第18話 BURN WITCH SCRAMBLE

カナタは魔術を発動した。最初から最高火力だ。巨大な火球が残罵の居るビルの屋上を包み込んだ。大きさそのものが立ち並ぶビル並みだ。普通ならその火球は中のものを跡形もなく焼き払うのだろう。

 しかし、当然のように残罵には、ディアン・ケヒトの魔導書から産み出される創造物には効かなかった。

 当たり前のように火球の中で姿を残していた。カエル兵も、天使もワイバーンも、その他の怪物たちもそのままの姿だった。

「トップバッターは任せたぞザザム」

 残罵は膨大な光と熱の中で言った。

 その言葉に合わせて、残罵の右腕たる黒い怪物が火球の中から飛び出したのだ。

『Gaaaaaaaaaaarrrrrr!!』

 咆哮し、怪物はカナタに襲いかかる。カナタは魔導書に手をかざし、ロケットランチャーのように炎の雨を怪物に降らせた。しかし、それで怪物の動きは止まらない。

「ちっ!!!」

 カナタは舌打ちだ。そして、そのまま浮遊の魔術を発動し飛び上がった。怪物から逃げるためだ。怪物は飛べない。

 しかし、

『Garrr!!』

 怪物の背中がメリメリと音を立てる。そこから羽が生えたのだ。そして、そのまま怪物は飛び上がった。羽ばたいてカナタの元まで迫ってきた。

「なんてうざいの!」

 カナタは魔術で迎撃するが、火力の高い火柱さえ耐えて見せた怪物には生半可な魔術はもはや通じなかった。

 怪物はかなりの速度で飛び回った。カナタの飛行速度を上回っている。

 カナタはすかさず次の魔術を発動する。

 それは縄、炎の縄だった。それが勢い良く伸び、そして怪物に絡み付いたのだった。しかし、怪物はそれさえ動じず羽ばたいてカナタに迫る。だが、速度は下がった。カナタは次の魔術を怪物に見舞った。

「落ちろ!」

 それは槍だった。炎で出来た巨大な槍。それが怪物に突き刺さり、そのまま怪物と共に地上へと突き刺さった。爆発が起きる。

 だが、案の定。それでは怪物は死なない。傷を再生させながら立ち上がり、カナタを睨んでいた。

「そらそら、休んでる暇なんてねぇぞ」

 残罵は宙を叩く。

凄絶驚異の怪物門モンスターゲート

 魔方陣が広がり術式が発動する。そこから、次々と怪物が飛び出してきた。鳥、蛇、蟲、魑魅魍魎の群れがカナタ目掛けて押し寄せてくる。残罵ももはや出し惜しみ無しだ。

 カナタは炎の雨で範囲攻撃を見舞う。怪物たちはそれでやや動きを遅めた。ディアン・ケヒトの魔導書の怪物よりも耐性が低いためだ。カナタの魔術が効く。

「その程度でどうするお嬢ちゃん!」

 しかし、その怪物たちが白金の装甲で次々覆われていった。ディアン・ケヒトの魔導書で強化されているのだ。そうなればもう終わりだ。カナタの魔術は効かなくなっていった。

 魑魅魍魎が吠え猛って猛進する。

 カナタはしかし、臆することなく次々と魔術を発動する。爆発を起こし、炎の矢を放ち、巨大な赤い刃を振り回し応戦する。位置取りにも全神経を集中さえ、攻撃のタイミングにも一部の隙も作らず、カナタはおよそ自分が行える最大の戦術と動きで戦い続けた。

 しかし、怪物たちに傷が付くことは無い。攻撃が微塵も効くことは無い。怪物たちは無傷で、放たれる魔術を全て弾き返しながら逃げ回るカナタを追い詰めていく。

「すげぇ...」

 しかし、それを見てハジメが思ったのは絶望では無かった。敗北の確信でも無かった。そんなことを感じている場合では無かった。だって、これだけの状況で、これだけの絶体絶命でカナタの表情には微塵の諦めも無かったのだから。

