139. 夏の終わりに 3/3 ― おめでとう


 花火が入っている袋の前にしゃがみ込んだ。もう残り十本もない。


しげるは?」


 一護いちごは私の隣に来ると、同じようにしゃがみ込んだ。


「トイレだって」


「あ~、トイレか。どれやるの?」


「どうしよっかな? 一護は?」


「これかな」一護はススキ花火を手に取った。


「そればっかりやってない?」


「これが好きだから」


「ふふ。そっか」個包装の花火を手に取った。


「それにするの?」


「うん」


 袋から出した。竿の先に花火がぶら下がっている。


「……ねえ、一護。もし、一加いちかに好きな人ができたら、寂しい?」


「え? なんで?」一護は目を見開いた。


「もし、もしもの話だよ。一加に恋人ができたら、どう思う?」


「…………嫌かな」


「嫌なの?」


「たぶん」


「そう……なんだ」


「ホントは喜ばないといけないんだろうけど……」


「うん」


「取られたくないって思っちゃいそう」


「そっか」


「……それに、そのときはボクも誰か探さないと」


「寂しいから?」


「寂しい……けど、それとは別。一加に恋人がいるなら、ボクにもいないとダメだから」


「負けてられないってこと?」


「そういうのじゃないんだけど……」


 一護は手に取った花火を見つめながら、ボソボソと言った。


(一加に恋人ができたら、一護は嫌なんだ。寂しいんだ。……やっぱりそうだよね。ずっと手をつないで隣にいた人が、誰かと手をつないで隣からいなくなっちゃったら……。寂しく感じちゃうのは仕方ないよね)


 私が立ち上がると、一護も立ち上がった。二人でローソクのところに移動した。


 一護は花火をローソクに近づけた。シューッと鳴りはじめた。その花火を、私の持っている花火に近づけ、火をつけてくれた。


 竿の先の花火が、火花を散らしながら、ぐるぐると回転しはじめた。


(私みたい……。同じことぐるぐる考えてる……)


 黒羽くろはのことばかり考えている。黒羽に好きな人か恋人ができたという予想は、当たっていると思っている。だが、直接聞いたわけではない。別の意味があるのではないか、何か見落としているのではないかと、つい再考してしまう。しかし、行き着く先は同じだ。


(気まずいのはわかるけど、言ってくれたらよかったのに……。他の人のこと好きにならないって言ったのに嘘つき! なんて怒ったりしないよ……)


(この寂しさの中には、教えてもらえなかった寂しさもあると思うんだよね……)


(あったこと手紙に全部書けとか、私のことを一番知っていたいとか言うくせに……。自分のことは教えてくれないんだから。もう、本当ズルい)


(ああ、でも、手紙はもう言われないのか。……そっか、思い返してみれば、今回も言われなかったな。ブラジャーのこととか、生理のこととか。前だったら、なんで手紙に書いてくれないんですか! って怒ってそう)


(七ヶ月……が良かったのかな? 長く離れてたから、周りに目を向けられたのかな? 芽吹いていた気持ちに気づいたのかな? それとも、二年生になって、新しい出会いがあったのかな?)


(普通だったんだけどな。いつも通りだと思ってたんだけど。口にはされなかったけど、他にはいっぱいキスされたし……。いっぱいくっついてたのに……)


(一加と一護も、私のほっぺとかにキスするし、くっつくから? 同じ湖月下こげつしたとして、対抗しちゃうのかな?)


(うーん……。やっぱり何か見落としてる? でも…………、あっ! また考えてる!)


「はあ~~」思わず大きなため息が出た。


「どうしたの?」一護が驚いた表情でこちらを向いた。


「どうもしな~い」


 回転が弱まってきた。


 花火が消えたのとほぼ同時に、パサッと竿の先で提灯ちょうちんのようなものが開いた。


「何か書いてあるね。一護、読める?」


「もうちょっと、回転がおさまらないと。……おめでとう、かな?」


「おめでとう? くす玉花火?」


「さあ?」


 一護は花火が入っている袋を取って来ると、この花火が入っていた個包装の袋を取り出し読み上げた。


「『あなたの今の気持ち花火』だってさ。『おめでとう』の他に、四つあるみたいだよ」


「私の今の気持ち? おめでとう? ……あ、あはは。そうだね!」


(そうだよ。せっかく、黒羽に好きな人ができたんだから。寂しいからって、違うかもしれないなんて逃げたりしないで、素直に『おめでとう』って思えばいいんだよ)


「おめでとう。おめでとう、だね!」


「おめでとうって思うようなことあったっけ?」


「うん。あった!」


「なに? この前のボクらの誕生日?」


「それもだけど。内緒!」


「ええ~、教えてよ」一護は口を尖らせた。


「ふふ。ダメ!」


「どうしたの? なんか楽しそう。……茂くんは?」


 一加は、キョロキョロと周りを見ながらそばまで来ると、何回かひざを屈伸させた。


「トイレだよ。線香花火なくなっちゃったの?」


「ううん。あと五本あるよ。だから、みんなでやろうかなって」


「普通の花火も残り五本。あとは、地面に置いてやるやつが一個」


 一護は残りの花火を手に持って見せてくれた。


「あれ? 終わっちゃったのかよ」


 茂がトイレから戻ってきた。


「線香花火と、普通のと、置くやつ。どの順番でやる?」


 一加と一護、茂の顔を見回した。



 地面に置かれた筒から、シュワーッときれいな火花が噴出している。


 スパーク花火、線香花火、噴出花火の順で火をつけた。律穂りつほに決めてもらった。残りの花火は、ベンチに座っていた律穂を呼んで、五人で一緒に楽しんだ。


(黒羽、応援してるからね。好きな人なら、恋人になれるように。もう恋人になってるなら、楽しい時間が過ごせるように)


(ちょっと寂しいけど、絶対に邪魔なんてしないから、どんな人なのか教えてほしいな。好きな人は言いにくいかもしれないけど。恋人になってるなら、教えてくれても……)


(私の知らないところででも、黒羽が幸せでいてくれたら、それでいいよ……。でも、できれば教えてほしいな。これって、ワガママかな?)


「きれいだね」

「この花火いいね」


 一加が私の左腕に、一護が右腕にくっついてきた。


「暑くねーの?」


 一護の向こう側から、茂がのぞき込んできた。


「暑いよ。でも、今日で夏も終わりだと思うと、暑いのも名残惜しいよね」


「はあ? そっかあ?」


 茂は首をかしげ、視線を花火に戻した。


 私たちが見つめるなか、噴出される火花は徐々に少なくなっていった。


 花火が消え、静かになった。


 律穂指示のもと、後片付けをした。


 手を洗って食堂に行くと、すでにテーブルには料理が並べられていた。父も仕事を終え、席についていた。

 総勢十名で賑やかにテーブルを囲んだ。

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