134. 二年半ぶり 3/5 ― トランプ大会(隼人)


「……この写真は?」


大地だいちにもらったの。やっぱり知らなかった? 眠ってるもんね」


 菖蒲あやめさんは嬉しそうに写真立てを手渡してくれた。


 なぜか私の寝顔の写真が飾られている。ほとんど切れているが、黒羽くろはの寝顔も一緒に写っている。この前、学園に行ったときの写真だ。

 どうやら眠っている間に撮られていたらしい。全く気づかなかった。


(菖蒲さんが喜んでいるので、この写真はこのままでいいですけど……。大地さん、どうしてくれましょうかねえ)


 眠る前のトランプ大会をするために、菖蒲さんの部屋を訪れていた。今夜は菖蒲さんたちと過ごす。明日の夜は、旦那様や帰ってきたてつさんたちと酒盛りをする予定だ。私が来たとき用にと、大地さんが酒を置いていってくれていた。


 菖蒲さん、一加いちかさん、一護いちごくん、しげるくんはベッドに上がり座った。黒羽と私は、ベッドの足側に腰かけた。私の右側に一加さん、菖蒲さん、一護くん、茂くん、黒羽と円になった。


 一戦目。黒羽、私、一護くん、菖蒲さん、一加さん、茂くんの順にあがった。


 一抜けした黒羽は、紙袋に手を入れ、紙切れを一枚引いた。《三番》と書いてある。一護くんが「ええ~」と声をらした。黒羽はもう一つの紙袋からも紙切れを引いた。《腕立て伏せ 十回》と書いてあった。


 一護くんは腕立て伏せをはじめた。


 二つの紙袋のうち、一つには『誰が』、もう一つには『何をする』が書かれた紙切れが入っている。一抜けの人が、紙袋から紙切れを一枚ずつ引き、罰ゲームを決める。そのため、誰がどんな罰ゲームをすることになるかは、直前までわからない。ただし、『誰が』の中に『一番』は入っていない。


(一抜けすれば、一安心……のはずですけど。場合によっては……)


 二戦目。《五番》《猿のモノマネ》だった。茂くんが恥ずかしそうに猿のモノマネをした。


 三戦目。一加さん、菖蒲さん、私、茂くん、黒羽、一護くんの順であがった。

 紙切れには《ビリとビリから二番》《誕生日が一番早い人からデコぴん》と書いてあった。


「誕生日……。一番年上の私ってことでいいんですかね?」首をかしげた。


「そ、それは違うんじゃないですか!?」黒羽はあわてている。


 菖蒲さんは、一加さんから紙切れを受け取り、チラッと見ると呟いた。


「『誕生日が早い』だから、年上じゃないかも?」


「そうですよね!」


「まあ、でも、結局変わらないけどね」


「えっ!?」


 黒羽は、ホッとしたのも束の間、眉間にシワを寄せた。


「だって、隼人はやとは三月生まれだから。茂くんは四月五日、私は六月、一加と一護は八月。黒羽は十二月でしょ。一月を早いと考えても、早生まれとして考えても、隼人だよね?」


「あ……、ああ、そっか……。いや! でも! 四月が一番早いって考え方もありますよね!?」


「学年の中で一番早いってことだね。それじゃ、多数決にしよっか? 三月が一番早いと思う人」


 菖蒲さんの問いかけに、黒羽以外の全員が手を上げた。


「なんで、一護くんまで手を上げてるんですか! あなたもやられるんですよ!?」


 黒羽は菖蒲さんの手元に手を伸ばした。菖蒲さんは紙切れを手渡した。


「もう、誰ですか!? 変なこと書いたのは!」


 黒羽は紙切れを確認した。「やられる人の身になってください」と言いながら、菖蒲さんのことをジトッとした目で見つめた。


 罰ゲーム用の紙切れはみんなで書いた。誰が何を書いたかは、詮索せんさくしないことになっているが、字を見ればだいたいわかる。《デコぴん》と書いたのは菖蒲さんだ。


「黒羽、ルールだよ。罰ゲームはしっかりと! 逃げちゃダメだよ。おもしろくなくなっちゃうでしょ」


 菖蒲さんはニヤニヤしながら、黒羽に注意した。


「そうですねえ。それじゃ、やっちゃいますね。ビリは、一護くんでしたね」


「はい」


 一護くんがひたいを差し出してきた。ペチッと軽くデコぴんをした。


「次は、黒羽ですね」


「……はい。隼人、優しくですよ。私にだけ思いきりとかなしですよ」


 黒羽は片手で前髪を上げ、目をギュッとつむった。


「もう。人のことなんだと思ってるんですか!」


 ペチッと一護くんにしたのと同じくらいの強さでデコぴんをした。黒羽は目を開けると、はあ、と息をいた。


 四戦目。《一番以外》《腹筋 十回》だった。一加さん以外、腹筋をした。


 五戦目。菖蒲さん、一加さん、茂くん、黒羽、一護くん、私の順だった。


「やった! やっと引ける!」


 菖蒲さんはいそいそと『誰が』の紙袋に手を入れた。引いた紙切れを見た菖蒲さんから、笑顔が消えた。『何をする』から一枚引いた。それを見た菖蒲さんは、驚いたような顔で大きく息を吸い込んだ。


