想花繚乱

逆傘皎香

天に星、地に花

 空は既に赤かったが、夜飯の時間に家まで戻れば問題ないだろうと、外へと出た。行くべき場所はない。単に、このまま一日を終えては明日を迎えることができないような気がして、いつもは通らない方へ行こうと思った。陽は山の輪郭に到達しようとしていたが、その光を浴びて朝陽を浴びたような鮮やかさを感じた。


何度かその前を通ったことのある氷屋を越えると、そこから先はまだ知らぬ道になる。夕陽を背に、細くなる道を前に、呼吸一つの間立ち止まる。目の前から続く未知の世界に、静かに、心は跳ねつつある。好奇心がそうしろと導くままに、再び足を前へ出す。すれ違うものはなく、同じ方へと歩くものは、異常に伸びた私の影だけだった。


見たことのない橋、聞いたことのない川の音色と鳥の声。影に従って歩いていくと、一歩を進めるたびに私の世界が広がっていく。この時には、すでに陽が私を見つめていないことに気づかず、自分が歩いていることさえも忘れていた。


気が付いたのは薄暮の残光が途絶え、影すらも消失した時だった。まだ道は続き、真暗になったわけではなかったが、父親に大きな声で叱られるのが嫌だったので、その日の小さな冒険はここで終点とした。引き返そうと思った矢先、目の前を蝶が羽ばたいていった。私の目は暗くなりつつある中パタパタと動く黄色い羽を追いかけた。次いでもう一匹、目線と同じ高さを、また黄色い羽を動かしながら飛んできて、追い越していった。私は二匹の黄色い羽を追いかけ走っていった。


蝶たちの終点は花畑だった。地面は全て、雪が積もったように白い花で覆われており、蝶が花の一つに止まる。前後左右を見ても白い花のみが視界を埋めるが、唯一それらの不可侵の領域を見上げると、星が散らばっている。それまで見たどの天球よりも美しく、白く輝くそれらのひとつひとつが空を見上げる者を祝福する。見たことのない穏やかな星光ですら、ここでは私に届いている。ふと、果実のような甘さに葉の苦さが僅かに残る、花の香りが私の鼻を差す。よく見れば、降り注がれた光を空へ返すように、地を満たす花々はわずかな白い光を発している。花と星はどこまでも続いているように思えた。この瞬間、間違いなく私は世界の中心にあった。

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