを
この事を知られてしまったら、かっこ悪いどころの話ではない。嫌われてしまう。
否定してしまえばいい。でも、嘘をついてしまったら終わりのような気がして、何も言えなかった。
「……慶次くん? 大丈夫? 言い方が悪かった? 別に、旦那様に言っちゃうよって、言ってるんじゃないよ。言わないよ。ただ確認したかっただけなんだけど」
「か……くにん?」
「先に言っちゃうとね。ワタシ、ショウに男の子を近づけたくないの。だから、慶次くんもそうしてるなら、協力し合いたいなって。共同戦線ってやつ」
「どうして……、近づけたくないの?」
「好きな人とか作ってほしくないから。ずっととは言わないけど、今はダメなの」
「……僕はいいの? 近づいても」
「もう友だちになってるし。悔しいけど、慶次くんのほうが、ショウとの友だち歴長いし。ワタシたちとも友だちだし」
「一加ちゃん……」
「慶次くんがショウのこと好きで、恋人にしたいって思ってても、ショウはそうじゃないから。まあ、いっかなって」
衝撃的なセリフが胸に突き刺さる。二回、突き刺さった。
「あ、でも勘違いしないで。友だち歴は負けてるけど、ワタシたちはキョウダイだから。そっちでは勝ってるから」
ふりしぼって声を出す。
「ぼ、ぼ、僕が、菖蒲ちゃんを好きって!? なんで!?」
一加ちゃんが『女の子として』という意味で『好き』と言ったことは、そのあとに続いた言葉で明らかだ。
「え? アハハ。やだあ、わかるよ。わかりやすいもん」
「あ、菖蒲ちゃんは!?」
「気づいてない。と、思うけど。聞いてないから、わかんない。聞いてみる?」
「やっ、やめてっ!!」
「アハハハハ。慶次くん、おもしろ~い!」
お
お茶会に出ることが決まったとき、菖蒲ちゃんと、ただ楽しく過ごすつもりだった。一緒にいれば、変な人が寄ってきても、すぐにわかる。追い払える。
でも、その予定は狂ってしまった。一護から目を離せなくなってしまった。
会場内を動きまわる一護を見張るとなると、その間、菖蒲ちゃんが一人になってしまう。菖蒲ちゃんが一人になる時間を、極力なくしたい。
だから、これまでよりも、女の子たちをまいて、できる限り一緒にいてほしい。そのときに、知らない男の子を近づけないでほしい。
一緒にいれなくても、菖蒲ちゃんの周りに目を配れる人は、一人より二人がいい。お茶会での菖蒲ちゃんに関する情報を共有したい。
――と、いうことだった。
(変な人の基準とか、一護から目を離せない理由とかが気になるけど。菖蒲ちゃんに知らない人が近づくのは、僕も嫌だし。……断る理由もないかな)
「共同戦線は、いつまで張るの?」
「ワタシがいいって言うまで」
「解除の条件、教えてくれないの?」
「共同戦線中も、ショウと自由にお喋りとかしてていいよ。邪魔するけど。張らなくても、邪魔はする。たぶん、張っても張らなくても、お互いやることは変わらないと思うよ。でも、お互いわかってたほうが、やりやすいでしょ? 納得してくれないなら、そうだな~……」
きれいな顔の小さい口が、きれいな弧を描いた。
「ショウに言っちゃうかもしれないな~」
「さっき、言わないって!」
「旦那様にはね! どうする?」
「張ります! 頑張ります!」
「ありがとう! 慶次くん!」
一加ちゃんは、満面の笑みを浮かべた。
(どうしてこんなことに……)
テーブルの中央に手を伸ばす。楽しそうな顔を会場に向けた一加ちゃんを横目に、砂糖菓子を一つ、口に入れた。吹っ飛んでしまった幸せな気持ちを補給する。
(なんか疲れた……)
菖蒲ちゃんたちが戻ってくるまで、テーブルに突っ伏していた。
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