ステータスの話
とある日。俺はベッドに寝ころびながら、眉間に皺を寄せていた。
俺は前世において交通事故に遭い死亡し、
色々と苦難があって天涯孤独になったが、今は割と安寧の時を過ごしている。
しかしまあ、期待していなかったとはいえ、この境遇は結構ヒドい。前世で目にした異世界転生の冒険譚といえば、キャッキャウフフな展開があったものなのに。
そこまでは望まないものの、もう少し、こう、嬉しい特典があってもいいのではないか。
ハルパーとかいう白い剣は明らかにオーバースペックだし、使いどころに困る。
全属性の魔法が使える資質も与えられたが、それが役立ったことも少ない。
イケメンになるよう遺伝子が組み替えられたらしいが、狭い村で育ち、現在は隔離されたような生活なので、モテたこともない。いや俺としてはパティさえいてくれればいいのだが。
そもそも、それらの特典をもってして、俺がこの世界でどれくらいの力を持っているのかが分からない。
こういう時はアレだ。『ステータスオープン』とか言えば、数値化された俺のステータスが見えたりするものじゃないのか?
胡散臭い事でおなじみの女神ユノからは説明はなかったが、試してみるか。
「ステータスオープン」
……なにも起きない。
目の前にウィンドウがポップアップするでも、頭の中に数値が浮かぶでもない。
「なんですかいきなり」
しかも、同居人の猫娘ことゼラから、冷たい言葉が返って来た。
お前に言ったわけじゃないから流してくれ。結構恥ずかしいんだ。
「なんですか、ステータスオープンとは」
「なんでもない」
「ステータスをオープン……身分を開示するということですか」
「なんでもないって言ってんだろっ」
シーツを頭から被り、赤い視線から逃れる。しかしゼラはそれを許さず、頭上に気配が迫るのを感じる。
「シャーフは私の後輩であり仮のお兄ちゃん、そして私を養う権利を得た幸せ者です」
「それはお前から見た俺だろ。というか最後のは認めてないからな」
「いいから養いなさい私を」
ゼラはおそらく平手で、シーツ越しに俺の尻を叩いてくる。
ああ、なんて鬱陶しいのだろう。神様、どうかこいつを黙らせてください。俺には無理です。
『おやおや、お困りのようですねえ』
……と、神頼みをしてみたら、本当に聞き覚えのある女神ボイスが頭の中に響いた。
幻聴だろうか。ゼラのあまりのウザさに、限界を迎えた精神がイマジナリー・ゴッデスを生成したのだろうか。
『いえいえ、本物の女神ユノですよう。だって今、呼んだじゃないですか』
ええ……確かに神様ーって念じたけど、呼んだらホイホイ来るの?
『アフターケアは万全ですからねえ。ええと、それで、なんでしたっけ? そこのハーレムメンバーその2が静かになればいいんでしたっけ?』
どこよ誰がハーレムメンバーだって? おぞましい事を言うんじゃない。
『またまたそんな、恥ずかしがらずともいいんですよう。でもそうですか、そっちじゃないなら……ああ、ステータスオープンの方ですね? いいでしょう!』
えっ、できるの?
『そりゃもうできますとも! 転生される方からそういうご要望もありましたので、この間、夜なべして作りましたよう。じゃあ、今晩中に実装しておきますね。仕様書通りなら、魔法と同じ要領で発動できますので~それでは~』
その仕様書大丈夫? というか女神ユノさん、営業と開発兼任してるの?
天界のブラックさに不安を覚えつつ、その日は眠りについた。
***
翌朝目覚めた俺は、半信半疑ながら右手をかざし、ゼラがまだ寝ている事を確認してから、例の魔法を唱える。
「す……『ステータスオープン』」
すると、目の前に文字と数字が浮かびあがった。
*
Name:シャーフ・ケイスケイ
Sex:male
Height:158cm
Weight:46kg
STR:E+
VIT:D-
AGI:E+
MGC:A+
Ability
『剣術D』
剣を扱う技能。
『魔晶作成C』
鉱石から魔晶を作成する技能。
SP Ability
『全魔法適正』
全属性の魔法に対して適正を持ち、最大まで極める事が可能。
『自動蘇生』
死亡、または致命傷を負った際に肉体の時間を巻き戻す。また、ハルパーが自動召喚される。
『ハルパーの所有権』
不死の怪物をも殺す剣。
『プリティヴィーマータ』
伸ばし、届かなかった手の顕現。
『ルナリ』
焦がれ、共感を求めた心の顕現。
*
「⋯⋯おお!」
本当にできた!
