跳んだ世界でサバイバル

小龍ろん

第1話 気がつけば森の中

「・・・・・・・・・・・・は?」


 気がついたら森の中だった。森というか山だろうか?

 とにかく見渡す限り木ばっかりだ。

 おかしいな。さっきまで会社でプレゼン資料を作っていたはずなのに。座りっぱなしでつらくなったから、ちょっとコーヒーブレイクでもしようと立ち上がったら景色が変わってた。

 う~ん、さすがに森の中に給湯室はないよなぁ。これは休憩時間を惜しんで働けという天の思し召しかな。いや、パソコンも消えちゃってるから仕事も何もないんだけどね。


 まあ普通に考えたら夢、なんだろうね。最近、忙しいかったから寝不足だったし、寝落ちしちゃった可能性は十分にある。

 だったらマズいな。明日のプレゼンは課の行く末に関わるくらい重要なものみたいだから。寝落ちで資料が完成しませんでしたとなれば、課全体に迷惑がかかってしまう。まあ、そんな大事なプレゼンの資料作りを前日の定時過ぎから命じてくる課なんて消滅してしまえと思わないでもないけど……。

 いやいや、どんな無茶ぶりだったとしても仕事は仕事だしね。しっかりとやろう。とりあえず、目を覚まさねば。こういうときは定石通り、頬をつねってみよう。


「普通に痛い……」


 おやおや、どうしたことだろう。目が覚めませんね。痛みがあるってことは夢じゃないのかな? まあ、俺は鈍いらしいので、この程度の痛みでは覚醒しないって可能性もあるけど。

 ……でも、何となく現実な気がするなぁ。だって、圧倒的にリアルなんだもん。頬で感じる風の感触、立ちこめる草いきれ、そよぐ木々のざわめき――――――これが夢だとしたら脳に要求される処理能力はかなりのものだと思う。しかし、残念ながら俺の脳みそはそんなに上等じゃないんだよね。従って、これは現実です。証明終了。


 はい、受け入れました。夢じゃありません。俺は突然オフィスから森に転移しました。プレゼン資料はできあがりません。同僚のみなさん、ごめんなさい。でも、俺は悪くないと思う。

 謝罪はしたので会社への義理は果たしたということにしよう。さて、というわけで次の問題。


「ここ、どこだろうなぁ……」


 日本なの? 地球なの? それとも別世界?

 もし別世界なら異世界転移ってやつだよね。非現実的かな? でも、地球内のテレポートだとしても十分異常事態だしね。ありえなさから言えば大差ない気がする。

 だったら異世界転移のほうがいいなぁ。夢があるし。特別な力を授かってスキルとか魔法で無双するの。内政チートとかもいいよね。現代知識を使ってのし上がって、貴族になって領地経営とか楽しそう。あ、でも、ダメだ。正直、俺の知識じゃ何も作れそうじゃない。もっとウィキペディアとか熟読しとけばよかったなぁ。いや、忙しくってそんな暇なかったけれども。


 って、妄想してる場合じゃないよね。今はこの状況をなんとかしないと。すぐ近くに人里があるんならいいけど、そうでないならサバイバル生活確定だよ。食料とか水とか確保して寝床もどうにかしないといけないし。時間はいくらあっても足りないはず。もし、凶暴な野生生物がいたら、どうすればいいんだろう。


 ……あれ、これって詰んでるんじゃない?

 いやいや、まさか異世界転移で放置プレイってことはないよね! きっと、チートな能力とか授かってるに違いない。もしかして、俺、魔法とか使えるようになってるのかも!

 う~ん、どんな能力をもらえたんだろう。こういうときってステータスが見れたら便利だよね。ステータス魔法とかないのかな? 異世界転移とか転生とかでは定番だよね。適当に唱えたら使えたりしないかな……?


 いやいや、待って待って。まだ異世界転移だと決まったわけじゃないから。いい年した大人が魔法の言葉を唱えるって、相当恥ずかしいよね。誰かに見られたら、死を覚悟しちゃうくらいの事態だよ。


 でも、見渡すばかり木しかないし、人が居そうな気配はないよなぁ。それに現状把握のために必要だと思うしね。もし、それでステータスが開けたら異世界転移ってことでほぼ確定なわけだから。呪文一つでリスクなく情報が得られるなら積極的に行動すべきだよね。これはそう、合理的な行動ってやつだ。間違いないね。


 というわけで、ひとつやってみましょう。


「ステータス、オープン!」


 ………………うん、何も起きないね!


 やっぱり異世界じゃなかった? いや、ステータス魔法が発動しなかったからって異世界じゃないって確定するわけじゃないんだよね。呪文が間違ってるだけかもしれないし。試しに言葉を変えてみようかな?


 でも、本気で呪文を唱えて何も起きないって、割と精神的ダメージ大きいんだよね。この場には俺ひとりしかいないの空気が重いんだ。滑っちゃった感がすごい。誰かが突っ込みを入れてくれた方が気が楽になりそう。いや、誰かに見られたいわけじゃないだけど。って、本当に誰もいないよね?


 もう一度、辺りを見回してみるが誰もいない。良かった……。


 だけど、人の代わりに変なものを見つけてしまった。森の中にポツンと箱が置いてある。宝箱……かな? 気になるけど、明らかに怪しい。


 いやね。こんな不審な箱を開けるなんて正気の沙汰じゃないと思うんだけど、すっごく気になる。開けたい。怪しいとわかってても開けたくなる。というか、よくわからない場所に突然転移しちゃうっていう状況がおかしいんだし、森の中にぽつんと箱があったとしても大して気になんないよ。うん、気になんない。


 というわけで、開けます!


 箱の上辺を押し上げると、特に抵抗もなくスムーズに開いた。これ、たぶん最近設置された物だろうな。だって、少しも朽ちた様子がないから。やっぱり怪しさ大爆発だよね。今更だけど。


 とはいえ、開けちゃったもんは仕方がない。さて、中身はなんだろな。

 ……これは、本かな? 装丁はしっかりとして高級感がある。割と大きくて図鑑サイズだ。この本以外には何も入ってない。


 怪しさ全開のわりに、何の変哲もない本が一冊だけ。正直、拍子抜けだよ。いや、何の変哲もないと決めつけるのはまだ早いかな。何しろ、本の表題は――――――



『フィロの書 ~これ一冊で異世界サバイバルもなんのその~』

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