 カナタは今までの魔術戦の中での最高の戦いで、そしてそのペースを欠片も落とさずに戦い続けたのだ。

 カナタは待っているのだ。『ディアン・ケヒトの魔導書』の契約破棄の条件が揃う瞬間を。

 その一瞬が訪れるまでカナタは意地でも負けるつもりはないのだ。

「こんのチクショウが!」

 カナタの顔に浮かんでいるのは怒りだった。カナタはただただ怒り狂っているのだ。自分を奇人呼ばわりした残罵に怒り狂っているのだ。ディアン・ケヒトの魔導書を奪った残罵に怒り狂っているのだ。とにもかくにも、この理不尽な状況の元凶は残罵だったのだ。カナタはなにがなんでもぶちのめす、その一念のみでこの反則的強さの怪物たちの群れを相手にしている。

 ハジメはそのとてつもない意思に圧倒されていた。

 しかし、完全な劣勢。勝利の可能性など欠片も無かった。

「どうした、お嬢ちゃん。さっきの威勢ははったりか? まったく、負ける気がしねぇんだがよ」

 残罵の目の前では次々と金属の怪物が生まれ続けていた。周囲のマナを吸い上げ、全て機械の製造に回し続けている。

「契約破棄の条件ってのもこけおどしか? いや、そんなわけはねぇな。なにか確信がある。だから、お嬢ちゃんはそれを待ってる。だから、死に物狂いでこいつらの攻撃を凌いでる」

 そして、その頭上では着々と『怪獣』の完成が近づいていた。もはや、あと数分で怪物は動き出すだろう。それは全てにおける敗北を意味している。

「くそが! 正真正銘の最高火力よ!」

 カナタは魔導書をめくった。そして、それはそのカナタの魔導書の最後のページまでめくれたのだった。

 カナタはそのページに手をかざした。すると、カナタの前でひとつ火の玉が出現した。それはバスケットボールほどの大きさで別に大きくはなかった。色は青。しかし、それは嫌に静かな炎の玉だった。

 そして、それが出現した途端だった。周囲の建物から、道路から、標識から、全てが赤熱して炎を上げたのだ。空気はその球を中心に一気に膨張し、爆発を巻き起こした。

 その球はつまるところ、膨大な熱量の塊だったのだ。ただ、存在するだけで周囲の全てを焼き尽くす、ただただ超高温の火の玉だったのである。

 それはすさまじい熱を辺りに撒き散らし、残罵の怪物たちもろとも駅前全体を焼いた。

 しかし、焼いたのは駅前だけだった。まるで太陽が町中に現れたような超現象の最中にあっても、残罵の怪物たちは意に介していなかった。本当に恐ろしいもので、カテゴリー5の魔導書から産み出された彼らはカナタの魔術の一切が通用しないらしい。

 カナタの最終奥義が明らかにしたのは正真正銘の手詰まりだった。もはや、カナタに手は無い。あらゆる手は尽くしてしまった。どうしようもないとはこのことだった。あと出来ることと言えば、全身全霊を尽くして敗北の時を遅らせることだけだった。勝負は決したのだ。

「本当に腹の立つやつらね」

 カナタは眼下の怪物たちは見下ろしながら舌打ちだった。

 頭上の怪物はもはや完成間近だった。

 しかし、カナタの目にまだ絶望の感情は無かった。まだ、カナタは敗北するとは思っていない。まだ、魔術以外の手は残されている。

 そんなカナタを見て残罵は「かはは」と笑う。

「さぁ、なにを待ってるんだお嬢ちゃん。どうすれば勝てるんだお嬢ちゃん。契約破棄の方法ってのはなんなんだお嬢ちゃん」

 残罵は勝ち誇ったように言う。看板の上にしゃがみこみ、空飛ぶカナタを見上げている。

「どこで誰が誰を救いたいと思う必要があるんだお嬢ちゃん。いや、まず間違いねぇ。契約した本人がまず関わらねぇとならねぇ。だから、そう思う必要があるのは少年だろうな!」