『STR』は筋力、『VIT』は体力、『AGI』は敏捷、『MGC』は⋯⋯マジック、魔力ってところか?
恐らく、ABC順でランク付けされていて、Aに近いほど優秀という事なのだろう。
というかSTRとVIT低っ!
比較対象が無いからハッキリとは分からないが、『お前、修練不足』と言われているようだ。まあ修練不足なのは事実なので、さもありなん。
Abilityは、俺がこれまでに自分の力だけで得た技能か。SP Abilityの面子と見比べてみたら、そんな感じだろう。
「また身分開示をやっているのですか」
「⋯⋯起きてたのかよ」
「ステータスなんちゃらで起こされました」
ゼラは下着姿で、眠そうな半目で俺を見ている。
俺とゼラの間に浮かぶ文字に気づいた様子はない。どうやら俺にしか見えないらしい。
「毎回同じことを言うのも飽きてきたがな、寝る時は寝巻きを着ろ」
「毎回同じことを言われるのにもヘキエキしてきました。ここはお互いに何も言わないのが平和的でしょう」
「いつか風邪ひくぞ、まったく⋯⋯⋯⋯ん?」
ゼラの細っこい体に違和感を感じ、凝視する。丸出しのお腹のあたりに、俺と同じ数字が浮かんでいた。
*
Name:ゼラトリクス
Sex:female
Height:139cm
Weight:32kg
STR:C
VIT:B-
AGI:A+
MGC:
Ability
『剣術C』
剣を扱う技能。
『暗歩A』
完全に気配を遮断しながら移動が可能。
SP Ability
『肉体変化』
肉体の全て、または一部を変化させる。
*
「えっ、強っ⋯⋯怖⋯⋯」
「なんですか私のないすばでぃーを凝視して。そういうのにはまだ早い時間です」
「えっなんでお前そんな⋯⋯フィジカルお化けだったの?」
「なにがですか。お化けとは失礼です」
やはり、ゼラにはステータス表示は見えていないようだった。
AGIがA+か……確かにこいつのすばしっこさは舌を巻くものだ。このステータス表記に間違いはないのだろう。MGCが空欄なのも魔法が一切使えないからか。
というか剣術スキルが、俺より値が高い。こいつ隙あらばサボってるのに、納得いかん。
気になるのはSP Abilityの『肉体変化』か。これは猫耳に由来するものなのか? もしかして、その気になれば引っ込めたりできるのだろうか。
「ふむふむ⋯⋯」
「あんまり見てると拝観料をとりますよ」
「なるほど、だいたい分かった」
「すけべです」
「すけべじゃない。さ、顔洗ったら授業に行くぞ」
まあ、同年代の女子であるゼラに比べて、俺のステータスがかなり劣っている事は分かった。それだけ分かれば十分だ。腐ってる暇はない、目的のためにも強くならねば。
***
「シャーフおはよー!」
小屋を出て修練場に向かう途中、パティに出会った。可愛らしくスカートをはためかせながら駆け寄ってくる。
挨拶を返そうとすると、パティにもステータスが表示されていることに気づく。
*
Name:パトリシア・スミス
Sex:female
Height:148cm
Weight:48kg
STR:E
VIT:E+
AGI:E
MGC:B
Ability
『火炎適正B』
火炎魔法に大きな適正を持つ。
SP Ability
『アグニの恩寵C』
魔法で発生した火炎による被害を一定量無効化する。
*
⋯⋯パティ、俺より体重があるな。ちょっと太っただろうか。この身長体重なら、BMIは20ちょいか。まあガリガリに痩せているよりかは健康的で良いと思うけども。
そしてMGCがBか。真面目に授業を受け、成長している証だろう。
気になるのがSP Abilityの『アグニの恩寵』だが⋯⋯なんだ、これ? アグニといえば六大魔法師の一人だが、パティとどんな関係があるんだ?
