6、マジックキング

 一体、どうしてこうなった?

 我が家のリビングで、思い思いにくつろぐメンバーを見る。

「ねー、シューもピザ食べなよー」

 リュウが手招きしてくる。ローテーブルの上には、頼んだピザが並んでいる。

「あー、うん」

 いや、誰の家だと思ってんだよ。くつろぎすぎじゃね?

 ナツがぬらりひょん? とかいう妖怪なのはわかった。人じゃないっていう話は薄々察してたし。

 しかし、実はメンバー全員にオカルト的なことがあったっていうのは予想外だったし、その後の流れで皆してうちに来てるのとか、絶対おかしい。

 それと、

「お前はさっきから何なんだよ?」

 立ったままリビングを見回す俺の、背後に隠れっぱなしのダイアナ。知らない場所に来た猫のようだ。

「だってNenAturaがそろってるんだぞ! 恥ずかしいし、緊張するじゃないか!」

「俺もメンバーの一人だよ!」

 さっきからお前が服の裾をがっちりつかんで離さないが、ファンならそれをためらえ。もしくはもっと喜べ。

「だって、修司は修司だろ?」

 不思議そうに首をかしげながら言われて、ぐっと言葉につまる。

 ダイアナに個人扱いしてもらえることは嫌いじゃない。そんなツボをついてきがやって。

 いやでも、やっぱりさぁ。解せないよな。

「修司と夏彦はさておき」

「さておくなよ!」

「レンとユーマとリュウが来てるんだぞ? 目の前で動いてるんだぞ? うちにいるんだぞ?」

「俺の家だよ!」

 お前は居候だろうが!

「ダイアナちゃん」

 レンに名前を呼ばれて、びくっとダイアナの肩が震える。

「おいでよー!」

 リュウが手招きする。お前は本当、弟キャラだな。無邪気か。

 隣でユーマも優しく微笑んで頷いている。ユーマは王子様キャラだなぁ。

「はうぅっ!」

 背後の吸血鬼から変な音がした。

「いいいい行ってきてもいいいいいいかな?」

「なんで俺に訊くんだよ、好きにしろよ」

 あと、「い」が多すぎだろ。

 ダイアナはぱぁっと嬉しそうな顔をして、でもいつになくおしとやかにソファーに向かう。

 心なしか頬が上気している。

 吸血鬼なのに。

 リュウとユーマの間にダイアナが座る。ソファーの背後に立ち、背によりかかるようにしてレンがダイアナの横に身をのりだした。

「ホストクラブかよ」

 つっこみながら四人の向かい、一人ぽつんと座っているナツの隣に腰をおろす。

「ダイアナ嬉しそうだねー」

 あきれたようにナツが呟く。

「あの子は本当、アイドル大好きだね」

「ナツはダイアナともともと知り合いなんだっけ?」

「うん。お互い人間のアイドル好きで、よく一緒にライブとか行ってたんだー」

 うん、お前ら二人とも人間じゃないのに人間世界に馴染みすぎだよな。

「もしかして、ナツが言ってた、アイドル一緒に見てた幼馴染の女の子ってダイアナのこと?」

 リュウが言う。なんだそのエピソード。初耳だぞ。

「幼馴染!」

 ふんっとダイアナが鼻で笑った。

「みたいなもの、ってことだよー」

「夏彦と仲が良かった、みたいに思われるのは心外だな! チケットを無くしたくせに、自分だけ中に入り込んだやつなんかと!」

「え、何? そんなことあったの? ナツが幼馴染の子と連絡とりたくなさそうだったのって、それで喧嘩したからとか?」

「そうなんだよー」

 しょうもないな、こいつら。人間じゃないくせに、人間より人間らしい。

「もー、ダイアナ。そろそろ許してよ」

「嫌だね! チケット無くしたのだって許し難いのに、自分だけ中に入るなんて!」

「あのライブDVD買って送ったじゃん」

「DVDはDVD、生とは違うだろ! DVDはライブの時のことを想い出す手助けだろ。チケット取れなかったらまだしも取れてたのに! だいたい、ライブの一瞬は一回きりのものなんだぞ! それを夏彦はわかっていない!」

