終わりの始まりを始めよう・3/異世界転生したのですが、最低30年を目標に生きたいと思います
「な⋯⋯なにが⋯⋯」
黒いローブを纏った集団が、手にした剣で、逃げ惑う人々を斬り殺している。斬られた人はマイノルズさん同様、傷口から炎が噴き出し、荼毘に付されて行く。
さっきまで宴会が行われていた広場の中央に、焦げた死体の山が積み重なって行く。その中にはまだ幼い子供のものもあり、冷や水を浴びせられたように、背筋が震え上がる。
何が起きているんだ。
だが確実なのは、この集団はこの村を殲滅する気である事だけだ。
「な、何をする、離せ!」
「! スミスさん!!」
ローブを着た男が、スミス氏を処刑場に連行しようとしていた。
瞬間、怒りが恐怖を塗り潰す。
風魔法を発動し、真空の刃を作り、ローブの男に向けて射出した。
男の首が落ち、スミス氏が解放される。俺はスミス氏に駆け寄り、その肩を抱いた。
「ぼ、坊っちゃん!」
「スミスさん、何が起こってるんです!? あ、パティは!?」
「私にも何がなんだか⋯⋯娘は――が、あ」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
スミス氏の首から、剣の切っ先が突き出していた。口から血を流し、口髭を濡らす。ずる、と前に崩れる、大きな身体。
いつの間にか背後にいたローブの男が、スミス氏の首から、剣を引き抜いた。
返す手で、俺の心臓に剣が突き立てられる。一瞬視界が真っ暗になり、すぐに目が覚め、
「ああぁ――!!」
現れ、手にした白い剣で、ローブの男を斬り裂いた。胴体の半ばで両断された男は、地面に倒れ臥す。
「スミスさん⋯⋯スミスさん!!」
「坊⋯⋯ちゃん、どう、か⋯⋯パティ、を――」
「あ……そん、な⋯⋯嘘だ⋯⋯」
スミス氏の首の傷口から火が走り、身体に燃え移る。水魔法をかけても消えない。
どうして、どうして――――。
「あ、ああ、あああぁぁ⋯⋯」
目の奥が熱くなり、涙と同時に嗚咽が漏れる。立ち上がり、黒く焦げてしまったスミス氏の遺体を、村の隅に引っ張って行く。
「そ、そうだ、パティ⋯⋯」
スミス氏から託された、最後の言葉。
パティを探さねば。それから三馬鹿と、生き残っている人も助けて、屋敷に戻って⋯⋯。
「雑貨屋に、行かなくちゃ⋯⋯」
しかし、雑貨屋に行くまでもなく、パティはすぐに見つかった。
「や、やだぁっ! だ、誰か、助けて!」
パティは、ローブの男に連れて行かれそうになっていた。恐らくは、スミス氏と一緒に逃げていて、捕まったのだろう。
「パティーー!!」
白い剣を投擲すると、俺の意思に従う様に、ローブの男の側頭部に突き刺さる。
地面に倒れ伏した男を一瞥し、怯えて縮こまるパティの肩に手をかける。
「パティ! 怪我はないか!」
「しゃ、シャーフ! ね、ねえ、お父ちゃんを見なかった!? 何が起こってるの!?」
「俺にも分からない! パティ、先に屋敷の方へ逃げてくれ!」
「シャーフは!?」
まだ生き残りがいるかもしれない。この白い剣があれば、その人らを救えるかもしれない。
「俺はみんなを救助する! 先に行っててくれ!」
「や、やだぁ! シャーフも一緒に逃げようよ! 死んじゃうよう!!」
「パティ⋯⋯頼むから言う事を聞いてくれ! 俺なら大丈夫だから!」
こんな時なのに、水晶洞窟事件のことを思い出していた。
だが、あの時とは状況が違いすぎる。まだ救える命があるかもしれないのだ。
「いいから行けよ!」
「やだ、やだぁっ! シャーフが行かないなら、あたしも行かない!」
「いい加減に⋯⋯!」
聞き分けのない駄々に、段々と苛立ちが募る。
これも、俺の事を心配してくれての事だったが、そんな気持ちを慮る余裕など無かった。
――俺の事を思って留まろうとしているなら、その思いを否定してやればいい。そんな短絡的な思考で、パティの肩を強く突き飛ばした。
「――鬱陶しいんだよ! ちょっと助けてやったくらいでベタベタしてきやがって! ああ、答えを聞かせてやるよ、お前の事なんて大っ嫌いだ!!」
「あ――――」
後ずさったパティの表情が絶望に染まる。
「あたし――――」
次の瞬間、焼け落ちた民家の柱が、パティの上に降り注いだ。
「――――え?」
――俺が、突き飛ばしたから?
最低な言葉をかけて、絶望させた後に、殺してしまった――?