そういえば⋯⋯あまり思い出したくない記憶だが、ウォート村が焼けた日――燃え盛る瓦礫に埋もれたパティには火傷ひとつ無かった。
それも気にはなるが、それよりもなによりも、表示されている名前にとてつもない違和感を覚え、俺はパティの顔を見た。
「⋯⋯⋯⋯"パトリシア"?」
「うん、なに?」
「パティじゃないのか?」
「うん? パティだよ?」
パティは「今更なに言ってるの?」と言いたげな顔だ。
⋯⋯⋯⋯あっ。本名がパトリシアで、パティは愛称ってことか? 知らなかったそんなの。だって初対面の時、自分でパティって名乗ってたじゃん。
「なにもー、変なシャーフだなー」
俺が今更本名を知ったことなど察していないのだろう。パティは可笑しそうに笑う。
危なかった。このままでは一生パティの本名を知らずに一生を共にするところだった。いや、多分いずれどこかで知ったのだろうが。
「そういえばあのバカ……じゃなくてゼラはパティの本名知ってるのか?」
「うん、知ってるよ。あっ、シャーフは知らないかもだけど、ゼラちゃんはゼラトリクスって言うんだよね、かっこいいよね」
「⋯⋯シッテタヨ」
えっ、なんで俺の知らないところでパティとゼラは本名交換済ませてるの? 俺だけ仲間はずれじゃない? ひどくない?
女子同士仲睦まじいのは素晴らしい事だが、俺も混ぜてよ。寂しいじゃん。
「あっそうだよねえ。ずっと一緒にいるし、知らなかったらおかしいよねえ」
このモフっ娘、地味に心を抉ってきよる。
悔しかったので「最近ちょっと太っただろ。一緒に剣術の授業出るか?」と言ったら、「もー!」と牛化したパティに尻を叩かれた。
なぜ
***
修練場に向かうまでにも、通りすがる学園の生徒全員にステータスが表示されていた。
一瞬で読み取れるほど目も良くないが、おおよその子供がSTRの値がEだった。体格のいい子も、細い子も、例外なくE。
この事から推測するに、STR:Eとは、『何の訓練も積んでいない子供並み』を表すのだろう。そして俺はE+だ。子供に毛が生えた程度である。
結構頑張ったつもりなんだけどなあ。それでも毛が生えた程度かあ⋯⋯。
それだけに、ゼラのSTR:Cの異常さが際立つ。あれか、猫って実は筋肉凄いって言うし、ゼラは細いながらも実は筋肉モリモリマッチョマンの変態なのだろうか。
「⋯⋯ゼラ、ちょっと腕さわらせてくれない?」
「すけべです」
「いや、ちょっとでいいんだよ。五秒でいいから」
「触んなです」
逃げるゼラを追いながら修練場に着くと、朝も早いと言うのに身嗜みを整え切ったカシムさんが既に待ち構えていた。
「おはようございますシャーフ君。さあ、今日も頑張っていきましょうか」
「おはようございま⋯⋯ファ!?」
思わず変な声が出てしまった。
何故なら、表示されたステータスがあまりにも法外だったからだ。
*
Name:カシム・クレイソン
Sex:male
Height:179cm
Weight:70kg
STR:A
VIT:B
AGI:B
MGC:C+
Ability
『ブレイドマスター』
剣を振るう技能、その極致。
『鷹の目』
遥か遠方まで見通せる視力。
『暗歩C』
足音を消して移動が可能。
『創土適正C』
創土魔法に適正を持つ。
*
やだ⋯⋯俺の師匠、強すぎ?
この人、歳いくつだっけ? たしか60は越えてたはずだ。それなのにこのステータス⋯⋯人外の方かな?
