101. 女の子のお買い物 2/2 ― ◯◯話 (一加)


 ワタシの呟きに、お嬢様が目を見開いた。理恵りえさんと小夜さよさんも驚いたような顔をした。


「気にしなくて大丈夫よ、一加いちか」理恵さんが表情をゆるめた。


「そうですよ、一加ちゃん。今度、というか、来週買い物をしにくることになってますから。一護いちごくんに聞いてない?」小夜さんが首をかしげた。


てつ忠勝ただかつと一緒にね。そのときは、律穂りつほさんも一緒に食事するって言ってたわ。男の子同士ってことね」


「ふふ、男の子同士って。あはは。悠子ゆうこさんは、お嬢様と二人で本屋巡りをすることにしたんですよ」


「そうなんですか?」三人の顔を見回すと、三人ともうなずいた。


「あと、来週のお買い物。おまけで参加することになってるの」お嬢様はチキンライスに刺さっていた旗を、親指と人差し指でつまんでクルクルさせている。


「あ! そうそう。菖蒲あやめもだったわね。忘れてた。そういうことになったんだった」


 理恵さんはハッとした顔をした。小夜さんも忘れていたようで、「そうでした」と呟くように言った。


「もしかして、一護ですか? 一護が、お嬢様もって言ったんですか?」


「そうよ」理恵さんがうなずいた。


「一加がお嬢様と買い物に行くなら、僕もって。てつがね……。徹がその言葉にソワソワしちゃってね。俺はいったいどうしたらいいんだって。俺はどうもしなくていいのよ」


 理恵さんが顔をしかめると、ぷっ、と小夜さんが吹き出した。


「あ、あはははは。また気にしちゃってるんですか?」


「気にしてるっていうか……。好きなのよ、元々。そういう話が」


「ああ、なるほど。ふふ、あはは」


「この年齢としになるとあんまりそういう話ってないじゃない? だから、忘れてたんだけど。学生のときと、卒業してからも一時期……、騒いでたわね。学園に入る前もかな。とにかく、そんな話ばっかりしてたのよね」


「ばっかりですか?」小夜さんは目頭を指でぬぐった。


「そうなの。よく、忠勝とてつと私とすみれミレちゃん……、ミレちゃんは菖蒲あやめの母親のことなんだけど。学園で、いつも四人一緒にいて……」


 理恵さんはチラリとお嬢様のことを見た。お嬢様は、エビフライにかじりついている。視線を小夜さんに戻すと話を続けた。


「あの人とあの人は恋人らしいよ、とか。もしも、こんなシチュエーションになったらどうする? とか。そんなね、恋愛話とか、妄想話ばっかりしてたの。てつとミレちゃんで。私とミレちゃんじゃないのよ。忠勝と私は、楽しそうに話をする二人を、また始まった、って眺めてた。徹とミレちゃんが女の子同士みたいだったのよ」


 てつさんの話をしはじめたときは、怒っていたような感じだったけど、話が終わったときの理恵さんは微笑んでいた。


「そうだったんですね」


「聞いてるのも楽しかったのよね。たまに、私も一緒になって話してたし。私もそういう話、嫌いじゃないから……。ただねえ、今回のも前回のも……、ちょっと近すぎるのよ。余計なことを言って、邪魔はしたくないじゃない?」


「ええ、そうですね」


「だから、まあ、私も気にならないわけじゃないけど。てつを止めつつ静観、ね」


「あはは。私もそれに賛成です」


「遠い話なら、噂話なら私もしちゃうけど。今年って、第一王子が学園に入学したじゃない? やっぱり、すごいことになってるのかな? って想像しちゃう」


「王子には婚約者がいますけど……。きっと関係ないですよね」


「関係ないでしょうね。むしろ、側室のほうがなりやすいって思ってるかもしれない……」


「ありそうですね。王子は、好きな人ができちゃったら……。辛いでしょうねえ。正室にはできないわけですから」


「そうねえ。しきたりとは言え、ねえ。女の子たちも辛いんじゃない? 王子、かっこいいわよねえ。あれは、なかなかいないわよ。本気になっちゃう女の子、たくさんいるんじゃないかしら」


