111. 二人の充電時間 1/3 ― 足りない?


 コンコン


「はあい。どうぞ」


 しゃがみ込みながら、ノックに返事をした。


 先ほどまで、一加いちか一護いちごがいた。就寝の時間になったので、それぞれの部屋に戻ったばかりだった。忘れ物でもして、取りにきたのかと思った。部屋を見回しても、それらしき物が見当たらなかったので、テーブルとソファーの下をのぞき込んだ。


 ドアが開き、閉まった音がした。


「どうしたの? 忘れ物?」


 顔を上げると、いたのは一加でも一護でもなかった。


「あれ? なんだ、黒羽くろはか」


 黒羽は、にこにこしながら近くまで来ると、ソファーに座り両手を広げた。


(まさか……)


「慰めてください」


「なんで!?」


「こんなはずじゃなかったからですよ」


「どういうこと?」


「なんなんですか、あの二人は。菖蒲あやめ様にベッタリじゃないですか。こんなの聞いてません」


「仲良くなったって、手紙に書いたでしょ? 読んでないの?」


「読みましたよ。何回も読み直してますよ。その手紙の話もしに来たんです。ちょっとその前に、はやく慰めてください」


「……やだって言ったら?」


「このまま朝までだって居座ります」


(本当にいそうだな)


 黒羽がグッと両手を広げ直した。正面に立ち、胸に抱きしめた。


「やっと、抱きしめてもらえた……」


 黒羽は私の背中に手を回すと、は~、と息をいた。少しの間、胸に顔をうずめていた。


「全然、二人の時間がないんですけど」


 もぞもぞと顔を上げた黒羽は、ジトッとした目をしていた。


「帰ってきたの昨日でしょ。まだ二日だよ? これからいっぱい遊べるよ」


「そういう意味ではなくて。一日の中で、二人きりでいられる時間の話ですよ」


「あるでしょ? 一加と一護が仕事してる間は二人でいるでしょ」


「足りません。もっといっぱい二人で過ごす予定だったんです。夏のときみたいに」


「夏よりは減ったかもしれないけど。それは、一加と一護と仲良くなれたからで。いいことでしょ」


「それはそうなんですけど。仲良くなったって、思ってたのと違ったんですけど」


「思ってたのって?」


 黒羽が長い前髪の隙間からにらんでいたので、ひたいから頭をなでるように、両手で前髪を上げてあげた。そのままカチューシャのように、手を頭の上に置いた。


「あの手紙じゃ、あの二人の雰囲気は伝わってきません」


「手紙で雰囲気を伝えるのは難しいよ」


「髪を乾かすのも、夏は譲ってくれたのに、今回は拒否されるし。そもそも私の役目なんですけど。私が譲ってあげてるんですけど」


「今は二人の仕事だから……」


「あんな風に菖蒲あやめ様にくっついてくるとか、一緒に眠ってるとか、おやすみのキスしてるとか。手紙に書いてありませんでしたけど」


 ギクッとした。


「そうだっけ? 書き忘れちゃったのかな?」


 黒羽の頭から手を離した。前髪を下ろし、手グシで整え、目を隠した。


 黒羽は首を横に振り、前髪に隙間を作った。その隙間から私のことをにらみ、低い声を出した。


「わざとですね……」


「そ、そんなわけ……。く、苦しい」


 ギューッと抱きしめられた。


「わざとですね?」


「く、苦しいってば!」


 黒羽の腕の力がゆるんだ。ふうっ、と息をついた。


「わざと――」

「わざとっていうか、なんて書いていいか、わからなかったの。それだけ書いたら……」


「それだけ書いたら?」私の目をジッと見つめている。


 黒羽が気にすると思った。黒羽は、私が父と黒羽以外に、触れたり触れられたりすることを嫌がる。大地だいち隼人はやとでさえ、引き離そうとする。無視してもよいと思うが、無視はできない。したくない。

