119. 久しぶり 1/4 ― ショック(隼人)


(覚悟はしてましたけど。少しショックですねえ)


 身長一八〇半ばの男性が立っている。その隣にいる男子学生を見て、ため息をいた。まだ大丈夫かもしれない、靴のせいかもしれないと、脳内で悪あがきをしつつ、二人のもとに向かった。自然と歩くスピードが上がった。


 今日をとても楽しみにしていた。


「お、来たな! 隼人はやと、お疲れ」


「隼人、久しぶりですね。会えて嬉しいです。忙しい中、来てくれてありがとうございます。学園に入る手続き、大変でしたよね?」


大地だいちさんは、三、四ヶ月ぶりくらいですね。黒羽くろははすごく久しぶりですねえ。私も嬉しいですよ。手続きは、今日まで時間がありましたから。それにしても、二年ぶり……ですか。もう二年。はやいですねえ、時が経つのは」


「じじいか。つーか、俺が会いに来ても、暇なのかとか、そんなことしか言わないくせに。なんで隼人のときは、嬉しいとか、ありがとうなんだよ」


「人徳じゃないですか?」黒羽は鼻で笑った。


「それならあるだろ!」


「ないっ!」


(この感じ。懐かしいですねえ)


「隼人、今からどうしますか? 学園内を見て歩きますか? それとも、街に行きます? その前に荷物置きたいですよね。あ、そうだ。大地に持たせましょう」


 黒羽は、にこっと微笑んだ。


「お前なあ。まあ、持つけどな」


「すみませんねえ」鞄を差し出した。


「遠慮しないんだな」


 大地さんの手が、鞄に伸びてきた。触れる直前に引っ込めた。


「ふふ、冗談ですよ。大丈夫です。一泊なんで、重くないですし」


「持ってやるのに」


「持たせてくださいって、大地がお願いしないからですよ」


「おい。だいたい俺じゃなくて、黒羽が持ってやれよ。世話になっただろ!」


「言われなくても、そのつもりです。大地が受け取ったら、大地から取るつもりだったんですよ。隼人、私が持ちます。…………隼人?」


 黒羽の顔をまじまじと見てしまった。


「『私』……、ですか? そういえば、手紙でもそうなってましたね。手紙ではなんとも思いませんでしたけど。声に出して言われると……」


「変ですか?」黒羽は小首をかしげた。


「変ではないですけど。違和感が……」


「そっかあ? 俺はもう慣れたな。なんか突然、『僕』より『私』のほうが大人っぽいですかね? とか言い出して、変えたんだよな」


 大地さんは黒羽のモノマネをした。似てはいなかったが、雰囲気は伝わってきた。


「大人っぽい、ですか?」


 大地さんに顔を向けると、目があった。大地さんは目を合わせたままうなずいた。


「ぐっ……」

「ふっ……」


「あははは、あっはははは」

「ふふっ。あはは、ふふふ」


 大地さんと同時に吹き出した。黒羽に目を向けると、ブスッとしていた。


「こんなところで、大きい声で笑ってたら迷惑ですよ! はやく行きましょう!」


 黒羽は私から鞄を奪うと、スタスタと歩きだした。不貞腐ふてくされてしまった黒羽のあとを、笑いながらついていった。



 せっかく大変な手続きをして学園に入ったので、王都の観光はせずに学園内を散策することにした。

 今夜泊まる部屋に荷物を置いてから、思い出深い場所を中心に見て歩いた。


 学園地区も居住地区も変わっていた。私が学生だったのは、十年近く前だ。変わっているところがあるのは当然、と思いつつも、少し寂しく感じた。


 当時そのままに近いところもあった。だが、そこはあまり縁のなかった場所だった。主に、王族や上流華族かぞくが使用している場所だ。修繕はされているのできれいだったが、外観は変わっていなかった。中は結構変わっているとのことだったが、私にはよくわからなかった。


 一番驚いたのは武道館だった。倶楽部くらぶで、毎日のように通っていた。外での稽古が多かったが、荷物を置いたりと毎回出入りしていた。

 第二までだった武道館に、第三ができていた。第一第二よりはかなり小さいが、きれいで設備が良かった。第一の改修工事を行う際、建てられたそうだ。第一も第二も改修され、きれいになっていた。



