102. 男の子のお買い物 1/3 ― 手をつなぐと?(一護)


「あ、菖蒲あやめ~。手、とかつないでていいのか~?」


 なんだかソワソワしているてつさんが、お嬢様に話しかけた。


 百貨店に来ていた。『男の子のお買い物』中だ。男の子の、と言っても、特別な物を買いにきたわけではない。普通の買い物だ。この前一加いちかが、女の人だけで『女の子のお買い物』をしにきた。今回はボクの番で、男の人だけで買い物をしにきたから、『男の子のお買い物』と言っている。


(女の人だけって言っても、悠子ゆうこさんは行かなくて、待ってただけとはいえ、律穂りつほさんは行って。今回、男の人だけって言っても、お嬢様がいるわけだけど……)


 ボクの隣には、男の子の格好をしたお嬢様がいる。長い髪をキャスケット帽の中にしまい込んでいて、男の子に見えなくもない。


 買い物の話を聞いたときに、お嬢様も一緒がいいとボクが頼んだ。一加がお嬢様と一緒に出かけて、ボクが一緒に出かけなかったら、一加はきっと気にする。気にしなかったら、それはそれでいい。お嬢様と一緒に出かけられて嬉しいだけだ。


てつさんは、男女で手をつなぐのとか気になる人なのかな? 一加とボクがつないでたときは、仲良しだなって笑ってたのに。姉弟じゃないからかな。ボクにとっては、一加もお嬢様も同じなんだけどな)


 お嬢様は、ボクの左腕に右腕を絡め、さらに手を握っていた。


「いいのか? って、どういう意味ですか?」


 お嬢様はてつさんの質問にキョトンした顔をした。


「ほら~、いろいろとな~。あ~っと、なんて言ったらいいのか~。そのな~、いろいろこじれたりしないのかな~ってな~」


 お嬢様は眉間にシワを寄せている。徹さんの質問の意味を、一生懸命考えているようだ。


「あ! そういうことか! 大丈夫ですよ。こじれたりしません」お嬢様はパッと笑顔になった。


「そ、そうなのか~?」徹さんは驚いている。


「この前、一加ともこうして歩いたんですよ。だから、大丈夫です!」


「い、一加じゃなくて~……」


 てつさんは、あーとか、うーとか言いながら、天井を見たり床を見たりしたあと、もう一度お嬢様に顔を向けた。


「お、男の子と手をつないでて、いいのか~?」


「男の子? あ、なるほど。そういうことですか」


「そ、そうそう」徹さんは何度も首を縦に振った。


「大丈夫ですよ。慣れてますから。去年まで、買い物のときは、手をつないでないといけなかったし。大地だいちとも、隼人はやととも、黒羽くろはともつないでたんで。むしろ、男の人としかつないでない、みたいな」


「う……、そ、そうだったな~。はあ~」てつさんはガックリとうなだれた。


 ため息をいている徹さんから、お嬢様に視線を移した。話を聞いていて、気になったことがあったので質問した。


「手をつないでないといけなかったの?」


「うん。この男の子の格好もね、去年までは買い物……、だけじゃなくて、外出のときは必ずしてたんだよ」


「そうなの?」


湖月こげつ家の女の子の決まりなんだって。小さい女の子の決まり。今はね、別にこの格好じゃなくてもいいし。必ず手をつながなくても、大丈夫になったんだよ」


「そういえば、一加のときはスカート穿いてたね」


「この格好のほうが楽で好きなんだけどね。女の子のお買い物だったし。あ、可愛らしい格好も好きだよ。たまにするなら。でも、たまにすると、着慣れてないから疲れちゃうんだよね」


「そういうもの?」


「私は、そう」


「手、離したほうがいい?」


「なんで? 一護は嫌?」


「ボクは嫌じゃないけど。せっかく、つながなくてもよくなったのに、あれかなって……」


 お嬢様は、ボクの顔をジッと見つめてきた。


「一護は馬車から降りるとき、怖くなかった?」


「え? なんで?」


「一加は怖がってた。一護も、一加と同じくらいじゃなくても、怖かったんじゃない? 少しでも、ほんのちょっぴりでも、怖いって感じなかった?」


 『女の子のお買い物』の楽しい話は、お嬢様と一加から聞いた。それとは別に、一加と二人だけでも話をした。

 一加は、すぐに馬車から降りられず迷惑をかけてしまった、と反省していた。同じことをしてしまわないように気をつけてと、百貨店の様子を教えてくれた。


 心構えをしておいたおかげで、馬車からすぐに降りられた。でも、一瞬躊躇ちゅうちょした。足がすくんだ。迷惑をかけてはいけないと思い、なんでもないフリをした。


「怖かった……」


 お嬢様の目を見て、呟いた。お嬢様の手に力が込められた。ボクの手をギュッと握りしめた。


「こうしてると、どうかな? 少しは怖いのなくなる?」


「うん」


 馬車から降りると、すぐにお嬢様が手をつないでくれた。すごくホッとした。

 手をつないでいると、なぜか周りに知らない大人がいても平気だ。触れられたり、声を荒げられたりしたらわからないけど、とりあえず大丈夫だ。


「私はお出かけ中、こうしてるのは慣れてるから。ずっとこうだったから、手をつないでないと、不安っていうか、手が寂しいっていうか。だから、気にしなくていいよ」


「うん。ありがとう」


 ギュッと手を握り返すと、お嬢様はにこっと微笑んだ。


「待たせたな」


てつ、どうじだ? 何があっだのが?」


「別に何も……。はあ~~」


 旦那様と律穂さんが戻ってきた。律穂さんに声をかけられた徹さんは、なぜか大きなため息をいた。というか、さっきからため息ばかり吐いている。


 何箇所かは一緒に買い物をして歩いた。でも、最後に買いにきた売り場がとても混んでいた。ボクは行かないほうがいいだろうと、旦那様と律穂さんの二人だけで買いに行ってくれた。ボクたちは、人の少ないところで待っていた。


「それじゃ~、食べに行くか~」


 肩を落としたままのてつさんが歩きはじめた。その後ろを、お嬢様と手をつないでついていった。旦那様と律穂さんは、ボクたちの後ろを歩いてくれた。

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