 ダイアナが頬を膨らませる。

 何か違和感があるな、と考えて名前か、と気づく。さっきもダイアナはナツのことを夏彦と名前で呼んでいた。

「なあ、夏彦っていうのは、ナツの本名なわけ?」

 ダイアナがそう呼ぶぐらいだ、以前から使っていた名前なのだろう。

「まあ、本名と言っても差し支えないんじゃないかな。八百年ぐらい前から使ってるし」

 にっこりとナツが微笑む。

「ああ、そう」

 八百年前、ね。

「ダイアナがつけてくれたんだよー」

 嬉しそうにナツが笑う。

「違うだろ?」

 呆れたような顔をダイアナがして、

「夏彦が、春夏秋冬どれが好き? って聞くから、夏って答えたら夏彦っていう適当な名前にしたんだろうが」

 ということは、八百年前から二人は知り合いだったのか。俺が知る由もない、はるか昔から。なんかもやもやするな。

「ダイアナちゃん、夏が好きなの? 吸血鬼なのに?」

「外には出られないが、あの夏のにぎやかな感じとか、人々の浮足だった感じとかが好きなんだ。刹那の輝きというのかな」

「なるほど、レンが推しというだけのことはあるな」

「なにそれ?」

「夏っぽいだろ、お前」

「わかるー!」

 楽しそうに会話するメンバーとダイアナ。

 八百年前からの知り合い。

 なんか、すっげー、イライラする。

「ダイアナ」

「ん?」

 立ち上がると、首をかしげるダイアナの手をテーブル越しに掴む。そのまま引っ張り上げるようにして立たせると、

「レンが座れないだろ」

 言って自分の隣にまで引き寄せる。

「そうか」

 嫌がられるかと思ったが、ダイアナは素直に俺の横に腰を下ろした。

「やきもち?」

 ソファーの背から、前に回ってきながらレンが笑う。いたずらっぽく。

「はぁ?」

 それに対し、不愉快そうな顔を作って見せた。

「気を使ってやったんだよ」

 そりゃあ、やきもちだけどな。自覚あるけどな。言わねーよ。


 そのままみんなでピザを食べたり、突然ババ抜きを始めたり、わいわいしながら過ごした。泊まっていくと言ったのは本気だったようで、全員帰る様子を見せない。まあ、明日は俺は仕事ないからいいけどな。ほかのみんなもないよな? 知らないぞ、一人だけ仕事があるやつがいても……。

 夜も更けて、最初に脱落したのは案の定リュウだった。

 ラグの上に大の字になって寝ているリュウに、予備の毛布をかけてやる。

「あー、どうすっかな。人数分ないけど、毛布」

 一人暮らしだし。

「まあ、初夏だし。風邪ひかないだろうからいいんじゃね?」

 適当なことをレンが言う。

「君たち、一応アイドルなんだから気を遣ったらどうだね?」

 呆れたようにダイアナが言う。だいぶ、このNenAturaが全員揃っているという状況には慣れたようで、はしゃいだりテンパったりはしていない。それでも目に見えて楽しそうだ。

「ご機嫌だな」

「そうか?」

 思わずあきれて声をかけると、不思議そうな顔をされた。

 自覚なしかよ。

「すげーな、シュー」

「なにが」

「ダイアナちゃんの機嫌、見たらわかるんだ」

「は?」

 こんな目に見えて浮かれきった吸血鬼に対して何を言っているのか。

「おれはわからない。ダイアナさんは、あまり表情にでないタイプだよな」

 ユーマもそう言う。どこがだよ。

 ふふっとダイアナが楽しそうに笑って、

「さすがだな、上条修司」

 俺の腕に抱きついてきた。

「くっつくなつーの!」

「なんで。いつもやってることじゃないか」

「人が、いるだろうが!」

「いなければいいのかよ。あっついねー」

 レンが軽く冷やかし、

「オレも寝るわー。風呂は朝借りていい?」

「ああ」

「じゃあ、おやすみー」

 と恐ろしくマイペースに言うと、リュウから少し離れたところに倒れこんだ。

「ああもう、自由だな!」

 ほっとくわけにはいかず、寝室から毛布を持ってくると頭の上にかけた。この一瞬でいびきをかいている。

「ユーマも、ソファーをよかったら使って。あとこれ」

 大判のストールを渡す。

「ありがとう。だけど」

「ナツはいらないだろ?」

 妖怪が風邪をひくなんて聞いた事がない。

「いらないねぇ」

「ダイアナもいらないし、大丈夫」

「シューの分は?」

「……ああ」

 そういや、自分の分忘れてた。

「君は、変なところでお人よしだねぇ」

 ダイアナが苦笑すると、

「ほら」

 ばさり、と俺の頭の上に何かをかけた。

 黒い布。

「特別だ」

 ダイアナのマントだった。

「あ、ありがとう」

「いや」

 花の香りが鼻腔をくすぐる。この吸血鬼はなんで、こんなにいい匂いがするんだろうか。

「言っておくが、変な事に使わないでくれたまえよ」

「しねーよ!」

 なまじ匂いを嗅いでいただけに、ちょっと声が慌てて裏返ってしまう。

 ふふっとダイアナは笑うと、

「ちょっと出てくる。おやすみ、ユーマ、修司」

「あれ、ボクは?」

「知らん」

 言ってベランダの窓を開けると、コウモリになって飛んで行った。

「……本当に、吸血鬼なんだな」

 それを見ていたユーマが呟いた。


 自分だけ寝室に行くのも気が引けて、みんなと同じようにリビングに横になる。合宿みたいで楽しいしな。

 いろいろあったし疲れていたが、はしゃいでいたから眠りが浅かったらしい。

 途中、話し声で目がさめた。

「それで、どうするの?」

 ベランダの窓に寄りかかるようにして座りながら、ダイアナとナツが話していた。

 起きて話に加わろうかとも思ったが、シリアスな空気に口を挟むことがためらわれた。

「どうって?」

「このあとだよ。このままずっとシューといるつもり?」

 自分の名前が出てきて、どきっとした。

 なんか聞いちゃいけない話が始まりそうだったけど、気になる気持ちが勝った。寝たふりをしながら、二人の会話を盗み聞きする。

「ダイアナ、まだシューの血を吸ったことはないし、これからもそんなつもりはないんでしょ?」

 確かにダイアナに血を吸われたことはない。でも、これからもない?

