遺跡に潜ろう

 さて、『遺跡』とは過去に建築物があった場所であり、俺は年季の入ったピラミッドのようなものを想像していた。


 しかし今回、土の魔法師プリトゥが迷宮とした『オンボスの檻』と呼ばれる――いや、呼ばれていた建物は、地中に広がる地下施設だった。


「マウロ様から話は聞いております。こちらへ……」


 鎧を着こんだ兵士が指した方向には、正方形の石造りの小屋と、その中に地下へ続く階段があった。


「他の兵士は休憩時間です。戻ってくる前に、お早く……」


 兵士に促され、遺跡――『魔法師の迷宮』に侵入した俺たちは、アーリアを先頭に、俺がしんがりを務め、地下に続く階段を下りて行く。

 ウイングが言っていた様な分断現象も起きず、ひとまずは三人で下へ、下へと進む。


「かなり深いな……」


 内部を端的に表現すると、『正方形の縦穴』だった。

 暗くて正確には測れないが、縦横十メートルほどだろうか。

 深さは――底が真っ暗になっており測れない。少なくとも足を踏み外せば命は無いことは分かる。

 壁沿いに階段が設置されており、その途中で、等間隔に格子戸が嵌められた横穴――牢屋があった。

 オンボスの『檻』――それは獣や罪人を押し込めて置くためのもの。

 ここは、遺跡となるまで打ち捨てられる前は、地下監獄だったのか。


「よくもまあ、土の魔法師はこんな所を終の棲家に選んだな……」

「地中の方が落ち着くんじゃないかしら。土の魔法師だし」

「そんなものなのか……?」


 魔晶の火を灯すカンテラをかざし、牢獄の中を覗き込む。

 骨が転がっていたりはしないが、石床に残った黒い染みは、以前行われていた拷問の跡だろうか。


「……?」


 と、牢屋の中の、手の届く距離に金属片の様なものを発見し、俺は手を伸ばした。


「おいシャーフ、なにやってんだ。早く行くぞー」

「あっ、はい!」


 ウイングに急かされ、咄嗟に金属片を拾い上げ、先を行く二人に合流する。


「でも、なんでここは打ち捨てられたんだ? 別に罪人を閉じ込めておくなら、どこでも……」

「……ここは、罪人を収容する施設ではなかったわ」

「え?」

「オンボスは、この辺りの旧い地名よ。そして、魔法劣等プーアが集められていた集落でもあった」


 淡々としたアーリアの口調に、背筋に冷たいものが走る。


「まさかその人たちを、閉じ込めてたっていうのか? 一体なんで――」

「……待て、止まれ」


 と、そこで黙って歩いていたウイングが、アーリアの肩と俺の頭を掴んだ。

 歩みを止めるウイングは屈みこみ、アーリアの靴が向く先の、石階段の表面を指でなぞる。


「足跡だ。真新しいな」


 ウイングの指先にカンテラを近づけると、確かに石階段に積もった埃に靴跡が残っており、人が通ったことを示していた。


「暗くて気づかなかったわ。先客がいたという事ね」

「先客って⋯⋯。ここは進入禁止なんじゃ。あ、土の魔法師が通ったんじゃ?」


 ここを住処としているなら有り得ない話では無いと思ったが、ウイングは頭を横に振って否定する。


「その可能性もあるが、足跡は新しく、複数ある。オレたちの前に誰かが入ったと考えた方が妥当だろ」

「冒険者が⋯⋯? ここは侵入禁止なんじゃ」

「さて、な。王女サマは心当たりがあるかい?」


 ウイングが屈んだままアーリアを見上げる。


「⋯⋯兄上」


 アーリアは唇を噛み、絞り出すようにそう言った。


「ジンダール・ラネ・クーリーヤ、ね」


 ウイングは指先に付いた埃を吹き払い、立ち上がった。

 マナカーゴの中でした会話で、アーリアに腹違いの兄がいることは分かっていたが、なぜその名が出てくるのか。


「どういう事ですか? いや、どういう事だ、アーリア」

「……ねえ、シャーフ。お前はお姉さんと会いたいのよね? 遠く離れていても」


 質問を質問で返されたが、ひとまず首肯する。

 するとカンテラに照らされたアーリアの顔は、どこか凶悪な笑みを浮かべた。


「私は逆よ。兄は近くにいるけど、顔も見たくないわ。殺したいとすら思っている。向こうもきっとそう思っている事でしょうね――つまりそういう事よ」


 要するに、兄妹仲が最悪なのか。


「アーリアが魔法師の迷宮を攻略しようとしているのをどこかから聞きつけて、その邪魔をしようと?」

「そんなところでしょうね。でも、あのブタは私と違って戦えないから、大方どこかの冒険者でも雇ったのでしょうけど。きっと、交代前の見張り兵には、兄上の息がかかっていたのね」


