町の冒険者に会いに行こう

 アンジェリカと約束を交わした日から、三年が経った。


 俺は九歳になり、四馬鹿は十歳、アンジェリカは十四歳と、成人まで残り半年を切っていた。


 四馬鹿も、来月には中等部に上がり、二つ隣の町にある学寮に入る事になっている。


 以前より高頻度で帰って来る様になったクリス氏も、白髪は増えたものの、元気だ。


 平穏な日々だ。変化はあるが、俺はあの日自分に誓ったように、アンジェリカの側を離れないでいる。



 ――そんなある日。


「アニキ! 明日、町に行きましょう!」


 学校帰りに、屋敷に乗り込んで来たノットが、鼻息荒くそう言った。


「町? お前らの学校がある隣町か?」

「デスデス!」

「なんでまた」

「すっげえ冒険者が、すっげえらしいんデスよ!」

「⋯⋯⋯⋯?」


 興奮するノットの鼻を摘んで落ち着かせ、詳しく話を聞くと、つまりこういう事だった。

 ――少し前から隣町に、凄腕の冒険者が滞在しているらしく、将来冒険者になりたいアリスターとノットは、その姿を一目見たいと。

 パティとサムは? と聞くと、二人はあまり冒険者に興味がないらしい。


「サムのやろーは将来、商人になるとか言ってるんデスよ。パティはアニキのお嫁さんって」

「夢を見るだけなら自由だしな。それより、隣町なら学校帰りに行けばいいじゃないか」

「今日帰り際に知ったんデスよ! 帰るの遅れるとカーチャンに怒られるし……」

「それは自業自得だ。で、なんで俺を誘ったんだ?」

「カーチャンが、アニキと一緒なら行っていいって⋯⋯」


 何故だ。

 三馬鹿を助けて、その両親からは、村で会うたびに果物や菓子を押し付けられるほど感謝されているが⋯⋯。

 一応歳下だぞ、俺は。

 こいつらの保護者か、俺は。


「それで、それで、その冒険者が、すっげえ剣の使い手らしいんス!」

「ほー、剣?」

「魔法もすっげえらしいんデスけど、剣でたくさんの魔物を倒して来たって!」


 剣か⋯⋯珍しいな。

 冒険者の中には魔法を使わず、武器を使う者も居ると、アリスターとノットから聞いた事はあった。

 レイン叙事詩の主人公もそうだ。魔法で剣を強化したりはするが、基本的に近接戦闘が主である。こっちはフィクションかもしれないが。

 ノットは更に興奮を高め、続ける。


「それで、それでそれで! その冒険者、なんとすっげえ美人のお姉さんらしいんデスよ!」

「……ほう。よし、行くか」


 美人女剣士という響きに魅かれたわけでは断じてないが、俺は翌日、アリスターとノットと一緒に、隣町へと赴いた。

 出発前、水晶サソリのマナ結晶を雑貨屋に持ち込んだところ、子供三人なら一日は遊べるほどの額になった。本日の軍資金である。

 サムは両親の手伝い、パティはアンジェリカとお菓子作りを練習すると言って、村に残った。



 ***



「アニキは町に来るの初めてっスか?」

「そうだなー。村から出たのなんて、お前らを助けに水晶洞窟に行った時以来か」

「……そのせつは!」


 二人とそんな会話をしながら、行商の馬車から降りる。

 町はなるほど、活気がウォート村とは段違いだった。周囲を高い石塀に囲まれ、地面もすべて石で舗装されており、道々には行商の屋台が建ち並んでいる。背の低い建物の中で、一際目立つ、大きな石造りの塔が魔法学校らしい。


「で、その美人の冒険者ってのはどこにいるんだ?」

「冒険者ギルドっス!」

「こっちデス!」


 冒険者ギルド――その名の通り、冒険者たちの寄合を取り纏めている場所で、本部を北大陸に構え、世界各国に支部がある。市井しせいからの、魔物退治などの依頼を取りまとめ、冒険者へ斡旋するのが仕事である――以上、クリス氏の書斎で読んだ本より抜粋。