「こんなの、無効! おかしいでしょ!」


 菖蒲さんの視線は黒羽に向けられている。


 茂くんは、四つん這いになって手を伸ばし、菖蒲さんの手から紙切れを取った。「すげーな」と苦笑いしながら、座り直した。


「『菖蒲』、『黒羽の言うことを聞く』だってよ」


 茂くんに紙切れを見せてもらった。どちらも黒羽の字だった。


「名指しなんて、おかしい!」


「菖蒲様。おかしくありませんよ。『一番』と書くのはダメなんですよね?」


「そうだよ。でも、名指しだなんて……。それに、『黒羽の言うことを聞く』なんてダメでしょ!」


「『何をする』については、常識の範囲内でということでしたよね?」


「範囲外でしょ!」


「菖蒲様。これが、『黒羽』『腕立て伏せ 十回』だったり、『何番』『黒羽の言うことを聞く』、だったら、そんな風に言いましたか? 言わないですよね? さっきの『誕生日が一番早い人から』だって、『隼人から』って書いてあったようなものですよね?」


「う……。あれは、茂くんの可能性もあったでしょ……」


「ルールですよ。罰ゲームは?」


「しっかりと」菖蒲さんはガクッとうなだれた。


「は~」とため息をいた菖蒲さんは、チラッチラッと両隣を見た。


「一加、一護、静かだね。黒羽に異論はないの?」


 一加さんたちは、菖浦さんから顔を背けた。菖蒲さんは、茂くんに顔を向けた。


「知ってたの?」


「知らねーよ! 何を書いたかは、見せない、聞かない、だろ!」


「……茂くんは、今回は関係なさそうだね。一加、一護、また黒羽とグルになって! ひどいよ!」


「グルじゃないよ! たまたまだよ!」

「そうだよ! たまたまだよ!」


「たまたま?」


「あ……」

「う……」


「どういうこと……?」


「同じようなこと、考えてる人っているんだなあって」

「同じく。一加とも、黒羽とも、何も話してないよ」


「本当に?」


 一加さんと一護くんは、何度も激しくうなずいた。


「さあ、菖蒲様。罰ゲームしましょう。こちらに来てください」


「は~……。しつこいのは、やめてよ」


「大丈夫ですよ。隼人がいるんですから」


「……そっか。それもそうだね!」


 口を尖らせていた菖蒲さんだったが、私の名前を聞くと笑顔になった。


 ベッドから少し離れたところに、二人並んで立った。黒羽に耳打ちされた菖蒲さんは、「当たり前でしょ!」と黒羽の腕をペシッと叩いた。


「それじゃ、みなさん。菖蒲様の罰ゲーム、見ててくださいね」


 黒羽はにこっと微笑み、菖蒲さんの鼻先にチュッとキスをした。


「ショウの鼻、かないと」

「顔を洗ったほうがいいよ」


「黒羽といい、お前らといい、ショウって大変だよな」


 黒羽のことをにらむように見つめる一加さんたちを横目に、茂くんはトランプをシャッフルしはじめた。


 六戦目。《菖蒲》《腹筋 十回》だった。紙切れを引いたのは菖蒲さんだ。「一抜けしたのにおかしい!」と不満を漏らした。


 七戦目。《二番》《一加のほっぺにキス》だった。一護くんは、「二番が黒羽だったら……」と言って、一加さんの頬にキスをした。一加さんは「考えてなかった!」と両手で頬を押さえた。


 八戦目。《四番》《一護と一緒にショウのほっぺにキス》だった。四番は私だ。一護くんと一緒に菖蒲さんの頬にキスをした。菖蒲さんが照れた顔で微笑んだので、思わず抱きしめてしまった。黒羽に「ほどほど」と引き離された。


 九戦目。《二番とビリ》《猫のモノマネ》だった。「またモノマネかよ」と、ビリだった茂くんは嫌そうな顔をした。二番だった一加さんは「にゃあ? ニャー? アーオ?」と一生懸命似せようとしていた。


 十戦目。《黒羽》《一番から全力しっぺ》だった。一抜けしたのは、私だった。


「なっ! だから、なんで菖蒲様はこういうことを書くんですか!」


「なんで私って決めつけるの? 誰が書いたか、わからないでしょ?」


「わかります」


 黒羽は私から紙切れを奪い取り、書いてある字を確認した。目を見開き、勢い良く私に顔を向けた。


 そう、どちらも私が書いたものだ。私も《黒羽》と名指しで書いていた。菖蒲さんが怒っているのを見て、内心ドキドキしていた。


(黒羽が驚いたのは『しっぺ』のほうでしょうけど)


「さ、黒羽。腕を出してください」


「……げ、ゲームですよ、隼人。全力と書いてあっても、ゲームですからね?」


「罰ゲームは」

「しっかりと」


 一加さんと一護くんはニヤニヤしている。


「しっぺくらいなんだよ」


「だったら、茂くん。代わってください。あとで、おやつあげますから」


「はあ? やだね。罰ゲームはしっかりと、だろ」


「ほら、黒羽。だだ言ってないで。腕、出してください」


「うぅ……。優しくお願いしますよ」


「ルールですからねえ」


 黒羽の手首を掴んだ。人差し指と中指に、はー、と息をきかけた。


「それじゃ、いきますよ――」


 しっぺをした瞬間。一加さんと一護くんと茂くんは、体をビクッとさせた。


 黒羽は腕を押さえてもだえている。


「は~、指が痛いですねえ。次で最後にしましょう」


「えっ! もう?」菖蒲さんは残念そうな顔をした。


「ええ。このあと、一護くんと茂くんとお話がしたいんですよ」


 一護くんと茂くんは、顔を見合わせ、首をかしげた。


 十一戦目は、《一番が指定》《黒羽の言うことを聞く》だった。一抜けは黒羽だ。


「ビリの菖蒲様が罰ゲームで」


「やっぱり、私なの……」


「腕が痛いので、慰めてください」


「ふふっ。わかった」


 菖蒲さんは、ベッドから下り、黒羽のほうに回り込んだ。「いたいのいたいの」と唱えながら黒羽の腕をさすり、「とんでいけ」と誰もいないほうにポイッと放るフリをした。


 菖蒲さんに抱きついた黒羽を引き離すのに苦労した。

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