 気にしない可能性も考えた。黒羽の関心が、私ではない誰かに向いた可能性だ。でも、黒羽からの手紙を読んでも、そのことについてはわからなかった。


「一緒に眠ってる、とか書いたら気にしたよね? 今、気にしてるから、きっとしたよね?」


「そんなの当たり前じゃないですか」


「昨日も言ったけど。一緒に眠るようになったのには、理由があるの。その理由は、手紙に書けたんだけど……。それだけ伝えても、黒羽のモヤモヤは消えないだろうな、って思ったの。その理由の理由を書いたら、ちょっとはモヤモヤしても、納得してくれるだろうな……って。そう思ったんだけど……」


 黒羽の頭を両手でなでながら、前髪を左右にわけた。


「でも、理由の理由は、手紙には書けなくて……。電話をもらっても、言えなかったと思う。私ね、全然知らなかったの。一加と一護のこと。ちょっと前に知ったばっかり。二人が体調を崩したときに知ったんだよ。ちょっとずつ仲良くなってじゃなくて、たまたま、偶然知ったの。二人の事情こと、私の口からは言えないから……、だから……」


「……知ってます」


「え? 知って……たの?」


「大人が苦手という話ですよね? 双子が孤児院にいた理由も孤児院での様子も、旦那様から聞きました。双子がここに来ることが決まったときに」


「それじゃ、私だけ知らなかったんだ……。なんで?」


「わかりません。ただ、菖蒲あやめ様にはたぶん伝えないと仰ってました。旦那様とその話をしたのは、そのときだけで……。結局どうしたのかは知らなかったんですけど。夏に帰ってきたとき、菖蒲あやめ様は何も知らなそうだったので。私も何も言いませんでした」


「そう……だったんだ。でも、それを知ってるなら……。怖い夢を見ちゃうんだって。体調を崩したとき、二人とも、うなされてたの。ここで三人で眠ると平気なんだって」


「……わかりました」


 黒羽の頭をグシャグシャとなでた。


「っていうかさ。黒羽とだって、いっぱい一緒に眠ったよね」


「夜はないので」


「そうだけど。……あ! ううん、あるよ!」


「ないですよ!」


「ある! 私のこと看病してくれてたとき、眠ってたでしょ。夜に一緒に眠ったことあるよ」


「あ、あれは違いますよね。そういうのじゃないですよね」


「いいじゃない。そういうことにしておけば。一加たちと眠るようになったのも、看病からだよ。黒羽のほうが先だね」


「う、うーん……。私が先……、最初……。そういうことにしておきます。一緒に眠るのは仕方がないにしても、くっつくのと、おやすみのキスはいらないですよね?」


「くっつくのにも、二人に触れるのにも理由があるの。黒羽も知ってる、二人の事情ことに関連する理由」


「……おやすみのキスはしなくても」


「それは、仲良くなったあかしみたいな感じ。一加と一護に、おやすみのキスをする習慣があって、仲良くなったから、私も仲間に入れてくれただけ」


「そうなんですか?」


「そうだよ」


「うーん。まあ、仕方な……くないです。一加さんとだけになりませんか?」


「どっちかだけとかは……」


「あの子……。あの子は、なんであんなに生意気なんですか!? やっぱり、一加さんとするのも嫌なんですけど」


「生意気……かな?」


「生意気ですよ!」


「そう思う?」


「思います」


「だよね。そんな感じだったよね! でも、黒羽にだけだよ。お父様やてつさんたちには、あんな感じじゃないよ。一護とは、あんな感じで言い合ってたりするけど。つまり、弟と一緒ってことだね! 良かったね。仲良くなれて!」


「良くないです! 仲良くないです!」


「も~、いいことでしょ。喜んでよ。あと、二人とのおやすみのキス、許して。お願い」


「嫌なんですけど」


「お願い」黒羽の頭を両手でなでた。


「う~ん。……二回、キスしてください」


 黒羽のひたいに、チュッチュッと二回触れた。


「黒羽、お願い」


「わかりました。嫌ですけど」


「ふふ。ありがとう」


 黒羽の頭を軽く抱きしめた。腕に触れる髪の感触が前と少し違う。片手で伸びた髪をとくようになでながら、頭に頬を寄せて目をつむった。

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