12歳

 128. お化け屋敷 1/2(大地)


(こいつら、面倒くさいな――)



 夏期休暇を利用して、湖月こげつ邸に遊びに来た。


大地だいち~! グルグルして!」


 乗ってきた馬車を見送っていると、菖蒲あやめが元気に駆け寄ってきた。


「なんで毎回、第一声がそれなんだよ」


「それじゃ、久しぶり」


「それじゃって……。だいたい荷物持ってるだろ」


「荷物は左手で持って。右腕にぶら下がるから」


「無理」


「え~! ケチ! 今日の荷物ならできそうなのに」


「割れ物が入ってんだよ。万が一、割れたら大変だろ」


 そんなやり取りをしていると、玄関から前髪を噴水みたいに結んだ黒羽くろはが出てきた。たぶんやったのは菖蒲だ。


 寮の部屋でも、たまにあんな風に結んでいる。初めて見たとき、「なんだよ、その頭は」と突っ込んだ。黒羽は、「この前、菖蒲様がこうやって結んでくれたんです。このゴムもくれたんですよ」とニヤニヤしていた。耳にかけておくよりも前髪が垂れてこなくて楽だ、とも言っていた。


(だったら切ればいいのに。切らないんだよな。顔がいいってのも大変だな)


 黒羽は菖蒲の隣まで来ると、いつものセリフを口にした。


「大地、暇なの?」


「暇じゃない。知ってるだろ。はあ~。ちょっとこれ持ってろ」


 黒羽に荷物を持ってもらった。菖蒲を腕にぶら下げて、グルグルしてやった。


「そろそろ無理だな」


 菖蒲は、足が地面につかないよう、一生懸命曲げていた。大きくなってきた。腕にぶら下がるのはそろそろ限界だ。


「え~! うーん、まあ、そうかも。ずっと足を曲げてるのは疲れるかな。じゃあ、次は首で」


「それもたいして変わんないだろ」


「そうかもしれないけど、違うかもしれないでしょ? 一回試すの!」


 菖蒲が首にぶら下がろうと手を伸ばしてきた。横から伸びてきた手が、その手を掴んだ。


「それはやめておきましょう」


 黒羽は、手を掴んだまま、菖蒲に笑顔を向けた。菖蒲は「え~」と不満そうな顔をしたが、黒羽の顔をジッと見つめると「わかった」とうなずいた。黒羽は、にっこりと微笑み、手を離した。菖蒲は「試したかったのに」とため息をいた。


「じゃあ、おんぶで!」


 菖蒲は、俺の後ろに回り込むと、「せーの」と背中に飛びついた。黒羽の刺すような視線の中、グルグルしてやった。


 黒羽のいるほうと逆方向、表門のほうを向いて止まってしまった。菖蒲を背負い直し、体の向きを変えた。


 視線が増えていた。


「おわっ!」


 双子と男の子が、いつの間にか黒羽の隣に並んでいた。驚いて声が出てしまった。


 双子は知っているが、男の子は初めて見る子だ。


一加いちか一護いちご。大丈夫そう?」


「それよりも離れてほしい」

「ボクも」


 菖蒲が声をかけると、双子は俺に顔を向けて、返事をした。女の子のほうは、俺のことをにらむように見ている。


 去年の夏に来たときは、顔を伏せて挨拶をし、そのあと俺の前には出てこなかった。てつさんたちの手伝いをしている姿を、チラッと見かけるくらいだった。黒羽は食事のときに顔を合わせていたらしいが、俺がいた二日間は別々に食事をとっていた。


 こうして、ちゃんと顔を見るのは初めてだ。


(生意気、か……。なるほど。気は強そうだな)


 冬に帰省して学園に戻ってきた黒羽は、双子が変わった、生意気だ、邪魔だ、と荒れていた。


「ショウは子どもみたいだな」


 男の子が俺の背中にいる菖蒲を見て言った。


「子どもだもん」


「ショウ? で、この子は誰だ?」


 菖蒲に少しだけ顔を向け、こそっと小さい声で聞いた。


「『ショウ』は私のアダ名。菖蒲あやめはショウブとも読めるでしょ。そこから取ったの。しげるくんは、小夜さよさんの息子」


「小夜さんの? 思ったより大きいな」


(そういや、ここに来たばかりの頃に、菖蒲と同い年とか言ってたような……)


「私たち、みんな同い年だよ。一加と一護は、今月の二十五日が誕生日だから、まだだけど。誕生日がきたら、みんな十二歳」


「そうだったな……。双子もだったな。みんな、か……」


 双子と茂の顔を見回した。


(まさか、忠勝ただかつさん……。お茶会で菖蒲に、慶一けいいち慶次けいじ以外の友だちができないからって、わざわざ集めた……とかじゃないよな? だとしたら、過保護すぎないか? いや、これは過保護っていうのか?)