 ブタって。

 しかし、それが本当なら、俺たちの行動は筒抜けなのでは。

 進んだら大量の兵士が待ち受けていて、その場で取り押さえられる――なんて事もあり得る。


「――進むわよ。あっちがその気なら、真っ向から叩き潰してあげるわ」


 アーリアは連接棍を肩に掛けると、俺からカンテラを奪い取り、階段を下りて行ってしまった。


「やれやれ、愉快な事になってきたな……。行くぞ、シャーフ」

「大丈夫ですかね……」


 ウイングもそれに続き、俺は一瞬逡巡し、その後を追った。

 元より、引き返す選択肢はないのだ。

 パティの治療とアンジェリカの捜索――上手くすればその両方が叶う、またとない機会なのだから。


 そう、何を失おうとも、それだけは果たさなくては――。



 ***



 やがて底に辿り着くと、大きな金属製の扉があった。

 両開きのそれは、土魔法の紋章が細工されており、かなり重厚そうだ。

 ウイングが扉の表面を手でなぞりながら、アーリアを振り向く。


「ここまでは牢屋で……王女サマ、この先は何が?」

「内部の構造までは知らないわ。でも、その紋章を見るに、ここが真の入口の様ね」


 二人の会話を聞きながら、俺は先程のアーリアの言葉を思い出した。


『ここは罪人を収容する施設ではなかった』


 罪のない魔法劣等プーアが収容されていた監獄。

 地下労働施設という事も考えられるが、きっとそうではないだろう。

 何故なら、先程、牢屋の中で拾った金属片に書かれた数字――。


「……金貨三枚、か」


 値札だった。

 魔法が使えない、ロクな職に就けない人が集められた収容所。

 はした金で買われ、何をさせられていたのか。

 それは、この扉の先に行けば分かるのかもしれないが⋯⋯知りたくもない。


「行きましょう、先を越されているなら急がなきゃ」


 アーリアは連接棍の柄を握りしめ、扉に手をかけた。

 重い音を立てて扉が開き、その先は廊下が続いていた。

 魔晶の灯りが点々と、灰色の壁床を照らしている。


「オオ⋯⋯」


 三人のうち、誰のものでもない呻き声が響いた。


「オオ……オオオ……」


 薄暗い廊下の奥から響いたそれは、段々と大きくなり、こちらに近づいてくる。


「魔物⋯⋯?」


 背の鞘からロングソードを、腰の鞘からダガーを抜き、アーリアの前に立つ。

 迷宮と言うからには、挑戦者を阻む仕掛けがあると考えるのが普通だ。

 例えば魔物とか。心構えはしていたが、果たして六大魔法師が課す試練とは、どの様なものなのか――。


「お前は二刀流を使うのね」

「まだ見習いだがな。それより下がっていろ⋯⋯団長!」


 ウイングを振り向く。

 我らが団長は鞄の中から薬瓶を取り出し、ビシッと親指を立てた。


「薬は任せろー。だが、あんまり深い傷は負うなよ!」


 ⋯⋯全く、頼りになる団長である。


「オオオオ⋯⋯」

「!」


 単調に響く呻き声――その主が灯りに照らされて姿を現わす。


「あれは⋯⋯ゴーレムってやつか⋯⋯?」


 まるで、子供が作った粘土模型のような、不細工な人形ひとがた

 頭には、目も鼻も口も無く、手足の長さや指の数は不揃いだ。

 ただ一つ、胸の中心に黄色の魔晶が埋め込まれ、煌々とした輝きを放っている。

 体長は二メートル程。巨体に似合ったのろまな足取りで、こちらへ向かって来ている。


「団長、あれは⋯⋯!?」

「よく分からん! 何をしてくるかも分からねーから、気をつけろ!」

「⋯⋯ためになるアドバイスどうも!」


 ……全く、頼りになる団長である。


「アア⋯⋯アア⋯⋯イ⋯⋯」


 ズン、と土人形ゴーレムが足を踏み出す度に振動が床を震わす。

 狙うべくはやはり、胸の魔晶だろうか。

 見たところ、廊下の壁や天井はかなり痛んでいる。高威力の魔法を放つのは崩落の危険がある。

 となれば、剣で――。


「イ⋯⋯⋯⋯いらっしゃいませ!」


 と、間合いを図っていると、急に土人形ゴーレムは両腕を広げ、人語を話した。

 粘土のような腕にひびが入り、土塊つちくれがポロポロと崩れ落ちる。


「⋯⋯⋯⋯は?」

「貴方達で、ちょうど六人です! これより、土の試練を開始します!」


 どこから声が出ているのか見当もつかないし、石を擦り合わせた不協和音の様な声は、来訪者に喜んでいるのか、弾んでいた。

 土人形ゴーレムは、まるで嬉しそうに腕を振って、その度にポロポロと身体を構成する土が零れ落ちる。このまま放置していたら跡形もなく自壊してしまいそうだ。


「いやあ参りましたよ。迷宮が出来てから数ヶ月、全く人が来ないもので⋯⋯あ、コチラへどうぞどうぞ」


 土人形ゴーレムはおじぎし、頭部の一部分がポロリと落ちた。


「⋯⋯団長、どうします?」

「依頼人の意向を聞こうか。どうするよ、王女サマ?」


 ウイングが気の抜けたような声で、アーリアに判断を仰ぐ。


「⋯⋯⋯⋯」


 しかしアーリアは、土人形ゴーレムを凝視したまま固まっていた。

 歳に見合わない、自信に満ち、毅然とした表情は変わりないが、まるで時が止まったようだ。


「⋯⋯アーリア?」

「⋯⋯はっ。何か言った?」

「いや、どうするかを聞いたんだが」

「そんなもの、行くに決まっているでしょう。しっかり護衛なさい」


 アーリアの言葉に反応したのか、土人形ゴーレムは頭の欠片を拾い上げる。


「申し遅れました、わたしはこの迷宮の案内人です。名前はありませんので、お好きにお呼び下さい」


 そして踵を返し、廊下の奥へと歩き出した。

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