162. ある春のお茶会にて 1/2


(きれい……)


 桜の花びらが舞っている。


 淡い緑色のワンピースに身を包み、公園で開催されている桜花見さくらはなみの会にやってきた。


 会場内とも外とも言えるような位置にあるテーブルで、お茶をしている。


一護いちご一加いちかちゃん、なかなか戻ってこないね」


 慶次けいじは、そう言いながら、ティーカップに指をかけた。


 一加と一護は、三月の頭にお茶会デビューした。今日は四回目のお茶会だ。二回目までは、始めから終わりまで一緒に過ごしていたが、前回から別行動もするようになった。


 なんとなくの別行動ではない。ちゃんと目的がある。


 恋人探し、だ。


 一護は恋人が欲しいそうだ。そのために積極的に行動している。今、ここにいないのも、出会いを求めて努力中だからだ。


 一加は一護についていった。一加も出会いを求めている、というわけではない。恋人は、いつかは欲しいが、今はいらないそうだ。


 一加の目的は、監視だ。一加は、一護が恋人を作ろうとしているのをよく思っていない。

『寂しいかもしれないけど、一緒に応援しよう』と、なだめようとしたが失敗に終わった。そういうことではないと、泣きそうな顔で苛立っていた。どういうことかとたずねたが、答えてもらえなかった。


(寂しいからだと思ったんだけどな~。寂しいって認めたくない、とか? 理由、わからないままだし……。私には言いたくないとかだと、ちょっと悲しいな。でも、一護も、意味わかんないって顔してたから……)


「う~ん……」


菖蒲あやめちゃん?」


「へ? あっ、えっと、二人は友だちを作りに行ったから、なかなか戻ってこないかも? 前回もこんな感じだったよ」


「そういえば、一人でいたね」


「見てた?」


「うん」慶次は笑顔でうなずいた。


「私も見てたよ。女の子たちに囲まれてるところ。いなくなったと思ったら、すぐ別の女の子たちに話しかけられたりしてたね。……そういえば、一緒に囲まれてた男の子は、新しい友だち?」


 なんとなく顔がわかる程度だが、慶次の友だちを何人か知っている。女の子に囲まれるようになってから、男の子と一緒にいるところも見るようになった。剣術の習い事でできた友だちだそうだ。


「新しくはないんだけど……」


「そうなんだ。見たことない人だなって思ったんだけどな~」


 背が高い男の子だった。初めて見たような気がしたが、勘違いだったようだ。


(それとも、私が初めて見たってだけで、前から友だちってことかな?)


 テーブルの中央に置いておいたお菓子の箱に手を伸ばす。桜の花の形をした小さい落雁らくがんを一つ、口に入れた。固められた高級砂糖が、舌の上でほろほろと溶けてゆく。


(美味し~! もう一つ!)


 大きい落雁は食べたいと思わないが、一口サイズの小さい落雁には、つい手が伸びてしまう。

 ピンク色のお菓子を口に含み、ティーカップを口に運ぶ。まろやかな甘みとともに、紅茶の香りが口いっぱいに広がった。


(……なくなっちゃった)


 慶次のティーカップに目を向けると、慶次の紅茶もなくなっていた。


「慶次く――」


 お茶をもらいに行ってくるよ、と言いかけて、口をつぐんだ。

 慶次は浮かない表情でティーカップを見つめていた。何かを言おうと息を吸い込んだのがわかった。


「やっぱりさ。強いほうが、かっこいいよね」


「なにが?」


「剣術……」


「そうだね」


「そう……だよね」


 慶次は、はあ、とため息をつき、肩を落とした。


「……強いほうが、かっこいいとは思うけど。弱いからって、かっこ悪いとは思わないよ。強くても、かっこ悪いこともあるとも思う。……剣術、大変なの?」


「大変だけど、嫌とかじゃないよ。頑張ってるんだけど……、その……、全然勝てない相手がいて」


「やめたくなっちゃった?」


「ううん。やめたくない。ただ……、悔しくていっぱい頑張ったのに、それでも勝てなくて。僕って、かっこ悪いなって」


「……大地だいちのこと、かっこ悪いと思う?」


 うつむいていた慶次が、こちらを向いた。


「え? 大地さん? 思わないよ。強くて、かっこいいよ」


「でも、大地、お父様には負けちゃうよ。勝ったところ、一回も見たことない。勝ったことあるって、聞いたこともないよ」


 慶次は、ハッとしたような顔をした。「湖月こげつ様は……」と視線を泳がせた。


「お父様に勝てない大地を、大地に滅多に勝てない隼人はやとを、隼人にやられちゃう黒羽くろはを、かっこ悪いなんて思ったことないよ。油断して隼人に負けちゃう大地は、ちょっとかっこ悪いけど。いつも負けてても、その隙を見逃さないで勝つ隼人は、とってもかっこいいの」