 この状況について考えていると、菖蒲が小さい声で「良かった」と呟いた。俺の肩を掴んでいる手にギュッと力を込め、今度ははっきりと言った。


「一加と一護が大丈夫そうで良かった! これなら、大地も一緒に遊べるね!」


「大丈夫そう?」


「ちょっとね。いろいろあるんだよ」


「おじさん! 早くショウから離れて!」

「一加、おじさんはまずい。大地さん、ショウを下ろしてください」


「お、おじさん……」


 確かに十代前半のこの子たちから見れば、三十近い俺はおじさんなのかもしれない。でも、まだ二十代だ。おじさんは受け入れがたい。


「ぶはっ! お、おじ……。あ、あはは。ぶっ、くく。おじ、おじさん……。あははははは」


 黒羽は俺の荷物を抱きしめ笑っている。箱に入っているとはいえ、中の酒瓶が心配だ。


「おじさんって認識なのに、大丈夫なんだ。本当に良かった。良かったね!」


 菖蒲は、そう言いながら俺の肩を揺すった。「下ろして」と言われたので、足を支えるのをやめ、少し屈んだ。


 下りた菖蒲が俺の前に出ると、双子は菖蒲をはさむように、腕にしがみついた。


(これは……。本当に随分となつかれてんな)


「あはは。ふ、双子も離れなさい。は~、あはは、はあ……、はあ~」


 黒羽は笑い過ぎて乱れた息を頑張って整えている。


「うるさいで~す」

「黒羽の言うこと聞く必要ないし」


「ショウ暑くねーの?」


「暑いけど……」


「……は~。ほら、菖蒲様が暑がってるでしょう。もう離れなさい。何事もほどほどですよ! ほどほど!」


(はっ?)


「ぶっ! ほどほど? くっくく。く、黒羽が。ほどほど? あはははは」


「わかる。わかるよ、大地!」


 黒羽が後輩にあたる双子に、ほどほど、と注意しているのが可笑しかった。菖蒲もそう感じたようで、わかるわかる、と繰り返していた。


 庭で一騒ぎしたあと、「二泊三日でお世話になります」と忠勝さんに挨拶をした。

 忠勝さんは双子の事情を簡単に説明してくれた。去年の夏に「無理に近づかないように」と言われた理由と、菖蒲が双子に「大丈夫?」と聞いた理由がわかった。


「みんなで行きたい所があるそうだ。明日、連れていってやってくれないか?」


 忠勝さんに頼まれた。断る理由もないので引き受けた。



(――いつまで、こうしてるつもりだよ……)


 菖蒲あやめと双子、茂、黒羽を連れて、『行きたい所』とやらにやってきた。


 小中規模な多目的ホールだ。


 建物の壁面には、《恐怖の館 8月末まで》と、おどろおどろしい文字で書かれた垂れ幕が設置されている。


 みんな、正確には、の行きたい所とは『お化け屋敷』だった。


「私は入らない!」


「そんなこと言わずに、私と入りましょう」


「ダメ! ワタシと」

「ボクと!」


「何でもいいから、はやく入ろうぜ~」


 俺は茂の意見に賛成だ。


 着いてすぐ、お化け屋敷の入場チケットを買いに、エントランスホールに向かった。そこで、足並みが全然揃っていないということがわかった。

 菖蒲は入る気がない。黒羽と双子は、それぞれ菖蒲と二人で入りたい。茂は全員だとつまらないから、二人ずつか三人ずつで入るつもりだった。俺は俺以外の全員で入ると思っていた。

 他の人の迷惑になりそうだったので、外に出てきた。


「一加と一護は平気なの? 中でいろいろやるのは、大人だよ?」


「ショウと一緒なら平気」

「お化けだから大丈夫」


 双子の大人嫌いは相当だったらしいが、かなり改善したそうだ。菖蒲と手をつないでいれば、大人がたくさんいるところでも大丈夫らしい。実際、特に問題なくここまで来れた。


「私はやだ。乗り物のやつなら目をつむってやり過ごせるけど。これは歩くやつだから、無理! 待ってる! だいたい入らなくてもいいって言った。だから、ついてきたのに」


 菖蒲はお化け屋敷が苦手らしく、黒羽と双子の誘いを断りつづけている。


「肝試しとかなら、まだいいけど。これはやだ! どうしても入らないといけないなら、大地と入るっ!」


 そう言うと、菖蒲は俺の腕に抱きついた。黒羽と双子の視線が痛い。俺は悪くない。


「なんで俺?」


「おんぶしてもらう。目をつむってるから、大地が頑張って」


「なんだよ、それは」


「菖蒲様、私がおんぶしますよ」


「ワタシもする」

「ボクも」


「はやく入ろうぜ~」


(話が全然進まないな……)


 ふと建物に視線を向けた。


 建物に入ると広いエントランスホールがある。そこに案内所やチケット売り場が設置されている。その奥、イベントスペースへの出入り口が、お化け屋敷の入り口になっている。


 お化け屋敷の出口に視線を移した。


 出口は外だ。建物から外へとテントのようなものが続いている。ここは、屋外もイベントスペースとして利用することができるらしい。

 出口の先には、グッズ売り場や軽食売り場、休憩所などがある。いい感じに誘導している。


「よし! 移動するぞ!」


 俺に抱きついたままの菖蒲の頭をグリグリとなでながら、みんなの顔を見回した。

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