041. お夕寝 ×4 4/4(大地)


(あ~、やっぱここか)


 お嬢様が見当たらなかったので捜していた。部屋にいた。ベッドの足側で、仰向けで眠っていた。足が少しだけベッドからはみ出している。


 隼人はやとは食堂で、黒羽くろはの勉強の計画を立てている。黒羽はいない。忠勝ただかつさんにつれられて、何回目かのお茶会に出かけていった。


 お茶会での黒羽はどんな様子なのか気になったので、忠勝さんに聞いた。にこにこと笑顔を崩さず、女の子に囲まれているらしい。


(まあ、可愛らしい顔してるからな。同年代の女の子にとっては、かっこいい、か……)


 お嬢様の隣に腰かけた。お嬢様は口を開けて眠っている。


 女の子に囲まれている黒羽を見たら、お嬢様はどんな反応をするのだろうか。

 焦りそうだな、と思った。まだ黒羽に色々なことを教えていない、伝えていない、と。


(このままじゃ、黒羽が変なことしちゃうかも。振られちゃったらどうしよう。とか言いそうだな)


「ふっ」思わず声がもれた。想像して笑ってしまった。気持ち良さそうに眠っているお嬢様の頭をなでた。


 いや、感心するかもしれない。黒羽ってモテるんだね、と。普段の行動はとてもモテるやつには見えない。お嬢様の対応のせいもあるかもしれないが。


 お嬢様が嫉妬したら、黒羽は喜ぶだろう。でも、そのときはお嬢様が困惑しそうだ。自分以外に目を向けてほしいと思っているのに、それに嫉妬してしまったら、二つの気持ちの間で苦しみそうだ。その気持ちを素直に受け入れられればいいが、考え込んでしまいそうだ。


 田中ひな先生の件のときは、嫉妬をしていたようだが、あれは誰か個人に対してではない。俺たち全員ひっくるめてだ。全員が一度に離れてしまいそうで、不安になったのだと思う。


 お嬢様のほうを向いて、横になった。肘をつき、手を枕にした。お嬢様の顔をかかっていた髪の毛を、起こさないように、そっと払った。


 今年でお嬢様は八歳、黒羽は誕生日がくれば十三歳だ。好いた惚れたは、これから何度も繰り返すだろう。


(普通なら、な)


 黒羽がお嬢様以外に目移りするところが全く想像できない。だが、お嬢様が言っていたように、絶対にないとは言い切れない。

 お嬢様は黒羽を見守ると決めたようだが、お嬢様も見守るよりも大事なことができるかもしれない。そのとき、黒羽はどうするだろうか。おとなしくそばで控えているとは思えない。


 お嬢様が先生の件のときのように、黒羽が自分のために傷ついてしまうかもしれない、誰かを傷つけてしまうかもしれないと泣くのは見たくない。あれは、途中で気づいて止めることができたから、あの程度で済んだ。もし、気づくことができずに黒羽が傷ついていたとしたら、比べものにならないくらいひどい状態になっていただろう。


 黒羽にも、もう二度とあんなことはさせたくない、してほしくない。誰かに相談できるようになってほしい。忠勝さんでも俺でも隼人でも、他の誰かでもいい。

 相談されても、ただ話を聞くことしかできないかもしれない。間違いを起こさないようにしてやりたいとは言わない。間違いを起こす前に、本当にそれでいいのか、と疑問を投げかけてやることくらいはしてやりたい。


 お嬢様に見守ってと言われたとき、しっくりきた。俺も黒羽を見守りたいと思っている。

 やりたいことと、できること。お嬢様のお願いに、黒羽にしてやりたいこと。全部うまいこと繋がった。


 仰向けに転がり、目をつむった。


(少し寂しいけど、しゃーない)


 俺は、俺のために、俺にできることをやるだけだ。



「ふふっ」


(んん……? くすぐったい……)


 ゆっくりと目を開けると、すぐ近くにお嬢様の顔があった。俺のことを上からのぞき込んでいた。くすぐったかったのは、お嬢様の髪の毛が顔に触れていたからのようだ。


 お嬢様は、目が合うと気まずそうな顔をして、視線をそらした。


「なんだよ」


 俺が体を起こすと、お嬢様はあわててベッドから下りた。


「だ、大地が一緒に眠っちゃうなんて珍しいね」


「そうだな」


 両手を上げ、伸びをした。お嬢様が手を後ろに回した状態で、ジリジリとドアに向かって後退していく。


「何やってんだよ」


「のど渇いたし、食堂に行こうかなって」


「ああ、俺も行く」


「さ、先に行ってるね!」


 お嬢様は、滅多に見せない機敏な動きで部屋から出ていった。パタパタと駆けていく音がする。


「なんだ、あれ。……くあ~っ」アクビが出た。


(あ~、ねみぃ。顔洗ってからにするか)