「ああ、バレてた」

 怪訝な俺を残し、ダイアナはあっさり肯定した。

 え、ないのかよ。じゃあ、前のあれはなんだよ。 不死になるつもりはないか、なんて訊いておきながら?

 寝返りをうつふりをして、二人の顔が見えるように調整する。

 ダイアナは体育座りをしたひざに顎をのせて、寂しそうに笑った。

「だって、そんなこと、できるわけないだろ? 他の体液であんなに甘くて美味しいのに……。血なんて吸ったら、その美味しさに私は絶対我慢できなくなる。吸い尽くして、殺してしまう」

「仮に、シューが良いって言ったら?」

「困るな……」

 困るのかよ。なんでだよ。誘ってきたのは、ダイアナの方じゃないか。

「一つは、やっぱり怖い。修司が途中で、不死になんてなるんじゃなかったって言い出したらと思うと。恨まれたらと思うと、怖い」

 素直なダイアナの言葉に、胸がぐっと締め付けられる。

 そんなこと、考えていたのか。

 もっと、何にも考えてないのかと思ってた。

「それと、もう一つは……、そんなことになったらもうNenAturaでいられないだろ?」

「そう? どうにかなるんじゃない?」

「ならないよ」

 ナツの言葉に、ダイアナはゆっくり首を横に振る。

「一人だけ時間の流れが変わってしまたら……、今と同じアイドルグループではいられない」

「ボクは?」

「ナツはまた、違うだろ。あとから来たんだから。最初から五人目として現れたナツと、あとから不死になってしまったシューくんとでは、他のメンバーの反応が違うはずだ。NenAturaがなくなるのは、嫌だよ」

 そんなこと、考えてたのか。全然知らなかったダイアナの考え。

 ふわりとマントから漂う花の香りに、なんだか切なくなる。

 言ってくれればよかったのに。言ってくれればいいのに。そしたら、一緒に考えたのに。俺なりに。

 ダイアナの香りを覚えて、一緒にいるのが当たり前になって、表情も読み取れて。俺はちゃんと、本気で、ダイアナのこと好きになってるのに。

「シューは、ダイアナのこと、本気で好きだと思うよ」

 ナツが悔しいことに俺の気持ちを代弁してくれた。それに対してダイアナは、

「……知ってるよ」

 泣き笑いみたいな顔をする。

「さっき、やきもち妬いてくれただろ。あれ、本当に嬉しかった。修司はあんまり素直じゃないけど、それでも私のこと好きなことは伝わってるよ。だから、困っているんじゃないか」

 そのまま、立てたひざに額を押し付ける。ナツが困ったような顔をしていた。

「私はね、夏彦。何も修司のことを傷つけたいわけじゃないんだ。なのに、どうしたらいいかわからない。悔しいよ。どうして私は」

 ダイアナはそこで口ごもる。ナツは何も言わない。

 しばらくの間のあと、小さな声でダイアナは呟いた。

「人間じゃ、ないんだろうね」

 そんなことを、ダイアナが言うなんて思わなかった。

 なんだか泣きそうになって、そっとマントを持ち上げて顔にかける。

 吸血鬼だからダイアナのことを好きになったわけじゃもちろんない。だけど、ダイアナが人間だったら、そもそも俺たちは出会わなかったはずで。それでも、ダイアナはそこを否定してでも、俺と一緒にいるために人間でいたいと思ってくれている。

 そんなの、知らなかった。

 俺はずっと、今の生活が続くのだろうと、のんきに思っていたのに。その間にダイアナが悩んでいたなんて。

 ナツの存在に、感謝した。悔しいけれども。

 俺じゃあ、ダイアナの気持ちをそこまで汲み取ってあげられないから。

「じゃあ、どうするの?」

「……本当は、わかっているんだ。いずれ、本当に離れがたくなって、修司の血を吸ってしまう前にここを出て行かなきゃいけないんだって」

 やめろよ。そんなこと言うなよ。

 盗み聞きしていることも忘れて、思わず立ち上がりそうになったが、

「その前に、するべきことがあるんじゃない?」

 ナツの冷ややかな声に、押しとどめられた。

 するべきこと?

「それは……そうだけど」

「わかってるんでしょ、ダイアナ。どうしてこんなことになっているのか」

「ああ」

 ダイアナが顔を上げる。

 さっきとは違って、ちょっと怒ったような顔になっていた。

「全部、あの男の差し金だろうな、ということは」

 あの男?

「おかしいだろ、メンバー全員が不可思議現象にかかわっているなんて。名前のせいだなんて、そんなの理由にならない。いや、違うか」

「理由にはなるね。というか」

「ああ。それが原因だ」

 NenAturaが、原因?