「おや、どうしましたかな? 鳩がイグニッションを喰らったような顔をしていますが」
「それ鳩焼け死んでます」
「ほっほ。そう言えば知り合いの猟師が新鮮な鳩肉をくれましてな、調理して来たのですが、お昼にいかがですかな?」
「それはそれは、ありがたく頂きます。……カシムさん、不躾な質問なんですが、仮に俺がサボらず修行を続けたとして、今のカシムさんくらいになるにはどれくらいかかりますかね?」
「ふむ? そうですな、毎日のメニューを欠かさずに続けたとして……」
カシムさんは言葉を切り、顎に手を当て、ふむむと唸る。
「……ン〜十年後くらいには、おそらくは」
「一番大事なところをぼかさないで下さいよ!」
「ほっほっ、申し訳ないですな。私も弟子を取った経験が薄く、あまりハッキリとした事は言えません。シャーフ君も、もしかしたら突然素質が開花するやもしれません。しないかもしれませんが。ですが、修行をおざなりにしていては、可能性はゼロですよ」
つまり、今まで通り地道に修練を続けろと。
女神ユノは俺に『剣術の才能』は与えなかった。それを一から、剣術大会を優勝まで育て上げるのに、ラクな道なんてないのだろう。
分かってはいたが、あまりに遠い道のりに眩暈がするようだった。
「……今日も、よろしくお願いしまぁす!」
「ほっほ、そこで折れないのが君の美点です。では、始めましょうか」
***
その日の午後、サンディさんが授業に訪れた。
昼食を頬張る俺とゼラに、冷やした紅茶を差し出してくれた。
「久しぶり。前は昼時になったら死にそうな顔してるか吐き続けてるかだったのに、いっぱしにご飯を食べられるようになったのね」
「食べなきゃ午後を乗り切れませんからね……うわっ」
当然、まだ『ステータスオープン』は切れていないので、イヤでもサンディさんのステータスが目の前に開示されてしまう。
*
Name:アレクサンドラ・クレイソン
Sex:female
Height:167cm
Weight:65kg
STR:B
VIT:B
AGI:B
MGC:B
Ability
『剣術A』
剣を扱う技能。
『疾風適正B』
疾風魔法に大きな適正を持つ。
*
まーた本名がここで明らかになるパターンだよ。どうせ俺だけ知らなかったんだろ、これも。
いや別にそれはどうでもいいのだが、それよりもだ。
「つっよ……」
クレイソン家の人々は皆フィジカルモンスターか。
身長に対して体重が高いのも、筋肉量のせいなのだろう。サンディさんの半生が垣間見えるようだ。
「なによ、鳩がマインドアサルト喰らったような顔して」
「クレイソン家の方々は鳩に恨みでもおありで?」
「シャーフはどうやら頭を打ったようで、今朝、いえ昨晩からずっとこうなのです。正直気味が悪くて仕方ありません」
「あらそうだったの、災難ね。あまり続くようなら保健室に行きなさい」
頭がおかしい人扱いされてしまった。
⋯⋯まあ、ステータスが俺だけに見えている現状、いちいち反応していては本当に精神異常を疑われてしまう。
当初の『俺が他と比較してどれくらいの実力なのか知りたい』という目的は果たせたし、そろそろこの魔法も消えてくれるとありがたいのだが⋯⋯。
「それよりシャーフ君、午前中に会ったんだけど、ぷに子が怒ってたわよ。デブって言われたって」
「あ、いえデブとは言ってないです。ちょっとふっくらしたなって⋯⋯」
「なんてひどい男でしょう。デブって言った方がデブです。デーブ」
なぜかゼラまで便乗してきた。
そして俺はデブってない。むしろ贅肉も筋肉もつきにくい体質なのか、なかなか体重が増えない。
⋯⋯もしや俺のSTRの低さって体質に由来しているのか?