 慶次の表情が、少しゆるんだように見えた。


「悔しいのは、頑張ってるから。頑張ってる証拠だよね。頑張ってるのに負けて、悔しくて頑張って、それで負けてもやめないって。稽古、大変でも嫌じゃないなんて。かっこ悪くない。かっこいいよ」


「かっこ悪くないだけじゃなくて? かっこいい?」


「うん。手のひら、見せて」


 慶次は、手のひらを上に向け、両手を差し出してくれた。その手をすくうように取り、親指で手のひらをなでる。


「目指すは騎士、だよね?」


「うん」


「剣術が弱いとなれないから、負けてばかりはいられないんだろうけど。勝てないから、かっこ悪いなんてことはないからね。こんな風に手を硬くして頑張ってる慶次くんは、かっこいいよ」


 慶次の両手をギュッと握りしめた。


「うん! 菖蒲ちゃん、ありがとう!」


 慶次は、にこっと元気な顔で微笑んだ。が、すぐに視線をそらし、気恥ずかしそうに呟いた。


「……でも、弱音はかっこ悪かったね」


 手を離し、落雁を一つ、指でつまむ。慶次の口に近づけると、口を開けた。そっと落雁を入れる。


「甘くて美味しいね」と言うと、慶次は、うん、と頷いた。


「ねえ。私ね――」


 ここ数回のお茶会で感じたこと、これから起こるであろうとにらんでいることを聞いてもらった。ちょっとした悩み、私の弱音だ。



「あ~、一護のせいで疲れたっ!」


「ついてこないで、休んでればいいだろ」


 弱音の話が終わり、慶次と私、どちらがお茶をもらいに行こうかと話をしていると、一加と一護が戻ってきた。二人とも不貞腐ふてくされたような顔をしている。


「ショウ~! あーんっ」


 一加が口を開けたので、落雁を一つ入れてあげた。もう一つ取り、一護に差し出す。一護は、一瞬躊躇ちゅうちょしてから、落雁を口に含んだ。


「どうだった? 友だちできた?」


 作りたいのは恋人だとわかっているが、あえて、友だち、と言った。恋人を作るにしても、まずはお友だちからだ。


 一護ではなく、一加が口を開く。


「ぜ~んぜんっ! だって、一護、話しかけないんだもん。この前と同じ。会場ぐるぐるまわって、見てるだけ」


 一加は、両手をテーブルにつき、椅子にストンッと座った。


「かたっぱしから話しかけるわけないだろ! いいなって思う人がいたら、話しかけようと思ってるんだよ! だいたい一加がついてくるから、気が散るんだよ!」


 一護はムスッとして、少しだけ乱暴に椅子に座った。


「せっかく座ったところ悪いんだけど……」


 一護に顔を向ける。一護は、眉間にシワを寄せたまま、首をかしげた。


「お茶をもらいに行きたいの。一緒に来て」


 立ち上がり、一護の腕を掴んで引っ張る。一護は口を尖らせたが、立ち上がってくれた。


 一加と慶次に留守番を頼み、一護の背後にまわり込む。一護の両肩を手で押すようにして歩き出した。


 ふと自分の右手に目を向ける。先ほどの慶次を思い返した。


(感謝……か~)


 黒羽も自然にやっていたが、どこで覚えてくるのだろうか。本からだろうか。


(男の人の礼儀作法とか? こっそり習うとか? それだと、女の人は、されたときの作法を……、いつか習うのかな?)


(もし、みんな習うとしたら……。お父様、律穂りつほさんも? でも、うん、なんか似合う。様になる。てつさん……は、似合わないかも)


「ふふっ」想像して、思わず声がこぼれる。


「なに? ――いたっ」


 一護は、私の声に反応して、立ち止まった。


 一護の肩に添えていただけの手は、ブレーキにはならず、ゴチッと一護の頭に顔をぶつけた。


「ご、ごめん。なんでもないよ。……冷たいのとあったかいの、どっちがいいか聞くの忘れちゃった」


 顔を押さえながら、一護の隣に並ぶ。からになったティーカップを持ってくるのも忘れてしまった。


「二つずつもらえば? ボクはどっちでもいいし」


「そうだね。そうしよう。私もどっちでもいいから、一加と慶次くんがどっちを選んでも大丈夫だね」


 一護の手が髪にふれた。ぶつかったときに、乱れてしまったらしい。前髪を直してくれた。

 ありがとう、と顔をのぞき込む。眉間のシワは消えていた。


(最近の一護は、ちょっと怒りっぽいっていうか、すぐ不機嫌になるんだよね……)


 一護は今、声変わりの最中だ。大人の階段をのぼっている。


(思春期のイライラ……。アレかな?)


「ボクの顔に何かついてる?」


「ううん。お菓子も欲しいなって」


「さっき、美味しそうなのがあったよ」


「えっ! どこ? はやく行こう!」


 こっち、と歩き出した一護のあとをついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る