 食堂に向かう前に、洗面所へ向かった。



「お嬢様!! どこ行った!!」


 俺は、食堂に怒鳴り込んだ。お嬢様は見当たらない。俺の声に驚いた隼人が、手を拭きながら台所から出てきた。


「なんですか? 大きな声出して……ぐっくく」


 隼人は俺を見ると、腕で口を押さえた。腕が顔の下半分をおおっている。


「ど、どう、したん、ですか? ふふっ、ふふふふふ」


「お嬢様は?」


「見てませんけど」


「逃げたな……。いや、隠れたな。クソッ」


「大地さん、クソだなんて。言っちゃダメですよ」


「うっさいっ!」隼人のことをにらんだ。


「や、やめてください。あはは、そんな目で見つめないでください。ぶっ! くくくくく」


 隼人はテーブルに両手をついて笑い出した。


「あとで覚えてろよ」


「覚えるも覚えないも、私は何もしていませんよ。ふふふ、あははは」


 お嬢様は食堂にはいないようなので、別の場所を捜すことにした。談話室に風呂場、洗面所、みんなの部屋にホール、もしかしたら部屋に戻っているかもしれないとお嬢様の部屋も確認した。鍵のかかっている書斎と、忠勝さんの部屋以外を捜したがいなかった。


(どこだ? 忠勝さんの部屋か? まさか、外か? ……いや、隼人か! いるのに、いないって嘘ついたな!)


 二階から食堂に向かう途中、玄関にお嬢様がいるのを見つけた。


「おい! 動くな! そこにいろ!」


「うわああ!」


 お嬢様は驚いて体を跳ね上がらせた。急いで靴を履こうとしているが、焦っているのかなかなか履けないようだ。ちょっと外に出るとき用の共有のサンダルもあるのだが、気づいていないのか見向きもしない。


(よし! これなら、捕まえられる!)


 あと少しで手が届きそうなところで、お嬢様は靴を履くことをあきらめ、靴下で玄関から飛び出した。


「あ! おい、待て! いい加減、観念しろ!」


 これ以上追いかけっこはごめんだと、俺も何も履かずに飛び出した。


 玄関を出ると、二メートルほど先に、忠勝ただかつさんと黒羽がいた。馬車が、門を出ていくところだった。お嬢様を捜すことに夢中で、馬車の音に気づかなかった。


 お嬢様は、忠勝さんの後ろに隠れた。


 忠勝さんと黒羽が、目を丸くして俺を見ていた。ハッとして、ひたいを片手でおおった。


 忠勝さんが斜め下に顔を向けた。何かをこらえているようだ。


(何かって、笑いだろうけど!)


「あ、あはは。な、何それ。あははははは」黒羽が腹を抱えて笑い出した。


「こら、黒羽。笑っちゃダメですよ。ふふふふふふ。あはは、ふふっ」


 いつの間にか後ろにいた隼人も、一緒になって笑っている。


「お、お嬢様! これ、どうするんだよ。俺、明日稽古なんだぞ! 油性ペンで描いただろ!」自分のひたいを指さした。


 隼人と黒羽の、笑いがよりひどくなった。


 俺のひたいには、落書きがされていた。顔を洗っても、落書きは落ちなかった。


「だ、大丈夫だよ」お嬢様は忠勝さんの後ろから顔だけをのぞかせた。


「何が大丈夫なんだよ!」


「第三の目が開眼した! とか言えば大丈夫!」


「ぐっ」忠勝さんがあわてて口元を片手で押さえた。


 お嬢様の言葉に、隼人と黒羽は笑いすぎて、立っているのがやっとという状態だ。


 俺のひたいには、目が描かれていた。パッチリ二重で、ご丁寧にまつ毛が五本伸びている。


「全然、大丈夫じゃない!」


「大丈夫。きっと、いつもより強くなれるよ! なんてったって、第三の……もが」お嬢様の口を忠勝さんの手がふさいだ。


「やっ……、やめなさい」


 口をふさがれたお嬢様が、忠勝さんの顔を見上げた。


「隼人と黒羽が、苦しそうだから。それ以上はやめておきなさい」


 忠勝さんの行動は、俺ではなく、隼人と黒羽に配慮したものだった。自分のためでもあるのかもしれない。

 お嬢様がうなずくと、忠勝さんは手を離した。


「ごめんね、大地。油性ペンは油で落ちるから。たぶん」


「たぶんって……」


「ええ。だいたい、はあ、落ちますよ。安心して、ふふふ、ください」隼人は笑い過ぎて話すのが大変そうだ。


「ホントか?」


「ちょ、こっち見ないでください! ふふふふふ、あはは」


 隼人のほうを向くと、隼人が俺の顔を見ないように手をかざした。意味がなかったのか、再び腹を抱えて笑い出した。


「お嬢様~」ジロリとにらんだ。


「だって、大地が隣で眠ってるから。珍しくて、つい」


「つい、じゃない!」


「隣で眠ってたって、なんですか?」笑いすぎて涙がにじんでいる目で、黒羽がにらんできた。


「黒羽だって、たまにやってるだろ」


「僕はいいんで……むぐう」黒羽の後ろに回り込んで、口を手でふさいだ。


「忠勝さんの前でそういうこと言ってると、お嬢様の近くにいられなくなるかもしれないぞ」耳元でささやいた。


 俺の手を懸命に外そうとしていた黒羽の手の力が抜けた。俺を見てうなずいたので、手を離してやった。

 忠勝さんが、ふっ、と息をいたような気がした。


 この後しばらく、「第三の目がある人は違う」、「第三の目の力で」などといじられた。


 お嬢様が居眠りをしているときに、同じようにひたいに第三の目を描いてやった。お嬢様は「ひどいっ!」と怒ったが、先にやったのは自分だからと、そのまま夜まで過ごしていた。

 隼人と黒羽は笑いもせず、「かわいい」と褒めていた。一度二人の目を通してお嬢様を見てみたいものだと思った。

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