「あんたねー、私のぷに子にデブデブと偉そうに言うけど、あんたはガリよ!」
「ガリです」
「う、うるさい! 俺ぁ知ってるんですよ! サンディさん、あんた、パティにお菓子あげまくってるでしょ!」
マリア先輩から聞いた情報である。
この女、学園都市に寄る機会があると、大量のお菓子を持ってパティを訪ねるらしい。そしてほっぺを突き、愛でながら食わせるのだ。
つまりパティのBMI増加は、間違いなくサンディさんのせいである。
なお、うちのパティは悪くない。人から貰ったものは無碍にできない優しい子なのだ。
「うっ⋯⋯なぜそれを⋯⋯ゼラ、あんたまさか」
サンディさんは狼狽えながらゼラを見る。
「私は言ってないです。口止め料のお菓子に誓ってもいいです」
「お前も共犯か。というかなんで俺にはくれないんですかお菓子」
「あんたは脂肪がつくと困るでしょ」
「脂肪がついたら筋肉に変えますよ」
「それよく言われてるけど間違いよ? 贅肉は脂質、筋肉はたんぱく質だから、脂肪が筋肉に変わることはないわよ」
えっ、知らなかったそんなの。
前世の学生時代、運動部の友人はとにかく食って運動して身体を膨らませていた。てっきり脂肪も筋肉の一部なのかと。
「だから、筋肉をつけたいなら高タンパク低脂質な食生活を心がけなさい。もちろん絶対に摂っては駄目ってわけではなく、栄養バランスも大事だし、食に飽きが来てしまうのも問題よ。食に彩りのない人生なんてつまらないもの」
「また急にクレイソン家特有の長文早口を⋯⋯でも、勉強になりました。ありがとうございます」
ふむ、高タンパク低脂質食品ねえ。
魔法学園の学食は、お偉いさんの子息子女が通うだけあってレベルは高い。
だがメニューがナンチャラ肉のホニャララソテーとか、ナントカ海で獲れた白身魚のムニエルとか、ペケペケ農場の卵をふんだんに使用したプディングとか――とにかく脂肪と糖分が多い。
勉学に時間を割きたい生徒用に簡単なサンドイッチも用意されている。こちらは俺とゼラの主食である。
「そう、この学園は多種多様な子供たちの舌と腹を満たすために、味優先で作られております。無論、私としても子供のうちは好きなものを食べて過ごすべきと考えておりますが、シャーフ君はそれだけではなりません。やはり筋肉は若いうちからつけておくに越したことはありませんからな。よって――」
昼休憩と同時に何処かへ行っていたカシムさんが戻って来た。手には革製の水筒を持っている。カシムさんが歩くたびに、たぷんたぷんと重そうな水音が響く。中に入っているのは液体だろうか?
「はががっ」
なにか間抜けな悲鳴が聞こえた気がする。
それは、俺の隣にいる姉弟子から発せられたものだった。
見ると、サンディさんは白目を剥いて、開かれた口からは今にも泡を吹きそうだった。
「そ⋯⋯それは⋯⋯『クレイソン七九式完全栄養筋力増強食』⋯⋯そんな⋯⋯私が『銀の旋風』で優勝したあの日、これ以上被害者を出さないようにレシピは焼き払ったはずなのに!!」
「ほっほ、厳密には『八〇式』です。魔法薬学教師、ロナルド君の監修の元、味と栄養素に改良を加えた最新版です。私も若くないですからな、レシピの再現に時間がかかってしまいました」
「おじーちゃん! まさかそれをシャーフ君に食べさせようっての!? 死んでしまうわ!」
えっ、いま食事に相応しくない"死"とかいう単語が聞こえた気がするんだけど?
あれか? 美味しすぎて天にも昇る的な?
「ですから、味に改良を加えたと言ったでしょう? お前は随分苦しそうにしていましたからね⋯⋯私も、強くなるためとは言え、若者が苦しむ姿を見るのは本意ではありませんからな」
「マイナスに何掛けてもマイナスよ!」
えっ、味がマイナスなの? ゼロじゃなくて?
プラスが食事の満足度を表すとすれば、マイナスはすなわち危害を加えられるレベルという事なの?
「あのジジイ、子供の苦しむ姿を見て喜ぶ
「⋯⋯ゼラ、それは俺も同意だが、陰口は陰で言えな?」
「素直なのが私の美点です」
ゼラを無視し、俺はカシムさんから水筒を受け取る。
「これを飲めば⋯⋯」
強くなるための一歩になる。
カシムさんは微笑みながら頷いた。
「ええ。私も、サンディも、あの子もそうしてきました」
あの子。カシムさんは気を使って、その名を口にしなかったのだろうが、この場にいる全員が分かったはずだ。
ウェンディ――思えば、俺の最初の師はあの
彼女の荒々しくも美しい剣技は、
「さあグイッと行きましょう」
俺の心に一筋の光明ごぼ、がぼぼ?
