073. いいのか? 2/3(徹)
「ふあ、あ~ぁ」
(あ~、寝不足だ……。ん?)
伸びをしながら廊下を歩いていると、曲がり角の手前に
「悠子さん。何してんだ~?」
声を上げて驚くかと思ったが、体をビクッとさせただけで、こちらを向いた。目を泳がせながら、口をモゴモゴとさせた。そばまで行くと、曲がった先に顔を向けたので、俺も同じようにそちらを
「ちょっと、休憩~」
「暑い……。くっついて読むの、辛い。別々の本を読もうよ」
「お嬢様が別の本を読みますか?」
「ええ! やだよ。この本が読みたいの」
「僕もです」
「黒羽の嘘つき~。この本、途中読んでないでしょ?」
「お嬢様が居眠りしてる間に読みましたよ」
「そうなの?」
「はい。暑いなら、部屋で涼しくして読めばいいじゃないですか」
「それは、そうなんだけど。あ! 黒羽、そろそろ家庭教師の時間!」
「まだまだですよ。今、僕のこと追い払おうとしましたね!」
「バレたか」
「かわいい」
黒羽が両手を広げた。
「ダメ」
「なんでですか! いいじゃないですか!」
「ダメ! 今日それやったら、一緒に本読まない」
「ええ~!」
(本当に仲がいいな。恋人同士……、う~ん、微妙だな~。黒羽が
「良くない……」
「え?」
悠子さんがボソッと呟いた。視線は二人に向けたままだ。
「お嬢様は優しすぎます。黒羽さんは良くないです。あの顔ができる人は、絶対に良くない」
意識が二人に向いているからか、どもることなく話している。
「あの顔って?」
「作り笑顔です。あんな作り笑顔をする人は、絶対に性格が悪いです。いい人を演じてます。騙されません」
(あ~、確かに。黒羽は良い子を演じてるよな)
黒羽はいつもにこにこしている。仕事を頼めば、快く引き受け、そつなくこなす。家庭教師の先生も、真面目で飲み込みが早く、授業が楽だと言っていた。実に優等生だ。
今のような
(まあ、建前は必要だと思うからいいんだけどな~。性格が悪い……かどうかはわからん)
「あああの。わ、私はそろそろ、し、仕事に戻りますね」
「お、おう。頑張れ」
悠子さんは少し怒ったような顔をして、去っていった。二人に視線を戻した。楽しそうにお喋りしている。二人が再び本を読み始めたところで、俺も仕事に戻った。
休憩中の
「小夜さんは二人のこと、どう思う?」
「どの二人ですか?」
「
「ああ、仲がいいですよね」
「よ……、良すぎるとは思わない?」
小夜さんは斜め上に視線を向けながら、考え込んだ。そのままコーヒーを一口飲み、マグカップをテーブルに置くと、ああ、と笑った。
「そういう意味ですか。仲が良すぎて心配なんですか?」
「まあ、少し。でも、
「理恵さんが? そうですね~、私もほっとくかな」
「そっか~。俺だけか~。気にしすぎなのか」
マグカップに手を添えたまま、もう一方の手で頬杖をついた。
「お嬢様と援助されてる子だからですか? それとも~……、
「何をって言われると、そうだな~。……どっちもかな」
「理恵さんとはいつ知り合ったんですか?」
「え? えっと、いつだったかな。学習学校でだから、十歳くらいか?」
「いつ好きになったんですか?」
「うーん。出会ってすぐかな」
「いつから、お付き合いを?」
「学園に入る前だな~。学園にはたくさん人が集まるし。誰にも、とられたくなくて」
「おお。やりますね」小夜さんはクスクスと笑った。
「私も似たような感じでした。もっといろいろと早かったですけど。夫と知り合ったのは学習学校で、十歳くらい。お互い一目惚れで、すぐに恋人になって。キスもその他も、学園に入る前には一通りって感じでした」
「それは、なかなか」
「周りには、早いね、なんて言われましたけど。私にとっては普通でしたね。それに、夫は早くに逝ってしまいましたから。早くからやることやっといて良かったって思いましたよ」
小夜さんは少し笑うと、結果的にですけどね、と言ってコーヒーを飲んだ。
「だから、というのも変ですけど。あの子たちにはあの子たちの青春がありますから。大丈夫ですよ」
「そう……だな。理恵と恋人になったのは、今の黒羽と同じくらいのときか~。そっか、そうだよな、恋くらいするよな」
俺の言葉に、そうそう、と相づちを打ちながら、小夜さんはマグカップを流しに置いた。ごちそうさまでした、と言いながら台所を出ていった。
パンパン
「ん~、どうした?」
音を鳴らしたのは
「ごっぢのゼリフ」
「いや~、この花壇、ハデだなって」
「ハデじゃない。げんぎ」
「元気?」
「お嬢様が、げんぎになるように」
この前まで何も植えられていなかった花壇には、いろいろな種類の色とりどりの花が植えられていた。
「
「ぞれでも。げんぎがなぐなっだどきに、げんぎが出るように」
「そういや、
「ざっぎ、黒羽いだ。たぶん、お嬢様もいる」
「それは、いるな~。律穂には、二人はどう見える? 仲良しか?」
律穂のほうを向くと、驚いた表情をしてこちらを見ていた。
「なが悪ぐみえるのが?」
「いや、そうじゃなくて……、えっと……」
「ふっ。お嬢様が泣いで嫌がっだら助げる。黒羽のごどは怒ったあと
俺が何と言うべきかと悩んでいると、鼻で笑われた。話の主旨は伝わっていた。
「……なんで、
「
律穂はしゃがみ込んで、花壇をいじり始めた。
「律穂の目にもそう映るのか」
「まあ、ぢょっどズルじだげど」
「ズル?」
「
「だ、抱き合ってたのか!?」
「言い過ぎだ。抱ぎづいでだ。黒羽がお嬢様に。お嬢様が困り果ででいるようだっだら、黒羽を注意じでぐれっで、隼人に頼まれだ」
「抱き合ってるのと、抱きついてたとでは、違うだろ~。驚かせるなよ。まあ、それなら俺も見たことあるな。お嬢様が困ってたら注意か。俺も覚えとくわ~」
「口で言っでわがらないどぎは、多少手荒ぐでもいいっで」
律穂は立ち上がると、手についた土を払い落とした。
「律穂はやめておこうな~。手荒くするの。手荒くするときは、俺を呼べよ。黒羽が怪我したら大変だから」
「ぢゃんど、手加減ずる」
ギロリと
「とっても素敵な花壇になりましたね。見てるとなんだか、元気になります」
「うん。ぜいがい」律穂は満足そうに
「正解?」
「ごっぢの話」
「ぶっ」律穂の得意気な顔に、吹き出してしまった。
「
「は? いやいや、試さなくていいよ!
二人の背中を押しながら、そそくさとその場をあとにした。律穂の手加減を手加減だと思えるのは、
律穂には気をつけろと、黒羽に忠告してやるかどうか迷った。そんな事態にはならないだろうと思い、しなかった。
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