 そこに向かうのは良いが、しかし、その前にやる事があった。時刻は昼前、丁度アリスターの腹の虫が騒ぎ出す頃だ。


「先にメシでも食って行こうか。奢るぞ」

「いいんデスか!?」

「イヤッホゥ!」


 せっかく初めて隣町まで来たのだ、たまには村の料理以外も口にしてみたい。

 メシを食った後は冒険者ギルドに寄り、店を見て回って、みんなへ渡すお土産でも――って、これじゃ完全に御上りさんだ。


 というわけで、二人に連れられて町のレストランに向かった。店内は混み合っていたが、満席直前と言ったところで、滑り込みでテーブルを確保することが出来た。


「前から、ここの肉料理食ってみたかったっス!」

「オイラはこの魚の……」

「おう、何でも好きなもの頼め」

「では私も肉をお願いします。あとはデザートに果物の盛り合わせを」

「おう……おう?」


 混み合う店内には客や店員が入り乱れており、気付かなかったが――いつの間にか、アリスターとノットの間に女の子が座っていた。

 キャスケット帽を被り、その下からは長い銀髪が垂れている。深紅の大きな瞳は無表情で、じっと俺の方を見つめてくる。不気味だ。


 歳は恐らく、両隣のアリとノットと同じくらいだ。という事は、魔法学校の学友か何かだろうか。二人の姿を見つけて、着いて来たってところか。

 無理矢理追い出すのは可哀想だ。


「ああ、いいぞ。誰だか知らんが」

「良いんですか、では遠慮なく。ゼラです」

「ゼラ……ああ、名前か。俺はシャーフ。ゼラは学校の――」


 女の子――ゼラは、俺の話など聞かずに、運ばれてきた料理にがっつき始めた。


「もぐもぐもぐもぐ⋯⋯」

「……腹減ってたのか?」

「もぐ」


 咀嚼音で返事をするな。

 それにしてもよく食べる子だ。アリスターと良い勝負をしそうなほどに。

 この町に住んでいるのであれば、ウォート村に足を運んでもらって、パイを餌にして、アンジェリカと友達になってくれたりしないだろうか――。


「あの、アニキ……」

「こいつ、アニキのお知り合いデスか?」


 ――なんて考えていると、アリスターとノットが怪訝な顔をして、俺とゼラを交互に見た。


「は? お前たちの友達じゃないのか?」

「知らねえっス」

「こんな子見たことないデスよ」

「もぐ⋯⋯」


 俺が唖然としていると、既に料理を完食していたゼラは席を立つ。


「ちょっ……待て!」

「ごちそうさまでした」


 そして、体に油でも塗っているかの様に、混み合う店内をスルスルと抜けて行ってしまった。引き止め、問いただす暇も無かった。

 なんと鮮やかな手口の食い逃げ⋯⋯いや、寸借詐欺か?


「町は怖いところだな⋯⋯」


 微妙な空気の中、運ばれて来た食事を口に運ぶ。

 ゼラが自分の分を支払っていた、なんて事はもちろん無く、きちんと四人分の代金を支払って店を出た。



 ***



 せっかくのお出掛けに水を差された気分になったが、気を取り直して冒険者ギルドへ向かった。ギルドはこれまた石造りの平屋で、他の建物と比べるとかなり大きい。学校の体育館くらいはあるだろうか。


 建物の前には人だかりが出来ていた。アリスターに肩車してもらい、何事かと見てみると、人だかりの中心には大きな掲示板が立てられており、所狭しとたくさんの紙が貼り付けられていた。

 手を丸めて即席の望遠鏡を作り、そのうちの一つを読んでみる。


『急募

 直径五センチ以上のマナ結晶

 報酬は銀貨二枚、サイズによって応相談』


「アレが依頼か?」

「アレは無認可依頼と言って、ギルドの審査を通さずに出されるものよ。審査には時間がかかる場合があるから、急ぎの依頼人はああやって掲示板を活用するの。ただ、ギルドを仲介しないだけあって、報酬の未払いとか、契約の不履行がよく起こって、トラブルの元になる事もあるから注意ね」


 俺の隣に立つ女性が、物凄い早口で解説してくれた。


「ほうほう、そうなんですか。ご丁寧にどうも……って誰ですか」


 いきなり現れた女性に面食らいつつ、アリスターの肩から降りる。

 二十代前半と思しき若い女性は、白金色の髪をシニヨンに纏め、金属製の軽鎧の上からサーコートを着こんでいる。腰には剣が納められた鞘を提げており、ザ・女騎士って感じの見た目だ。


「私はウェンディ。連れが迷惑を掛けたみたいね」


 女性はそう名乗った。

 そして背後に手を回すと、猫よろしく襟首を掴まれたゼラが姿を現す。


「あっ! 食い逃げの子っスよ!」

「すんしゃく詐欺の子デス!」

「ごめんなさいね。ほら、ゼラ⋯⋯」


 連れとはゼラの事だった。しかし、謝罪に来たのかと思いきや、ゼラは申し訳なさそうにするでもなく、無表情を貫いている。


「そこのシャーフがなんでも食べていいと言いました。私は間違ってません」


 ゼラは表情を変えずに、そうのたまった。

 確かに言った。勝手に勘違いをしたのも俺だ。だが、こうして居直られるのも腹が立つ。


「お前な……あれ?」


 と、ゼラに文句の一つでも言ってやろうとしたところ、ウェンディの顔に既視感を覚え、俺の意識はそっちに行った。


「ウェンディさん、以前どこかで会いましたっけ?」

「いいえ? 今日が初対面よ。それより、この子が食べた分の代金を支払うわ。幾らかしら?」

「そうですか? いやでも、確かにどこかで……」

「私達は、最近この町に来たの。それともなあに、ナンパかしら?」


 ウェンディは余裕のある笑みを浮かべながら言う。そんなわけあるか。

 確かにウェンディは、ハッとするほど美人ではあるが……待てよ?