「おごごご」
感傷に浸っていたら、カシムさんに無理矢理『八〇式完全栄養筋力増強食』を流し込まれた。やっぱりこの爺さんはドSだと思います。
水筒から注がれる液体は……流動食のような食感だ。味は鳥のささみに似ている。なんだ、サンディさんの慌てようから、どんなゲテモノが出て来るかと思いきや、これなら意外と食べられるぞ。
これの一世代前の『七九式』は酷い味だったらしいが、諸先輩方の犠牲に感謝だ――
「……も!?」
――などと楽観的になっていた俺に、突然カブトムシが襲い掛かった。
あ、いや、カブトムシのような風味が口の中一杯に広がった。
ああ、いや、実際にカブトムシを食した事は無いのだが、分かる人には分かるだろう。あの独特な臭いだ。
「……始まったわね。『完全栄養以下略』は、その名の通り、肉体の形成に必要な食材を番号と同じ数ぶち込んだもの。つまりシャーフ君が飲んでいる『八〇式』は、八〇もの食材が――いえ、普段なら食材と呼ぶことすら烏滸がましいものも入っていて、それらが襲いかかる⋯⋯シャーフ君は果たして、耐え切る事が出来るのかしら」
俺の表情の変化を見たサンディさんが、長文早口で解説してくれた。
えっ、それってこれカブトムシ入ってるって事だよね?
とか思ってたら次はカメムシのような臭いだ。なんで虫縛りなんだよ。俺はゼラじゃないんだぞ。
「シャーフ君、鼻を摘みなさい! 死ぬわよ!」
「虫が⋯⋯虫の臭いが⋯⋯!」
言われた通りに鼻腔を塞ぎ、最悪な喉ごしと闘い続けた。
「そんなにひどい味なのですか」
苦悶の表情を浮かべる俺を、ゼラが興味深そうに眺めて来る。非常に鬱陶しい。口移しして食わせるぞクソ猫。
「ゼラさんも飲みますかな? シャーフ君用にお代わりを持ってきていましたが」
「遠慮します。私はこう見えて美食家なのです」
おい、お前虫食べるの大好きなゲテモノ専門家だろ。遠慮すんなよ。
ようやく地獄を飲み下した。急いで水を飲み、口の中に残った地獄を洗浄する。途中から鼻を摘んでいたからカメムシの後は判らなかったが、胃の底から不快感が迫り上がって来る。口で息をしていないと間違いなく噴水のように吐く自信がある。
「よく耐えたわ弟弟子⋯⋯さっきは金髪ガリチビなんて言って悪かったわね⋯⋯」
「そこまで言ってましたっけ⋯⋯おえっ」
「ほっほ、吐いてはなりませんよ。きちんと消化しなくては、お代わりをする事になります」
「やっぱ鬼畜ですよカシムさんあなた……うっぷ」
その後、『クレイソン八〇式完全栄養筋力増強食』、略称『クレハチ』の服用については過剰摂取は危険との事で、週に三度の制限が掛かった。だからカブトムシの他に何が入ってるんだよコレ。
ちなみに興味を引かれたのか、ゼラが水筒に僅かに残っていた『クレハチ』を舐めたら、その日は修練場の隅っこで寝こんでいた。バカめ。
あ、あと『ステータスオープン』については寝たら消えた。どうやら効力は一日らしい。
***
『クレハチ』を服用し続けて一週間後。
「……STRとVITがDに上がってる」
久々にステータスを確認してみたら、そうなっていた。E+からDへ、ワンランクアップだ。
果たしてこれが修練の成果なのか、それともクレハチをキメた効果なのか……。
「あとなんだこれ……」
Ability欄に、新しい項目が追加されている。
*
『毒耐性E』
少量の毒素に対して免疫が付いた状態。
*
……だから何が入ってんだよアレ! クレイソン家怖いわ!
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