119. 久しぶり 1/4 ― ショック(隼人)
(覚悟はしてましたけど。少しショックですねえ)
身長一八〇半ばの男性が立っている。その隣にいる男子学生を見て、ため息を
今日をとても楽しみにしていた。
「お、来たな!
「隼人、久しぶりですね。会えて嬉しいです。忙しい中、来てくれてありがとうございます。学園に入る手続き、大変でしたよね?」
「
「じじいか。つーか、俺が会いに来ても、暇なのかとか、そんなことしか言わないくせに。なんで隼人のときは、嬉しいとか、ありがとうなんだよ」
「人徳じゃないですか?」黒羽は鼻で笑った。
「それならあるだろ!」
「ないっ!」
(この感じ。懐かしいですねえ)
「隼人、今からどうしますか? 学園内を見て歩きますか? それとも、街に行きます? その前に荷物置きたいですよね。あ、そうだ。大地に持たせましょう」
黒羽は、にこっと微笑んだ。
「お前なあ。まあ、持つけどな」
「すみませんねえ」鞄を差し出した。
「遠慮しないんだな」
大地さんの手が、鞄に伸びてきた。触れる直前に引っ込めた。
「ふふ、冗談ですよ。大丈夫です。一泊なんで、重くないですし」
「持ってやるのに」
「持たせてくださいって、大地がお願いしないからですよ」
「おい。だいたい俺じゃなくて、黒羽が持ってやれよ。世話になっただろ!」
「言われなくても、そのつもりです。大地が受け取ったら、大地から取るつもりだったんですよ。隼人、私が持ちます。…………隼人?」
黒羽の顔をまじまじと見てしまった。
「『私』……、ですか? そういえば、手紙でもそうなってましたね。手紙ではなんとも思いませんでしたけど。声に出して言われると……」
「変ですか?」黒羽は小首を
「変ではないですけど。違和感が……」
「そっかあ? 俺はもう慣れたな。なんか突然、『僕』より『私』のほうが大人っぽいですかね? とか言い出して、変えたんだよな」
大地さんは黒羽のモノマネをした。似てはいなかったが、雰囲気は伝わってきた。
「大人っぽい、ですか?」
大地さんに顔を向けると、目があった。大地さんは目を合わせたまま
「ぐっ……」
「ふっ……」
「あははは、あっはははは」
「ふふっ。あはは、ふふふ」
大地さんと同時に吹き出した。黒羽に目を向けると、ブスッとしていた。
「こんなところで、大きい声で笑ってたら迷惑ですよ! はやく行きましょう!」
黒羽は私から鞄を奪うと、スタスタと歩きだした。
せっかく大変な手続きをして学園に入ったので、王都の観光はせずに学園内を散策することにした。
今夜泊まる部屋に荷物を置いてから、思い出深い場所を中心に見て歩いた。
学園地区も居住地区も変わっていた。私が学生だったのは、十年近く前だ。変わっているところがあるのは当然、と思いつつも、少し寂しく感じた。
当時そのままに近いところもあった。だが、そこはあまり縁のなかった場所だった。主に、王族や上流
一番驚いたのは武道館だった。
第二までだった武道館に、第三ができていた。第一第二よりはかなり小さいが、きれいで設備が良かった。第一の改修工事を行う際、建てられたそうだ。第一も第二も改修され、きれいになっていた。
「ここが私の部屋です」
最後に、黒羽の部屋に案内してもらった。
ここで夕食をとってから、宿に向かう予定だ。久しぶりに、黒羽と私で作ることにした。買い物はしてきた。
ちなみに、昼食は開いていた学生食堂でとった。その学食の定番メニューは変わっていなかった。懐かしい味がした。
「へ~! いい部屋ですね。学園地区にも近いですし」
「そうなんです。ここって、とてもいい部屋なんですよ……」
黒羽はなぜか暗い顔をした。
「何か問題でも?」
「問題というか……。旦那様と交わしている書類では、寮費は部屋数が一つの
寮費は、部屋数などはもちろんのこと、学園地区からの距離や設備でも変わる。
この
「その分、頑張ればいいだろ。実際、成績もいいし。
「でも……」
「そうですよ、黒羽。大地さんの言う通りです。国から借りても、何か成績を収めれば、軽減される場合もあるんですから」
「それは、そうなんですけど……」
「これまでの黒羽を見ていて、旦那様がそうしたいって思ったんですよ。後ろめたい気持ちにさせたかったわけでも、暗い顔をさせたかったわけでもないって、わかってますよね?」
「……はい」
「そんな風に悩む必要はありませんよ。旦那様は、黒羽が楽しく過ごして、ちゃんと卒業してくれたら、本望のはずです」
「はい」
「どうしても気になるなら、卒業して、きっちり借りたものを返してから、恩返しするっていうのはどうですか?」
「そう……ですね。そうします!」
黒羽は晴れ晴れとした顔になった。その一方で、大地さんは顔をしかめた。
「俺が何回言っても、でもでも言ってたのに。なんで、隼人だと一発なんだよ」
「大地さんは説明が下手くそですから。伝わらなかったんじゃないですか?」頬に手を添えて首を
「そういうことです。あと、大地には説得力がない」
「女性に関することなら、説得力あるんですけどねえ」
「確かにっ!」黒羽は手を打った。
「お前らなあ」
大地さんは、「はあ~」と大きなため息を
「どうしたんですか?」黒羽は眉をひそめた。
「のど渇いたから。お茶を――」
「やめてください! 私がやります」
黒羽は大あわてで立ち上がり、大地さんの行く手を阻んだ。
「お茶くらい、いれられるって」
「緑茶に塩入れる人が何言ってるんですか!」
「あれは、砂糖と間違えただけだろ。それに、塩入ってるのも、砂糖入ってるのもあるだろ」
「知りません! あるにしても、あれは絶対に違う。限度ってものがある! 大地の味覚には合わせらない! だいたい、それだけじゃないっ――」
(黒羽、随分ひどい目に……。まるで昔の私みたいですねえ)
学生のとき、しばしば衝撃的な味がするものを食べさせられた。よくこんな風に、台所に向かおうとする大地さんを、怒りながら止めていた。
「私がいれますよ。黒羽、夕食を作りはじめましょう。どこに何があるのか、教えてください」
立ち上がり、黒羽の肩にポンと手を置いた。
「はい。大地は座っててください!」
大地さんは座らなかった。腕を組み、私たちのことをしげしげと眺めた。嫌な予感がした。
「やっぱり、そうだな! 黒羽のほうがでかくなったな!」
「言ってしまいましたね……」大地さんを
「なんでだよ。本当のことだろ」
「触れずに済ませようと思ってたんですよ」
「なんだ。気にしてたのか?」
「こんな小さいときから知ってるんですよ。なんかショックじゃないですか!」
胸のあたりで右手を水平に振った。出会ったときの黒羽の身長は、だいたいこれくらいだったはずだ。
「ショックか? そんなもんか?」
「一八〇以上ある人には、一七〇ない私の気持ちはわかりませんよ! で、黒羽、今身長いくつなんですか?」
言われてしまっては仕方がない。気まずそうにしている黒羽に、
「一六八……。えっと、七……。いや、六……」
「なんですか、それは。気を使ってますか?」
「……去年測ったときは、一六八センチでした。測ったの一年前で。それから測ってないので」
「そうですか。去年……、すでに……。はあ。きっと、伸びてますよ。私よりは確実に高いですから。黒羽は気にしなくていいですからね。大地さんは反省してください」
黒羽に微笑んでから、大地さんを再び
「反省って。なんでだよ……」
大地さんは、ため息混じりに呆れたような顔をした。
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