「全部あの男が仕組んだことだろう。夏彦のこと以外は」

「んー、でも、ボクが呼び寄せられたのも偶然とは言い切れないかな。ダイアナもでしょう?」

「ああ。最初に上条修司のところに来たのは本気でムカついてクレームをつけにきただけだが。あの男が、脚本の粗に気づいていなかったとは思えないしな。こうなることを予測していた気がする」

 本当にいけすかない、と吐き捨てるように呟く。誰のことだよ。

「夏彦の言うとおりだ。仮にここから出て行くにしても、まずはあの男に借りを返さないと」

「そうだね。会いに行く?」

「ああ。夏彦、頼めるか?」

「招けばいいんでしょ。大丈夫。明日は仕事ないし、お昼ぐらいにどう?」

「それで頼む」

 招く? どこに? 誰と会うつもりなんだ?

 意外なダイアナの想いに動揺が隠せない。だけど、このまま離れてしまうなんて、嫌だ。

 まずは、明日二人がどこに行くのか、突き止めないとな。そう思った。


 翌朝、十時ぐらいにみんなそれぞれの自宅に帰って行った。

「はー、夢みたいな一晩だったな」

 両手をほほにあてて、乙女チックにダイアナが呟く。いや、お前は本当何なんだよ。何かはわかっているが、アイドルオタクの吸血鬼だ。

「にぎやかだったな」

 呆れたように俺は呟いてから、

「変なところで寝たから、寝た気がしない。ちょっと寝直すから、起こすなよ」

 そう告げて寝室に引っ込む。

「添い寝しようか?」

「いらねーよ」

 出かけるくせに。

 そんな思いは口に出さずに、ドアを閉める。

「さて」

 ポケットからケータイを取り出すと、メッセージツールを起動した。


「着いたよ。おいで、ダイアナ」

 ナツが呟いて、物陰からポケットに入れたものを取り出す。小さなコウモリは、ひょいっと回転して、ダイアナの姿になった。

「すまない」

「いいよ。昼間だからね」

 コウモリ姿になったダイアナをポケットなどに入れて昼間移動する。俺も何回かやったことがある。

「さて、行くか」

「うん、こっち」

 二人は並んで歩き出す。

 場所は、俺らの事務所、マジックキングだ。

「全く阻害されないことを思うと、やはりあの男自身が招いているのだろうな」

「かもねー」

「嫌になる」

 そんな会話をしながら二人が向かっている方向にあるのは、

「社長室だよね?」

 俺の隣にいたリュウが首をかしげる。

「ああ」

 あの男っていうのは、社長のことか?

 みんなが帰ってすぐ、俺はナツ以外の全員に連絡した。昨夜聞いた話をかいつまんでした上で、とにかく二人が行く先を突き止めたいと頼み込んだ。

「シューがマジにお願い事してくるなんて意外だなー。ダイアナちゃんのことだから?」

「そうだよ」

 否定している時間も勿体ない。素直に答える。

 帰る方向が途中まで一緒だったユーマが、ナツの後をつけてくれた。うちの下まで戻ってきたナツは、物陰でダイアナを呼ぶ。霧になったダイアナが現れ、コウモリになってポケットに入り込んだ。そのまま、やってきたのが事務所だったというわけだ。

 二人の移動先から大まかな検討をつけたレンが、先に事務所に入って隠れてくれていた。

 俺とリュウは事務所の近くのカフェで、レンが送ってくれた盗撮ムービーを見ていた。

「とりあえず、行くか」

「そうだね」

 事務所に向かう。

「やっぱり社長室だった」

 待っていたユーマとレンに言われる。

「ダイアナが社長に一体何の用なんだか」

 うちの社長は、ちょっとオネエが入っている気がするけど、まあままイケメンでもうすぐ五十の、割と普通のおっさんだが。

 ぞろぞろと四人で向かう。

「社長、来客中のようですよ?」

「呼ばれてるんで」

 途中で声をかけられたが、そういうと納得された。

「うちの事務所、小さくてよかったよな。こういうとき、ゆるい」

「本当だな」

 社長室の前あたりまで来たところで、

「悪いのは、そっちだろうがっ!」

 大声がした。ダイアナの声。

 四人で顔を見合わせると、ドアの前に駆け寄る。

 ちょっとだけ開けて覗いてみると、机に座った社長の前で、ダイアナが体の横で握りこぶしを作って怒鳴っていた。うわ、なんか知らないけどめっちゃ怒ってる。その一歩後ろでナツが困ったなー、みたいな顔をしてる。

 いや、どういう状況だよ、これ。

「だいたい、NenAturaってなんだ! 覚えにくいにもほどがあるだろ! ネット辞典にも書かれるし。そういうところが父上はダメなんだよ!」

 ダイアナが叫ぶ。

 は? 今なんつった? 