「確かに! かっこいいですよね。もしも、同い年で、同い年じゃなくても、学園で一緒だったら、好きになっちゃうかもしれませんね」


「あら? いいの? そんなこと言っちゃって。旦那さんに怒られちゃうんじゃない?」理恵さんはニヤリと笑った。


「天国でいてるかもしれませんね。でも、いいんですよ。想像ですから。妄想話ですよ」小夜さんもニヤリと笑った。


「かっこいいと言えば、黒羽くろはもねえ」


「そうですね。黒羽くんもかっこいいですよね」小夜さんはうなずいた。


「そうなのよ。黒羽も王子並みなのよねえ。タイプは違うけど、レベルは同じっていうか」


「ああ、わかります。優劣はなくて、もうあとは選ぶ人の好みによるって感じですよね」


「お茶会でもモテモテだったらしいし。今頃、学園でもモテモテなんじゃないかしら?」


「バレンタインのお茶会で、チョコレートいっぱいもらってましたね。私が学生だったとき、あんなにチョコもらってる人いませんでしたよ。私の周りには、ですけど。あのお茶会、どれくらいの人がいたんですかね? でも、どんなに人がいても、確実に学園のほうが人が多いですから。学園のバレンタイン、すごいことになりそうですね」


「本当、すごそう。でも、なんでかしらねえ。近くで見てると、そんなにモテるような感じがしないのよね。かっこいいことは、かっこいいんだけど……」


「私たちにとっては、子どもですし……。可愛らしいが混ざっちゃうからですかね……。ん~、いや、それよりも、なんというか、お嬢様と一緒にいるところ――」


 理恵さんと小夜さんは、ハッとすると口元を手でおおった。目を合わせたかと思うと、勢い良くお嬢様のほうに顔を向けた。二人の動作はきれいに揃っていた。


 お嬢様はお子様ランチを食べ終え、メニューを見ていた。二人の視線に気づくと口を開いた。


「追加で、パフェ頼んでもいいですか?」


「い、いいわよ。でも食べられる?」理恵さんは少しあわてているような感じがした。


「うーん。それでちょっと迷ってて。ねえ、一加は食べられそう? 良かったら、半分こしない?」


「あれ? でも、お嬢様が食べてたお子様ランチって、デザートついてませんでしたっけ?」小夜さんは空になったお子様ランチのプレートに目を向けた。


「え? えっと~、プリンがついてましたけど~。もう、食べ終わっちゃって~。パフェも食べたくて……」


「あはは。食いしん坊さんですね。……一加ちゃん、お腹いっぱい? 食べきれない?」小夜さんが心配そうな顔をワタシに向けた。


「え?」


 ワタシの頼んだスパゲッティは、三分の二ほど残っていた。二人の話に耳を傾けていて、食べるのを忘れていた。途中から水しか口にしていなかった。


 お嬢様だけでなく、理恵さんも小夜さんも食べ終わっていた。


(なんで?)


 理恵さんと小夜さんはずっと喋っていた。話を聞きながら、たまに二人のことを見ていた。でも、そんなに食べているようには見えなかった。


「た、食べられます。なんかボーッとしてて。まだまだお腹空いてます。パフェも食べたいな。お嬢様、半分こしよう!」


「うん。これか、これが食べたいんだけど、どっちがいい? それとも別のにする?」


 お嬢様が下敷きのようなメニューをこちらに向けた。オススメのデザートとして、チョコレートパフェとフルーツパフェが紹介されていた。


「チョコのやつがいいな」


「うん。いいね! 私もなんだかチョコが食べたい気分だったんだ~」


 水を飲んでいた理恵さんが、ごほっ、とむせた。


(お嬢様、話聞いてなかったんだ。でも、耳には入ってたからチョコの気分に……。それとも、ワタシに合わせてくれたのかな?)


 理恵さんが、チョコレートパフェを頼んでくれた。理恵さんと小夜さんの、コーヒーのおかわりも頼んでいた。


「遠くの話をしていたはずなのに……。不思議ね」


「そうですね。いつの間にやら近くの話に……」


「ふっ、ふふふ」

「あっ、あはは」


 理恵さんと小夜さんは、内緒話のように小さい声で話したかと思うと、クスクスと笑いだした。


 ワタシは冷めてしまったスパゲッティを頬張った。冷めていたのにとても美味しかった。理恵さんに、「美味しい?」と聞かれたのでうなずくと、「そう」とすごく優しい顔で微笑んでくれた。小夜さんも微笑んでいた。

 お嬢様と半分こしたパフェも、とっても美味しかった。「あーん」って食べさせ合いっこもした。


 家に着いてから、お嬢様と一緒にみんなにお礼を言った。律穂さんにも伝えた。律穂さんが、手の平を上に向けて差し出してきた。アメが二個乗っていた。お嬢様が一個取った。ワタシもお嬢様のように、アメを手に取った。手に少し触れてしまったが、嫌じゃなかった。律穂さんの手からアメをもらったのは初めてだった。律穂さんはすごく喜んでくれた。


 自分の部屋に戻って、洗濯済みのハンカチを取り出した。机の上にハンカチを置いて、その上にアメを乗せた。


(とっても楽しかった~! アメ、嬉しいな)


 律穂さんからもらった『また行こうのアメ』は、三日くらい眺めてから食べようと思う。

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