112. 二人の充電時間 2/3 ― 眠気のせい


 黒羽くろはとくっついているところがあたたかい。目をつむっているからか、とても眠たくなってきた。


「そういえば、お茶会は大丈夫でしたか? 知らない人についていったりしてないですよね? また抱きつかれたりとかしてませんか?」


「……大丈夫。されてないよ」


「ちゃんと旦那様の目の届くところにいてくださいよ。慶一けいいち様と何かあるとは思いませんけど……。慶次けいじ様と手をつなぐ以外のことをしたりしてませんよね?」


「……してないよ」


「手をつないでも三十秒以内ですよ。本当はダメなんですからね。というか、もう慶次様と手をつなぐ必要ないんじゃないですか?」


「……どうして?」


「痩せましたよね。他の女の子とつなげますよ。菖蒲あやめ様が気にする必要はないと思います。もう、つなぐのはやめましょう。そうしましょう」


「……急に断るのも」


「大丈夫です。断ってください。そうそう、昨日の、何を考えていたかって話。私の髪のことって本当ですか? 実は別のこと考えてませんでしたか?」


「……髪のことだよ」


「なんか嘘つかれてるような気がするんですよね。まあ、信じますけど。他には何かありませんか? 言ってないこととか、書きらしてること」


「……ないよ」


「本当ですか?」


「……本当」


(なんでだろう)


「嘘ついてませんか?」


「……ついてない」


(なんか、イライラする)


 眠くなってきたところに言われているからだろうか。黒羽のしつこい確認と言い分に、なんだか腹が立ってきた。


「手紙、今度からちゃんと書いてくださいね。理由があるけど書けないときは、そう書いてください。あったこと書かないのはナシですよ。絶対に教えてください。全部漏らさず書いてください。本当は隠してること、まだあるんじゃないですか?」


(なんで……、私ばっか……り。確かに、一加いちか一護いちごと一緒に眠ってるって書かなかったけど。髪のことも、本当は違うこと考えてたけど。でも、それは、黒羽のことを思って……)


「聞いてますか? 本当の本当に隠してること、ありませんか? 菖蒲あやめ様?」


(黒羽だって、手紙に書いてないことあるくせに。全部書けとか。何か隠してないかとか。なんで私ばっかり、責められなきゃいけないの)


 目を開けて、黒羽の頭に寄せていた頬を離した。背中に回されている黒羽の腕を掴んで外し、一歩下がった。


「もう眠るから。出てって」黒羽の顔を見下ろすと、黒羽はハッとしたような顔をした。


菖蒲あやめさ――」

「隠してない。手紙は今度から気をつける。だから、はやく出てって」


 黒羽は手紙を週一でくれる。内容は、天気のこと、授業のこと、倶楽部くらぶのこと、友だちのこと、たまに大地だいちのことと決まっている。日記みたいな手紙だ。一日のことが便箋びんせん半分から一枚に書かれている。七日分の日記のあとに、まとめみたいに私への心配事などがいっぱいしたためてある。

 対して私の手紙は、アッサリしていると思う。黒羽の手紙を読んだ感想文みたいな手紙だ。その他には、一週間内にあった一番大きい出来事を書くくらいだ。


 黒羽が私の手紙に不満を持つのは当然だと思う。短いからもうちょっと長めにとか、もう少しあったことを書いてほしいとかだったら、素直に今後はそうしようと思えた。だが、あったことを全て書けと言われる筋合いはない。そんな権利は黒羽にはない。黒羽だって全てを書いてはいない。


 黒羽の手紙には、男の子の話は出てきても、女の子の話は出てこない。女の子と何もないわけがない。お茶会であれだけモテていた。学園でモテないわけがない。理恵りえ小夜さよも学園でモテているだろうと話していた。黒羽のことを知っている人は、みんなそう思うはずだ。


 女の子に関することは、黒羽が話してくれるまで待つと決めた。

 手紙でそのことを質問したら、定期的にくれる手紙とは別に、すぐに返事をくれそうな気がする。今尋ねたら、答えてくれると思う。

 聞かないのは私の勝手だ。あったことを全て書けという黒羽もひどいが、聞かない私が腹を立てるのも間違っている。それはわかっている。


(眠たいからだ。眠いから、イライラしちゃうんだ……。はやく寝よう)


「おやすみ」


 黒羽が部屋から出ていくのを待たずに、ベッドに向かった。足側からベッドに上がり、四つん這いになって頭側に移動していると、私のものではない重みにベッドがきしんだ。


「えっ? やっ!?」


 左右から体の横を掴まれ、持ち上げられた。手がベッドから離れ、上半身が起き、しりもちをついた。次の瞬間、体がグルッと横に回転した。


菖蒲あやめ様。仲直りしましょう」


 ベッドの真ん中で、黒羽に抱きかかえられていた。お姫様抱っこされていた。お姫様抱っこといっても、座った状態なので、お尻はベッドについている。


 黒羽は、私のひざの裏に回していた手を抜き、上から抱え込むように回し直した。


「眠る前に、ちゃんと仲直りしましょう」


 背中と足に回されている手に力が入った。体が少し浮いた。横向きではなく、斜めに黒羽のほうを向かせられた。


「喧嘩なんてしてないよ」


「でも、怒ってますよね?」


「怒ってない」


菖蒲あやめ様。こっちを向いてください。目を見てください」


 私は下を向いていた。


「眠いから、もう寝たい」


「いいですよ。このまま眠ってください」


「そんなの無理」


「じゃあ、目を見てください」


 しぶしぶ顔を上げ、黒羽の目を見た。


「見たよ。怒ってないよ。もういいでしょ」


「仲直りのキスをしましょう」


「喧嘩してない」


「しましょう」


「怒ってないよ」


「しましょう」


「……わかった」


 黒羽が私の頬にキスをした。私も黒羽の頬に触れた。


「はい。これで仲直りね。それじゃ、離れて」


「まだ、ダメです」


「なんで?」


「おやすみのキスをしましょう」


「今のでいいでしょ?」


「仲直りは仲直り、おやすみはおやすみです」


 何を言っても無駄だろうなと思った。


「わかった。おやすみのキスね」


「はい。おやすみのキスです。双子ともしてるやつですよ」


(双子ともって……。また責められてる?)


 少し苛立ちながら斜め下を見て、黒羽に頬を向けた。黒羽が頬に触れるのを、おとなしく待った。

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