「父上?」

 レンが呟く。だよな、父上って聞こえたよな。

「そんなこと言ったって、ダイアナちゃーん」

 社長が答えた。いつにない猫なで声で。俺らも初めて聞くような声で。

「気持ち悪っ」

 リュウが言う。わかるわ。

「ダイアナちゃん、こうでもしないと会いに来てくれないでしょ?」

「私だってこんな用事で来たくなかった! 父上の顔なんて、二度と見たくなかったのにっ! っていうか、この前の雑誌のインタビュー」

「あ、読んでくれた? あれでも言ったけどさ、ダイアナちゃん、そろそろデビューしようよぉー」

「しないっ!」

 ダンっ! とダイアナが不満げに床を強く踏み鳴らした。

「デビュー?」

 ユーマが呟く。いや本当、予期せぬワードが飛び交ってて、頭がついてこない。

「でも、ダイアナちゃん、アイドル好きでしょ?」

「私は見る側がいいと、ずっと、ずっと、ずぅーっと! 言い続けているだろうが!」

「ダイアナちゃんなら人気でるから大丈夫よー、心配しないで」

「人気が出る出ないなんて、どうでもいい。私は、ステージのこっち側にいたいんだ。観客席にいたい。どうしてそれをわかってくれないのっ!」

「なんでー? スポットライトを浴びたほうが楽しいじゃない?」

「あんな強い光を浴びて無事でいられる自信がないし」

 まあ、吸血鬼だしね。

「何度も言っているけど、アイドルが輝いてるのは一瞬を大切にしているからだ! 永遠を生きる私に、そんな輝きはない!」

 ひときわ声を張り上げて、怒鳴る。ダイアナにそんな大声が出せるなんて、思わなかった。

 対して社長は、

「困ったわねー」

 と全然困ってなさそうな感じで答えるだけだった。なんだ、このカオス。

 気になってきてみたはいいけれど、どうしたらいいかわからない。

「もう、本当やだ」

 暖簾に腕押しな社長の態度に疲れたのか、ダイアナは両手で顔を覆ってしまった。

 そんなダイアナを見ていたナツが困ったようにため息をひとつついて、こちらを見た。

 やばい、見つかった! と思ったが、ナツは薄く笑うだけ。驚いたようすを見せない。

 あれ、もしかして……。

「ナツは最初から気づいてたのかもな」

「っぽいな」

 そういうところあるんだよなー、ナツは。もしかしたら、夜中に俺が起きていたことも気づいてたのかもしれない。

「社長」

 ナツが二人に向き直ると、声をかけた。

「どうしたの、夏彦」

「ボクが思うに、この問題はもう社長とダイアナだけの話じゃないと思うんですよね」

「何を言ってるんだ、夏彦」

 ダイアナがナツを振り返る。

「NenAturaの問題だよね、って話」

「だからって、これ以上彼らを巻き込むわけには!」

 食ってかかろうとしたダイアナだったが、

「……修司」

 覗き見していた俺らに気づいた。まあ、四人で覗いてたらバレるわな。

「あらあら。四人とも、そんなところにいないで入っておいで」

 社長はのほほんと笑って手招きする。

「ええっと、失礼します」

 ちょっと気まずい思いをしながら中に入る。

「なんでここに……」

 ダイアナが呆然とした顔で問いかけてくるから、

「えっと、ごめん。あとをつけてて」

「なんで?」

「夜のボクらの話を聞いたんだよねー」

 ナツが言う。あ、やっぱりバレてたのか。

「え? あれを……。違う、あれはっ……」

 慌ててダイアナが何か言い訳をしようとしたが、ふっと何かに気づいたように、

「というか、まて、夏彦。お前は気づいてて、私に教えなかったのか?!」

 とナツのほうを見た。

「うん」

 素直に頷いたな!

「うんって、なんでっ!」

 悲鳴みたいな声も、

「だって、シューも知ってた方がいいじゃん」

 のんびりとしたナツの声が受け流す。

「だってね、ダイアナ。何も知らせないで勝手に決めて、シューの前からいなくなろうなんて、そんなのずるいよ」

「そうだよ。……なんで、言ってくれなかったんだよ」

 俺に何ができるかはわからない。ただの人間だから。だけど、

「俺は、ダイアナの恋人だと思ってるんだよ……」

 相談ぐらい、してくれてもいいじゃないか。

「それはっ。……私だって、修司の事好きだし、付き合ってるつもりだよ。だけどっ」

「あらやだ、二人ともそこまでいってるのぉ?」

 割とシリアスな空気を、社長のオネエ口調が遮った。

 ええい、めんどくさいな、このおっさんは。

「やだ、ダイアナちゃん、修司。外にばれるようなことは」

「してません!」

「してない!」

「そぉ? ならいいけど。別にね、恋愛を禁止したりはしないけど、ちゃんと考えて行動しなさいね。まあ、修司なら、ダイアナちゃんを任せてもいいけど。だけど、恋愛沙汰でダメージを食らうのは女性アイドルの方だし」