「あ、ぁ⋯⋯⋯⋯違う⋯⋯」
燃え盛る瓦礫に近づくも、屋根が、梁が、次々と崩れ落ちて来る。
パティがいた場所は、あっという間に、完全に埋もれてしまった。
「ああ⋯⋯違うんだ⋯⋯」
頭が熱に浮かされる様に、ボンヤリとしていた。
自分のした事を信じたくなくて、俺はその場から立ち去った。
「な⋯⋯んだよこれぇ⋯⋯誰か、誰かいませんか⋯⋯」
村は、既にその殆どが焼け落ちていた。
ローブの男たちは居なくなって、広場に積まれた焼死体の山だけが残されていた。
ボンヤリとした頭を抱えながら、それでも村を巡る。
しかし、何も残されていなかった。全てが灰に変わってしまった。
「そうだ⋯⋯とうさん⋯⋯ねえさん⋯⋯」
そうだ、二人を助けなくては。
遠目から見ても、屋敷には、まだ火の手は及んでいなかった。
クリス氏とアンジェリカ、一緒に安全な場所まで逃げて、それから。
それ、から――。
「……そ、んな」
そんな俺の考えは、屋敷の庭に着いた瞬間、霧散した。
庭の中央。倒れ伏したクリス氏の胸に、剣が突き刺さっていた。
近づくも、クリス氏が動く気配はない。
「とう、さん……?」
呼びかけても返事はない。
目は見開かれ、開いた口からは血が溢れていた。胸の剣を抜き、開かれたままの瞼を閉じた。
最早、何の感情も湧き上がらなかった。
怒りも哀しみも、村と一緒に焼け落ちてしまった。
それからおぼつかない足取りで屋敷に入り、寝室、食堂、書斎――全てを探しても、アンジェリカは見つからなかった。
「ああ⋯⋯」
失意を覚えながら屋敷を出る。
「ん……まだ生き残りがいたのか」
すると、屋敷の陰から声がした。
「鏖殺せよ、との命令だったが……やれやれ参るね。こんな子供までとは」
闇の中から現れた声の主――いかつい鎧を着こんだ男は、狼を模したような兜を被っていた。
「お、まえ……お前はあっ!!」
こいつが村のみんなを――そう判断すると同時、どす黒い感情が蘇る。
白い剣を構え、男に斬りかかる。
しかし、簡単に躱され、たたらを踏んだ俺は地面に組み伏される。
「変わった剣を持ってんな。まあ、略奪はするなと言われてるし⋯⋯」
「がっ……!」
「――いらんな。命だけ貰う」
胸に鋭い痛みが走る。男の剣は俺の身体を貫き、地面と縫い付けた。
じわ、と漏れ出たあたたかい液体が、服と地面を濡らす。
「あ、が、あぁ⋯⋯お前、お前は⋯⋯」
「すまんな、いま楽にしてやる」
その言葉と同時に、頭に重いものが振り下ろされた。
「がっ――――」
そして、終わりが訪れた。
***
『ハーイ、ユノでーす! いやーやっと繋がりましたねー! 実は連中から妨害を受けてましてー』
――――。
『⋯⋯おやおや、また死んでしまったのですか? でも便利でしょう、その不死の肉体!』
――――。
『そうそう、この間の続きなのですが、貴方には実は使命があるのです!』
――――。
『これは貴方の誠実な人柄を見込んでの事です! とっても栄誉ある使命なのですよ! 実はですね――』
――――黙れ。
***
暁が、閉じた瞼の上から眼球を焼く。
身体が重い。なにか、ひどい悪夢を見ていたようだ。
「父さん、姉さん、朝だよ」
呼びかけても返事はない。
身体が冷えている。信じられない事に、どうやら庭で寝てしまっていたようだ。
「父さん……?」
クリス氏は、庭の中央で寝ていた。
ああ、一緒に遊んでいて、疲れて二人して寝てしまったんだっけ?