 そう言って残罵はまた魔方陣から、門から怪物を呼び出す。それはあの黒い球体の怪物だった。その怪物は数時間前にハジメを飲み込んだ怪物、ハジメの意識を奪った怪物。飲み込まれ、意識を奪われるということはつまりカナタの戦いを見届けられないということだ。それは、『助けたい』という思いを抱くことさえ出来ないということだ。それはまずかった。

「ぬぉおおおお!」

 ハジメは叫ぶが縛り上げられているハジメには成す術無しだ。頭上から怪物がハジメを襲う。

 しかし、ハジメの目が見ているのが怪物では無い。頭上のカナタ。カナタはまだ、応戦していた。魔術をありったけ使い、怪物たちを吹き飛ばし、ハジメの元にたどり着こうとしていた。しかし、カナタの回りには怪物が迫っていた。無数の魑魅魍魎がカナタを取り囲んでいた。

 ああ、終わってしまうのだ。このままハジメは球体の怪物に取り込まれ、カナタは怪物の群れに襲われる。契約破棄は成されず、二人は敗北し、『怪獣』が完成して街は瓦礫の山になる。

 二人は敗北を前にして、ずいぶんと離れた距離がありながらしっかりと目が合ったのだった。

 それはあの時と同じだった。公園ではじめて二人が出会い、残罵と戦っている最中、契約が結ばれたあの時と。

((このままじゃやられる.....なんとか....!))

 そして、二人が思っていたこともあの時と同じだった。二人は自分が危機にさらされていて、もはや自分のことで手一杯で、だが視線の先の誰かに対して思ったのだ。

 ((なんとか...自分を、あいつを助ける方法は.....!))









「あ、勝った」

 魔女から発されたその言葉は残罵に聞こえるはずもなく、そしてハジメに聞こえるはずもなかった。








「あ....。あ....?」

 気づけば、ハジメのまわりの景色が一変していた。全てが停止していたのだ。さっきまで巻き起こっていたとんでもない嵐のような光景が止まっていた。残罵も、怪物の群れも、築き上げられる『怪獣』も、そして頭上のカナタも。全てが静止していた。全てが色を失っていた。モノクロ映画に一時停止をかけたかのような光景だった。ハジメはこれを知っていた。


『証しは満たされり。標は示されり。汝、選択せよ』


 声が聞こえた。

 ハジメは動揺した。なんど聞いても慣れない声だし、慣れない景色だ。これが『契約の間』。

 前にここに来た時、ハジメはなにからなにまでさっぱりだったが、今はなんとか状況を把握することが出来た。

 そして、言うべきことも分かっていた。

「契約を破棄してくれ。それが俺の選択だ」

 ハジメは言った。

 声は答えた。


『了承。契りは解かれた』









「さぁさぁ! どうするんだお嬢ちゃん! このままじゃあよ.....ああん!?」

 驚愕するのは今までずっとハジメの役目だった。しかし、今回ばかりは違うのだった。今回ばかりは残罵の役目だった。

 それもそのはずだ。何せ、突然、目の前で自分の作った怪物がガラガラと音を立てて崩れ去っていったのだから。

「な.....。嘘だろ.....マジか」

 残罵は上を見上げた。そこからは細かな金属の部品が雨のように降り注ぎ、その端から光になって消えていっているところだった。それは残罵の、ハジメの、カナタの上で完成間近だった怪獣が崩壊しているために降ってきているパーツだった。『怪獣』の構築はもう終わっていた。『怪獣』が完成することはもう無かった。

「まさか、契約破棄したってのか? いや、だがこんな土壇場で? 少年の動きは封じたはずだろうが。条件は少年の意思以外にもあったはずだろうが、それが満たされたってのか? 俺としたことが早まったってのか?」

 残罵は降り注ぐ金属片を見上げながら、らしくもなく呆然として呟いていた。

「いや、一瞬予想はした。お嬢ちゃんが嫌がるような条件だ。少年に思われるだけじゃあそこまでは嫌がらねぇ。だから、お嬢ちゃん側もなんらかの条件の一部だってことだ。お嬢ちゃんが嫌がること恥ずかしがること。だから、ひょっとしてお嬢ちゃん本人の方も少年を『助けたい』と思う必要があるんじゃないかと一瞬は思った」