「だから! 私はならないって言ってるだろうが!」

 ダイアナの体が完全に社長に向き直った。くっそ、さっきの話の続きは後でだ、後で。まずは、こっちの問題をかたづけよう。

「そうだ、社長。ダイアナをデビューさせるつもりなんですか?」

「しないから!」

「待て、シュー。それよりも確認すべきことがある」

 冷静なユーマの声に、ちょっと落ち着きを取り戻す。さすが、NenAturaのブレーキ、頼りになる。

 ちらりと見る限り、レンとリュウは頭の中いっぱいでお手上げ、って感じだし。俺も大差ないけど。

「社長は……社長も、人間じゃないんですか?」

 ユーマのどストレートな質問に、

「うん、魔王なのぉー」

 あっけらかんと社長が答えた。

「ま、魔王?」

 ダイアナが父上って言っていたから、吸血鬼かなとは思ったのだが。

「私、ハーフだから」

 ダイアナが答える。魔王と吸血鬼のハーフってなんだ。そんなのありなのか。というか、子供どうやってつくるんだろう。人型だし、ヤることできるのは知ってるけど。

「マジックキングって、まさか、魔法の魔に、王ってことかよ」

 レンが呟く。うわ、ダジャレかよ!

「あらー、よくわかったわねー」

 あたりかよ!

「もうね、ずっと前からダイアナちゃんをデビューさせたくって。ほら、この子かわいいじゃない? いけると思うの。だけどすっごく嫌がってて。オーディションすぐにすっぽかすし」

「ステージパパ的な?」

「ああそうね、そういう感じよー」

「あ、わかりやすい」

 わかりやすいけど、意味はわからない。ステージパパな魔王ってなんだよ。世界観ぐっちゃぐちゃかよ。

「それでね、だったら事務所作っちゃいましょうって、芸能事務所作って」

 行動力が有り余っているステージパパだ。

「どうせなら、ダイアナちゃんが好きそうなアイドル作ろうと思って、NenAturaを作ったの」

「好きそう?」

「メンバーの、顔とか性格のバランス? それが多分ダイアナちゃん好みかなーって感じで」

 マジかよ。

「本当、読まれているのが最悪」

 ダイアナが不本意そうに呟く。

「そりゃあ、ダイアナが大好きになるわけだ、NenAturaのこと」

 ちょっと複雑だけどな。

「ついでに、怪異も混ぜれば、お人よしのダイアナちゃんのことだから絶対首を突っ込んでくるかなーと思って。夏彦まで来たのは意外だったけどね」

 のほほんと笑う社長。つまり、どういうことだ?

「全部社長の差し金ってことだよ」

 全てを把握しているナツが柔らかい、いつもの話し方で告げてくる。

「もちろん、全部を明確に社長が仕向けたわけじゃない。シューのところにダイアナが行ったのも、もしかしたらあの考察の粗い脚本ならダイアナがキレていくかもなーっていうぐらいの淡い期待だったんだと思う」

「そうなのよー。ダイアナちゃん、わかりやすくて助かったわー」

 やばい、社長なのは知ってるけど殴りたい。

「ユーマのそっくりさんも、リュウのループも、レンのマントもそう。全部社長がちょっとずつ絡んでる」

「もしかして、じいさんにマントを与えたっていうのは」

「社長だろうね」

「マジかよ……」

「不発に終わった仕掛けも、たくさんあったんじゃないですか、社長」

「そうねー。まあなんていうか、うまく起動したらラッキーぐらいのものだから」

 楽しそうに社長は笑う。

「こんな状況になったら、ダイアナちゃんはきっとNenAturaに絡むことになると思ったから」

「なるほど」

 ユーマが適切な言葉で、今の俺たちの間にあるこのなんとも言えない感情をまとめてくれた。

「社長はとても親バカなんですね」

 それだわ。娘のためにはなんでもするってことか。

「あらいやだー」

 なんでここで笑うんだよ。

 社長に言いたいことがたくさんあって、どうしたものかと思っていると、こんこん、とノックの音。

「社長、そろそろお時間です」

「ああ、そうね、打ち合わせだった」

 社長が立ち上がる。

「あ、ちょっと、父上!」

「ダイアナちゃん、デビューの気持ちが固まったら連絡してぇー」

「しないってば!」

「あなたたちも」

 社長はそこでちょっと表情を引き締めると、

「この話を聞いて、辞めたいと思ったならちゃんと言ってちょうだいね。悪いようにはしないから」

 俺たちの顔を一人ずつ見ながら告げる。

 やめる? NenAturaを?

「それじゃあ、まだあなたたちお話あるでしょうから、ここ使っていいから。おつかれぇー」

 軽く手を振って出て行ってしまった。

 ええっと、つまり、なんだ?

 しまったドアを見つめながら、何が起きたのかを整理していると、

「ごめん!」

 ダイアナが俺たち四人に向けて勢い良く頭を下げた。

 シルクハットが頭から落ちる。

 転がったそれを、ナツが拾った。

「ちょっと、ダイアナ」

 長い髪が暖簾のように顔を隠して、表情がわからない。

「ごめん、ごめんなさいっ」

 でも、声が泣きそうな気がする。

「ダイアナ、顔をあげて」

 肩に手を置いて、顔をあげさせる。ぎりぎり、泣いてはいなかった。

「なんでダイアナが謝るの?」

「だって、私のせいで、みんなを巻き込んでしまった。NenAturaになったことも、そのあとみんなが危険な目に遭ったことも、全部私のせいだ」

 いつになく血の気の引いた顔で、ダイアナが俺たちの顔を見回す。

 ああ、そうか。社長の話をまとめるとそういうことになるのか? 俺たちは、ダイアナをおびき寄せる餌だった。

「でもっ」

 それはダイアナのせいじゃない、と言いかけて、不安になって口ごもった。俺はそう思うけど、あとの三人はどうだろうか? 俺は、ダイアナのことが好きだから、ダイアナに会えたことを結果的に良かったと思えるけど。