「ここが私の部屋です」


 最後に、黒羽の部屋に案内してもらった。


 ここで夕食をとってから、宿に向かう予定だ。久しぶりに、黒羽と私で作ることにした。買い物はしてきた。

 ちなみに、昼食は開いていた学生食堂でとった。その学食の定番メニューは変わっていなかった。懐かしい味がした。


「へ~! いい部屋ですね。学園地区にも近いですし」


「そうなんです。ここって、とてもいい部屋なんですよ……」


 黒羽はなぜか暗い顔をした。


「何か問題でも?」


「問題というか……。旦那様と交わしている書類では、寮費は部屋数が一つの住戸へやの平均金額になってて……。その金額でここは借りられないって気づいてから、旦那様に実際の寮費にしてくださいって申し出たんですけど。もう、書類にサインしたからって」


 寮費は、部屋数などはもちろんのこと、学園地区からの距離や設備でも変わる。

 この住戸じゅうこは学園地区に近く、部屋も広くて、キッチンや風呂、トイレがついている。同じ一部屋ひとへやでも、学園地区から遠く、トイレなどが共同のところとは、金額が相当違う。平均よりは高いだろう。


「その分、頑張ればいいだろ。実際、成績もいいし。倶楽部くらぶも頑張ってる。忠勝ただかつさんも喜んでるって。そう何回も言ってるだろ。気にするなよ」


「でも……」


「そうですよ、黒羽。大地さんの言う通りです。国から借りても、何か成績を収めれば、軽減される場合もあるんですから」


「それは、そうなんですけど……」


「これまでの黒羽を見ていて、旦那様がそうしたいって思ったんですよ。後ろめたい気持ちにさせたかったわけでも、暗い顔をさせたかったわけでもないって、わかってますよね?」


「……はい」


「そんな風に悩む必要はありませんよ。旦那様は、黒羽が楽しく過ごして、ちゃんと卒業してくれたら、本望のはずです」


「はい」


「どうしても気になるなら、卒業して、きっちり借りたものを返してから、恩返しするっていうのはどうですか?」


「そう……ですね。そうします!」


 黒羽は晴れ晴れとした顔になった。その一方で、大地さんは顔をしかめた。


「俺が何回言っても、でもでも言ってたのに。なんで、隼人だと一発なんだよ」


「大地さんは説明が下手くそですから。伝わらなかったんじゃないですか?」頬に手を添えて首をかしげた。


「そういうことです。あと、大地には説得力がない」


「女性に関することなら、説得力あるんですけどねえ」


「確かにっ!」黒羽は手を打った。


「お前らなあ」


 大地さんは、「はあ~」と大きなため息をくと、立ち上がった。


「どうしたんですか?」黒羽は眉をひそめた。


「のど渇いたから。お茶を――」

「やめてください! 私がやります」


 黒羽は大あわてで立ち上がり、大地さんの行く手を阻んだ。


「お茶くらい、いれられるって」


「緑茶に塩入れる人が何言ってるんですか!」


「あれは、砂糖と間違えただけだろ。それに、塩入ってるのも、砂糖入ってるのもあるだろ」


「知りません! あるにしても、あれは絶対に違う。限度ってものがある! 大地の味覚には合わせらない! だいたい、それだけじゃないっ――」


(黒羽、随分ひどい目に……。まるで昔の私みたいですねえ)


 学生のとき、しばしば衝撃的な味がするものを食べさせられた。よくこんな風に、台所に向かおうとする大地さんを、怒りながら止めていた。


「私がいれますよ。黒羽、夕食を作りはじめましょう。どこに何があるのか、教えてください」


 立ち上がり、黒羽の肩にポンと手を置いた。


「はい。大地は座っててください!」


 大地さんは座らなかった。腕を組み、私たちのことをしげしげと眺めた。嫌な予感がした。


「やっぱり、そうだな! 黒羽のほうがでかくなったな!」


「言ってしまいましたね……」大地さんをにらんだ。


「なんでだよ。本当のことだろ」


「触れずに済ませようと思ってたんですよ」


「なんだ。気にしてたのか?」


「こんな小さいときから知ってるんですよ。なんかショックじゃないですか!」


 胸のあたりで右手を水平に振った。出会ったときの黒羽の身長は、だいたいこれくらいだったはずだ。


「ショックか? そんなもんか?」


「一八〇以上ある人には、一七〇ない私の気持ちはわかりませんよ! で、黒羽、今身長いくつなんですか?」


 言われてしまっては仕方がない。気まずそうにしている黒羽に、えて質問した。


「一六八……。えっと、七……。いや、六……」


「なんですか、それは。気を使ってますか?」


「……去年測ったときは、一六八センチでした。測ったの一年前で。それから測ってないので」


「そうですか。去年……、すでに……。はあ。きっと、伸びてますよ。私よりは確実に高いですから。黒羽は気にしなくていいですからね。大地さんは反省してください」


 黒羽に微笑んでから、大地さんを再びにらんだ。


「反省って。なんでだよ……」


 大地さんは、ため息混じりに呆れたような顔をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る