 最近この町に来た、美貌の女剣士……。


「も、もしかして、あなたがウワサの冒険者っスか!?」

「東の森のサラマンダーを、剣一本で細切れにしたっていうデスか!?」

「ええ、そうよ」


 アリスターとノットが騒ぎ出し、羨望の目でウェンディを囲う。

 ウェンディは子供の扱いに慣れているのか、笑顔でそれに応対した。

 まさかお目当ての冒険者に、こんな形で会えるとは。


「あー……じゃあ、こいつらの質問に答えてやってください。ゼラの件は、それで手打ちで」

「あら……そんなことでいいなら」

「やったっス!」

「さすがデス、アニキぃ!」


 俺の提案にウェンディは苦笑しながら頷き、アリスターとノットは諸手を上げて喜んだ。早速飛んでくる質問に、ウェンディは丁寧に答えている。

 すると、ウェンディの拘束から解放されたゼラが俺に歩み寄る。改めて見ると、目深に被ったキャスケット帽、へそ出しのタンクトップにホットパンツと、かなり薄手の恰好をしている。腰からは、ウェンディと同じく、剣の納まった鞘を提げていた。

 ゼラは表情を変えないまま、得意げに、ふんと鼻を鳴らす。


「ふっ、私のおかげですね」

「お前はバカなのか……?」

「シャーフ。変な名前ですね」

「喧嘩売ってんのか……?」


 なんとも腹の立つガキだ。

 まあ、もう二度と会う事も無いだろう。アリスターとノットの質問タイムが終わったら、ここでお別れだ。


「――まあ、生業にするには不安定な職業よ。旅先で、依頼が一件も無いなんて事もあるしね。それに、冒険者に対して友好的でない所もあるの。南大陸のサンドランドは他国民に対して排他的な考えを持つ人が多いから、もし訪れる事があったら注意した方が良いわ。ご飯も美味しくないしね。ご飯と言えば市販の携帯食料。あれは栄養が偏っているから、町できちんとした食事を摂らないと体調を崩すわよ。冒険者は身体が資本だから――」

「ほ、ほー……?」

「そ、そうなんデスか……?」


 と、ウェンディのマシンガントークに、アリスターとノットは若干引いていた。

 多分、二人が聞きたかったのは華々しい冒険譚なのだろうが、まさか苦労話を聞かされるとは思わなかったのだろう。

 そういえば……『連れ』って事は、ゼラも冒険者なのだろうか。


「……お前も旅してるのか?」

「そうですとも。この剣でバッタバッタと魔物を倒します」

「へえ、それはすごいな」


 俺とそう変わらない歳だろうに旅をして、自分で稼いでいるのは、素直に称賛できる。


「ふっ、お坊ちゃんなシャーフは知らないでしょうが、私はレイン叙事詩の――」

「レイン叙事詩!? おま、知ってるのか!?」


 その名前がゼラの口から出た瞬間、俺は彼女の肩を掴んでいた。


「もしかして読者なのか!? いま何巻まで出てるか知ってる!? うちには三巻までしかないんだけど、もしかして続刊持ってたりする!?」

「…………顔が近いて」


 そう言われてハッとし、ゼラから手を離す。

 いかんいかん。同好の士が見つかったと思って、ついテンションが上がってしまった。


「ごめん……ああでも、ゼラはレイン王子に憧れてるんだな! かっこいいよなー! ファフニールとの戦いとかさー!」

「…………そうですね」


 俺が話を続けようとするも、ゼラは帽子のつばを下げ、顔を隠してしまった。

 ……あれ? もしかして、これって、俺一人だけテンション上がってて、かなり痛いヤツ?


「――と言うわけ。じゃあ、私は用事があるからこれで。ゼラ、行くわよ」


 ようやくウェンディの話も終わったらしく、呼ばれたゼラは早足で俺から離れて行った。ああ、もうちょっとレイン叙事詩について語りたかった……。


「じゃあアリスター君、ノット君、頑張ってね」

「はいっス……」

「現実は厳しいデスね……」


 アリスターとノットは、なんとも形容しがたい微妙な表情をしていた。

 この歳で、目の前に現実を叩き付けられるとは……後で甘いものでも買ってやろう……。


「それから――ごめんね」


 ウェンディは去り際に、振り返らずそう言った。

 何に対しての謝罪だ……? ああ、ゼラがかけた迷惑の事か。


「気にしないで下さい。ゼラ、もしまた会ったら、レイン叙事詩について語ろうな!」

「…………本当に、ごめんね」

「…………」


 ウェンディは消え入りそうな声で言い、ゼラは無言のままだった。

 二人は冒険者ギルドの中へ入って行き、すぐに人だかりに埋もれて、姿が見えなくなった。

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