 恐る恐る振り返ると、三人はそれぞれ何かを考えるような顔をしていた。

 どうしよう。みんなはどう答えるんだろう。俺に、できることは……。

「ダイアナ」

 名前を呼ぶと、真っ青な顔をしたダイアナの手を握った。びくっとダイアナが手を引きそうになるのを、抑えつける。

「俺は、気にしてない。ダイアナに会えたから」

「修司……」

「だから、俺には謝らなくていい」

 みんながどう考えているのかはわからない。でも、それが告げられる前に、俺の気持ちを伝えておきたい。ダイアナを、安心させておきたい。俺は、味方だ。

「NenAturaを辞めるつもりもない。これからも、ずっと家にいて欲しい。それだけは、知っておいて」

 潤んだダイアナの目をまっすぐ見つめて告げる。ダイアナは俺の言葉を飲み込むかのようにしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「ありがとう、修司」

 小さい言葉に微笑む。

 俺の気持ちは伝えた。あとはみんながどう出るかだ。

 振り返る。

「……オレは」

 リーダーらしく、レンから口を開いた。

「オレは、確かに、いやだなって思った」

 俺はダイアナの手を握ったまま、それを聞く。小刻みに震えている、冷たいダイアナの手。

「ダイアナちゃんが悪いわけじゃないだろうけど、選ばれてNenAturaになったと思ってるから、そこに変なバイアスがかかっているっていのは、正直嫌だなって思った」

「ごめん……」

「でも、オレはNenAturaが好きだから、そこはもういいかな。過ぎたことだし。あとは、オレの実力で社長を認めさせることかなって思う」

「レン……」

「あと、ダイアナちゃんにはあの時助けてもらったから。うん、だから、いいかな」

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやくと、レンが少しこわばったものの、微笑んだ。

「おれも」

 ユーマが続きを引き取る。

「どんな理由であれ、この事務所に誘ってもらえたこと自体は感謝している。この前の一件で、医者との両立も、頑張ろうと思えたしな」

「ぼくだって!」

 何に張り合ってるのか、リュウが慌てたように言った。

「嫌だなとか複雑な気持ちあるけど、NenAtura好きだし。あのループ現象も、いやだったけど結果助かったし。みんなの気持ち知ったし、頑張ろうって思えたし、なんていうか、アイドルとして成長できたなって思ってるから、結果的にいいかなって思ってるよ!」

 三人が微笑む。ちょっとぎこちないけど。

「だからダイアナちゃん、そんな顔しないで」

 ダイアナのほうを見ると、泣きそうな顔をしたまま、

「ありがとう」

 頭を下げた。長い髪がばさりと顔を隠す。

「本当に、ごめんなさい。ありがとう」

 震えているダイアナの手をぎゅっと握る。

「ダイアナ、帰ろう?」

 声をかけると、ダイアナは怯えたような顔をした。

「それは、できないよ」

「なんで」

「だって、これ以上、修司と一緒にはいられない」

「良いって言ってるじゃん」

「それは、NenAturaのことだろう? それとこれとは、話が別だよ」

 ふるふると顔を横にふる。俺の手を振り払おうとするから、さらに力を込めた。この手を離したら、彼女はどこかに消えてしまう。また霧になって。最初の時みたいに。

「昨夜の話、聞いてたならわかるだろ? 私はいつか、我慢ができなくなる。君を、君の血を吸いつくして、殺してしまう。そんなの、だめだ。それじゃあ、NenAturaじゃなくなっちゃう。不死のアイドルなんて、だめだよ。一瞬一瞬を大切にできる人間だから、あれだけ輝けるんだから」

 だからだめだよ、とダイアナが繰り返す。

「言いたいことはわかった。でも、それはダイアナが望んでることじゃないだろ?」

「え?」

「ダイアナはどうしたいんだよ! きっかけはなんだっていい。最善がなにか、答えが何かなんてどうでもいい。今の、ダイアナは何が望みなんだよ、ここまできたらそれを教えてくれよっ」

 俺の言葉にダイアナの目が大きく見開かれる。はずみで一粒、涙がこぼれた。

「私は……」

 ダイアナが俺の顔を見て、そのあとみんなの顔を見回した。それから、

「私はみんなをこれからも追いかけたい」

「うん」

「ライブに行きたいし、CDは初回限定盤と通常盤を両方買うし、ファンクラブにもずっと入り続けたいし、インタビューが載ってる雑誌はどんなものでも三冊買うし、観覧には応募したい」