これじゃアンジェリカに怒られてしまう。クリス氏を起こさないと。
「父さん、朝だって。ほら……」
しかし、疲れて眠りが深いのか、いくら揺り起こしても目を覚まさなかった。
まあ王都の仕事で疲れているしな、まだ寝かせておいてあげよう。
さて、村の方に行って、学校に行く四馬鹿どもの見送りにでも行くか。
***
麦畑は焼け野原になっていた。
村では焦げた死骸が広場に積み重なっている。
「は、はは⋯⋯」
現実だ。何もかも消えてしまった、これが現実。
「はは⋯⋯は、ああ、あぁ……」
何が――何が女神の加護だ。
もういい、もうたくさんだ。こんな思いをするくらいなら、爬虫類にでも転生した方がよかった。
「もういい……」
手に持ったままだった白い剣を、心臓に突き立てる。血が流れ、しかし、すぐに止まる。
「なんで……なんでだよ」
――死ねない。
こんな地獄の様な状況でも死ねないなんて、これじゃ、加護ではなく、まるで呪いだ。
「死なせてくれ。頼むから⋯⋯」
気さくな商人の青年も。
優しい雑貨屋の主人も。
大人達が集う広場も。
家族思いの父と姉も。
可愛い幼馴染も。
全てが一夜にして消えてしまった。
涙は流れなかった。
憎しみも湧かなかった。
ただ胸に残ったのは、
『死にたい』
『みんなを弔わなくては』
このふたつだけだった。
前者は叶わない。なら、後者を果たさなくては。
それから俺は、沢山の穴を掘った。
変わり果ててしまった人々を、そこに埋葬していく。
スミス氏の遺体に土をかけている最中、以前の記憶が蘇る。
――デモニック・ボーン。繁栄と破滅をもたらすという、この世界に伝わる伝承。
女神ユノは、きっと悪魔なのだろう。
俺は悪魔から生まれ、この村に破滅をもたらしたのだ。
「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい――」
俺が、ヒトに生まれ変わりたいなんて望まないで、大人しく爬虫類にでもなっていれば、こんな事にはならなかったのだろう。
日が暮れる頃、一通り埋葬が終わった。
最後に、俺が殺してしまった少女の元へ向かう。
瓦礫を退ける手が震える。パティの遺体を見た時、俺は、正気を保っていられる自信が無かった。
いや、埋葬中に何の感慨も沸かなくなっていた時点で、もう既に狂っていたのかもしれない。
「ぁ⋯⋯⋯⋯」
瓦礫の奥から、か細い呻き声が耳に届いた。
その瞬間、指の皮が剥けて痛むのも構わず、俺は全力で梁を、屋根を、柱を、どけていく。
「は、あ⋯⋯ぁ⋯⋯!」
そして、見つけた。
どの様な幸運か――瓦礫がお互いを支え、狭い空間が出来ていた。
そこにパティがいた。瓦礫に押し潰されること無く、息もしている。
服は燃えてしまっているが、何故か火傷は見られない――いや、今はそんなことはどうだっていい。
パティが生きていた――その事実だけで、枯れていた目から、止めどなく涙が溢れた。
「パティ、パティ! 目を開けてくれ!」
「ん⋯⋯ぁ⋯⋯」
瓦礫の山から引きずり出し、肩を揺すると、パティがゆっくりと目を開く。
本当に生きている。何もかも失ってしまったと思っていたが、この子だけは――。
「ぁ――いやああぁーーっ!!」
パティが悲鳴を上げた。
それは、焼け落ちた村を見たからではなかった。
その恐怖に満ちた目は、真っ直ぐに俺を見据えている。
「え⋯⋯パティ?」
「いやぁ⋯⋯やぁ⋯⋯!」
パティが後ずさる。
まるで、恐ろしいものから逃げるかの様に。
「お、俺だ⋯⋯シャーフだよ⋯⋯さっきはごめ⋯⋯」
「ひっ!」
俺が足を踏み出すと、パティは身を縮こまらせた。よく見ると足を怪我していて、逃げたくても逃げられない様だ。
だが、何故――?
「パティ……」
「っ! や、ぁ……」
俺が手を伸ばすと、パティは気を失ってしまった。
ひとまず、パティを抱え、唯一無事だった屋敷へ連れて行った。
***
夜になった。
「すぅ……すぅ……」
アンジェリカの部屋のベッドで眠るパティの頬を撫でる。
――屋敷に連れ帰った後、再び目を覚ましたパティは、俺に怯えて泣いた。
宥めるも、泣き、暴れ疲れたパティは、再び眠りについてしまった。
パティは何も覚えていなかった。
村の事だけではなく、全ての記憶を失ってしまったようだった。
人らしい言葉も話せず、ただ幼子の様に泣き声を上げるだけだった。
恐らく、あまりのショックに、記憶と言語に障害を患ったのだろう。
多分、最後の記憶――俺からの拒絶が、心の奥底に残っているのだ。
だから、俺を『おそろしいもの』とだけ認識しているのだ。
全てを失い、たったひとつ残ったものも、この有様だ。
「だけど……」
だが、まだ生きている。
それに、村人を埋葬している最中――アリスター、ノット、サムの遺体は見つからなかった。
みんな黒焦げで、誰が誰と言う判別もつきにくい。もしかしたら、俺の願望が混じった幻想かもしれない。だが、まだ希望はあった。
アンジェリカも同様だ。屋敷の中にも、村の中にも、彼女の姿は無かった。
「はは……」
不思議なものだ。
絶望的な状況なのに、それだけで生きる希望が湧いてくる。
パティを守り、生き残りを探し、それから――。
「それから……?」
それから、どうすれば良いのだろう。
分からない。先の事を考えると、目の前が真っ暗になりそうだ。
「すぅ……うぅ……」
「パティ……」
だが、今は、この手に残ったものを、何としても守り抜く。
それだけだ。自死も許されない俺には、それしか無かった。
だから、最低三十年は――不死の呪いが解けるまでは、それだけに全てを費やそう。
――異世界転生したのですが、最低三十年を目標に生きたいと思います。
目標は目標。目的は別である。
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