 降り注ぐ金属片は周りで燃え盛る炎を反射しキラキラと赤色に煌めいていた。

「だが、だがよ。有り得ねぇだろ。お嬢ちゃんだぞ。このどぎつい性格をした奇人変人の代表みたいなお嬢ちゃんだぞ。見ず知らずの一般人の少年を助けたいなんて、思うか? 思わねぇだろ。そんなはずはねぇ。そんな普通じゃねぇはずだお嬢ちゃんは」

 残罵は誰に言うでもなく独り言を言いまくっていた。状況を整理しようとしているのだ。こうなるはずは無かったのだから。

 そんな残罵に上から大声で、怒りに満ちた声が響いた。

「だから! 私は普通だって言ってんでしょこのどぐされが!」

 カナタだった。カナタは降り注ぐ金属片の雨の中から残罵を見下ろしていた。

「なにかお嬢ちゃん? じゃあ、本当に『二人の人間がお互いを助けたいと思う状況』が契約の条件だっていうのか?」

「ええ、それに加えて一定の魔力量が満ちてることも条件だけどね。その状況下で『ディアン・ケヒトの魔導書』を所持していたやつが契約出来る」

「なにかお嬢ちゃん? じゃあ、マジのマジにお嬢ちゃんはこの少年を助けたいと思ったってのか?」

 その残罵の言葉にカナタは一気に顔を赤らめた。全開で羞恥心が沸き起こっていた。

「そうよ! 悪い!?」

 そして、叫んだ。

 ハジメが驚く番だった。正直、カナタは半分くらい人の心を持っていないと思っていたハジメだ。そんな、当たり前の。そんな、普通の。でもそんな、暖かいものをカナタがちゃんと持っていたことがハジメは意外であり、そして嬉しかったのだった。

 そして、残罵はとうとう現実を受け入れるしかなかった。今、契約は破棄された。今、ディアン・ケヒトの魔導書の魔術は消滅した。今、残罵の計画は完全に崩壊したのだ。

「やられたぜ、それじゃあ俺が契約するのはまず無理じゃねぇか。誰かを助けたいなんてそうそう思わねぇからな俺は」

「そういうことよ人でなし。さぁ、状況は理解出来た?」

「ああ、だが。どうするお嬢ちゃん。この魔導書は確かに使えなくなった。だが....それだけだぜ?」

 その通りだった。まだ、『ディアン・ケヒトの魔導書』を奪えただけだ。まだ、それだけ。残罵自身の魔術がまだあるのだ。残罵の使い魔たる怪物たち、そして絶対回避の転移魔術。戦力はカナタを大きく上回り、そしてカナタの魔術は当たらない。

 残罵が腕を上げると召喚されていた残罵の怪物たちが再び動いた。

 さっき、残罵はあらかたの怪物を召喚陣から召喚していた。ディアン・ケヒトの魔導書の怪物を除いてもまだすさまじい量の怪物が残っている。それらが、カナタ目掛けて襲いかかった。

 もはや、計画は頓挫していた。しかし、それでも残罵がカナタを倒そうとしているのは腹いせか、それともカナタを好敵手と認めての礼儀か。

 それを睨みカナタは言う。襲い来る怪物たちを睨みながら言う。

「あんたが最星館で最初から強硬突破しなかったのは自分の魔術を解析されないようにするためでしょ。あの館にはそういう術式も施されてるんだから」

 そして、カナタは飛んだ。全身全霊をかけて怪物の群れに飛び込んだ。そして、爆炎でそれらを吹き飛ばし、火柱で隙間をこじ開け、一気に残罵の元へと、目の前へと迫った。

「ネタは割れてんのよ!」

 そして、残罵は笑っていた。

「かはは。やられた、術式の解除が間に合わねぇ」

 そして、カナタは魔術を使うことなく、その右拳で思いきり残罵をの頬をぶん殴ったのだった。

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