「あ、うん」

 なんか、あれだな。具体的すぎてちょっとシリアスさが失われたな……。

「それから」

 ダイアナがぎゅっと俺の手を握り返してきた。

「それと同じぐらい、私は君と一緒にいたい。上条修司」

「うん、俺もだよ」

 少なくとも、今はそれが正直な俺の本音だ。

「君の血を吸いたい。私の眷属にしたい。永遠に一緒にいて欲しい。一人は寂しいから、ずっと一緒にいて欲しい。だけどっ」

 ダイアナの声が上擦った。

「そんなの、無理だよ」

「なんで?」

「両方なんて無理だよ。不死のアイドルなんて。一人だけ不死になったら、NenAturaのバランスがくずれる。見た目の年齢もずれるし。永遠を持つものに、一瞬の輝きなんてない」

 私のわがままだよ、と続ける。

 確かに、不死になるということがどういうことなの、今の俺はまだちゃんと考えられていない。考えようとしてこなかったから。何も言わないダイアナに甘えて、平穏な毎日を楽しんできただけだから。だけど、

「わがままじゃないでしょ」

 これだけは言える。

「俺が不死になるかどうかはさておいてだ。仮に不死になっても、NenAturaを続ける方法は、いくらでもあるだろう。見た目が問題なら特殊メイクもあるし」

 そもそも、ナツがいる段階でそこは問題になるしね。ナツはあれかね、外見を自由に動かせたりするのかな。今度聞いてみよう。

「でも」

「それにさ、ダイアナは永遠の命があると一瞬一瞬を大切にしないっていってたけど、そんなことないだろ? 少なくとも、ダイアナは大切にしているじゃないか」

「え?」

「そうだよ、ダイアナちゃん、ライブはリアルタイムの一瞬が大切なんだ、みたいなこと言ってたじゃん」

 後ろから援護射撃が飛んでくる。

「そうだな。NenAturaを応援してくれるダイアナさんは、輝いてた」

「うん、ちょっと引くぐらいね」

 くすっとリュウが笑った。

「そうだよ、ダイアナ。永遠があるから輝けないなんて、一瞬一瞬を大切にできないなんてそんなことないはずだよ」

「修司……、みんな……」

「ダイアナが吸血鬼でも、仮に人間になったとしても、俺は好きだよ。それは、ダイアナだからだよ。だからも、永遠があるとか、ないとか、そんなこと気にしないでよ。ダイアナが望むこと、百パーセント全部を叶えることはできないかもしれないけど、できるだけ叶えていこう? 俺も手伝うから」

「オレたちもねー!」

「だからさ、ダイアナ。まずは、うちに帰ろう?」

 ダイアナは戸惑ったように視線を彷徨わせていたが、

「ありがとう……」

 ゆっくり頷いた。

「ありがとう、レン、ユーマ、リュウ」

 三人の顔を一人ずつ見ながら、ダイアナが告げる。

「修司も、ありがとう」

「うん」

 微笑んでそれを受け入れた。

「あれ、ボクはー?」

 のんきな声がナツから飛んでくる。お前はなんか違うんだよなー。

「本当に、ありがと……」

 ナツを無視して、ダイアナは言葉を続けて……と、思ったらうつむいてしまった。

「ダイアナ?」

 どうかした? と尋ねようとしたら、ぽたりと何かが床に落ちた。

「ダイアナ」

 ちょっと肩を押して顔を上げさせる。

 完全に、泣いていた。

「ごめ……、安心したら……なんか」

 呟いたダイアナの目からぽたぽたと雫が落ちて、

「うれしくて……」

 それを呟いたきり、ダイアナの口から意味のある言葉が消えた。代わりに、うわああああんと、子供のような泣き声が漏れる。

 少し上を見て、ぼろぼろ涙を流す彼女を見ながら、

「ちょ、ダイアナ」

 どうしたらいいものかわからず、途方にくれる。

 おろおろしていると、

「シュー」

 肩をそっと押された。振り返ると、ユーマが微笑みながら俺の肩を押していた。その横でレンがダイアナへ顎をしゃくる。リュウがやたらとにやにやしている。

 待て、これは……。

「泣かせっぱなしはだめだよー、これだから色男はー」

 ナツはナツでなんかわけのわかんないこと言ってくるし。

 ああ、もう!

 手を伸ばすと、ダイアナの肩をそっと抱き寄せた。

 わんわん泣いている彼女の頭を抱えこむ。

 俺の胸元をぎゅっとつかんで、ダイアナは泣き続けた。

 くっそ、後ろでみんながにやにやしている気配が伝わってくる。冷静になったらみんなの前で好きだ好きだって連呼したし。恥ずかしい!

 脳内で恥ずかしさにのたうちまわる一方で、腕の中からする花の香りに安心する。彼女を、失うようなことにならなくてよかった。

 しばらく泣き続けていたダイアナだが、ようやく落ち着いたらしい。俺の腕の中で顔を上げた。

「私はね」

 まだ涙声のまま、彼女は告げた。

「父上のことは本当に大嫌いだが、このグループをつくったことには感謝しているんだ。やっぱりNenAturaは、最高だよ」

 そう言って、笑ったダイアナは、とても綺麗な顔をしていた。

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