いじめを止めよう
あれから五日経った。
俺は屋敷の食堂にて、三馬鹿の対策を考えていた。
数日間――同じ時間に同じ場所へ行くと、やはり三馬鹿は、赤髪の女の子をいじめていた。
その度に俺は、舎弟の様に振る舞い、赤髪の女の子から気を逸らさせ、逃す事に成功していたが――。
「いい加減、手を考えないと⋯⋯」
あのクソガキどもに媚びるのも、我慢の限界だった。
魔法で軽く痛めつけ、力の差を分からせる手もあるが、それをしてしまうとクリス氏やアンジェリカに迷惑がかかる可能性が高い。
世話になっている身からしたらそれは避けたいのだ。
「むむむ⋯⋯」
「あらあらシャーフ、悩んでいるならお姉ちゃんが相談に乗るわ?」
「ありがとう姉さん。でも大丈夫」
「そう⋯⋯?」
アンジェリカは少し残念そうな顔をする。
「⋯⋯そうだわ!」
しかし、急に表情を明るくすると、キッチンの方に走って行ってしまった。どうしたのかと俺が首を捻っていると、少ししてアンジェリカは戻ってきた。
その手には皿を、皿の上には皮を剥いた果物が載せられていた。
「雑貨屋さんがくださったの。東大陸産の果物みたいよ。美味しいものを食べれば、悩みなんて吹き飛ぶわ! ⋯⋯きっと」
アンジェリカは朗らかな笑みを浮かべて、俺に果物を差し出した。どこまでも出来た子だ。やっぱり、この子の顔を曇らせる様な手段は取れないな。
「ありがとう姉さん、一緒に食べましょう」
「ええ。じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
黄色の果肉は果汁が溢れており、甘ったるい香りがする。どこかで見た事あったかな、と口に運ぶと、蕩けるような舌触りと、芳醇な甘みが口の中に広がった。
「これ、桃だ⋯⋯」
「モモ、雑貨屋さんもそう仰っていたわ」
「懐かしいなあ⋯⋯もーもたろさん、ももたろさんっと」
懐かしい味に、ついつい日本にいた頃の民謡を口ずさむ。幼い頃なら誰でも見聞きした事があるだろう、桃太郎の歌だ。
そう言えば、クリス氏の書斎には絵本が無い。だけでなく、俺の部屋にも、アンジェリカの部屋にも絵本や児童書の様なものは見当たらない。
もしかしたら、この世界にはそういった文化が無いのかもしれない。
「モモタロサン?」
アンジェリカは桃を頬張りながら、俺が口にした名前を聞き返して来た。
「あー、えっと」
――そうだ。
「桃太郎っていうのは――」
気分転換も兼ねて、『桃太郎』の話を聞かせてみる事にした。絵本が無い文化の中で育ったこの子が、どんな反応をするのか気になったというのもある。
「姉さん。ちょっとお話を考えたんだけど⋯⋯」
「わあ、なあになあに?」
俺が考えたわけではなく、
「では。こほん⋯⋯むかーしむかし、あるところに――」
話の途中で『イヌってなあに?』とか『キジ? サル?』と聞かれたが、そういう名前の人ですと説明し、話を進めた。
「はー⋯⋯。シャーフはお話が上手なのねぇ⋯⋯」
話が終わると、アンジェリカは桃太郎のストーリーというよりも、俺の語り口について感心している様だった。
「話の内容はどうでした?」
「ううん、なんでモモから赤ちゃんが生まれるか、よく分からなかったわ。けど、聞いたことのないお話で、とっても新鮮だったわ! 他に面白いお話を思いついたらお姉ちゃんに聞かせてね?」
「⋯⋯はい!」
「ではお姉ちゃんはお洗濯をしてくるので! お夕飯の時までに考えておいてね!」
結構な無茶振りをする姉である。しかし、アンジェリカが笑顔になったなら良かった。
そして夕飯の際に『浦島太郎』を語って聞かせたが、アンジェリカの反応は――。
『なぜカメさんを助けたのに、そんな可哀想な目にあうのかしら⋯⋯』
――と、悲しそうな顔をした。優しい。そして、俺もそう思います。
***
さらに翌日。
太陽が真上に登る頃、俺はアンジェリカの目を掻い潜り、村まで来ていた。
相変わらず村民は俺に素っ気なく、挨拶すれば会釈ぐらいは返してくれるが、言葉は無い。
さて、今回の目当ては三馬鹿ではなく、赤髪の女の子である。
いじめ騒動を解決するには、彼女から話を聞き、現状を確認する必要があると踏んだ。
そして俺は、村の入り口にある石の門柱の影に姿を隠す。村の出入り口はここだけでは無いが、目標は必ずここを通る。
このウォートの村から隣町までは、毎朝、行商の定期便があるらしく、学校に行く子供達はそれに乗せてもらっているらしい。帰りは行商と時間が合わないため徒歩となるとも。
書斎で見た近辺の地図によると、片道2km程だ。子供の足なら、まあ余裕な距離だろう。
「⋯⋯来た!」
遠くの方から、赤髪の女の子が走ってくるのが見える。ウェーブがかった髪を揺らしながら、制服が乱れるのも御構い無しの全力疾走だ。時折後ろを振り向いているのは、三馬鹿が追ってきていないかの確認だろう。
「はっ⋯⋯はっ⋯⋯!」
荒い息遣いが聞こえる距離まで近づいてきたところで、俺は『あれ? 俺のこの五歳児の身体で、あの速度で走ってくる子を止めるのは無理じゃね?』と思い当たる。
ここは魔法に頼る事にしよう。
「⋯⋯よいしょ」
吹き飛ばないよう、出力を絞って向かい風を発生させると、赤髪の女の子はあからさまにスピードダウンした。
「なっ、えっ? なんでぇっ」
踏ん張りながら前に進もうとする。
目尻には涙まで浮かんでいる。そんなにあの三馬鹿が怖いのか。流石にかわいそうなので、俺は女の子の前に姿を現し、魔法の風を解除した。
「こんにちは、お姉さん」
「ひ、ひいぃっ!」
急に現れた俺に驚いたのか、女の子は悲鳴をあげて尻餅をついた。
スカートの尻に土がつく事など、気にもならない様子で、その状態のまま後退り、距離を開けようとする。
「待って待って! 話を――」
「や、やだぁっ!」
あー⋯⋯俺が三馬鹿とよく話してるから、仲間だと思われてるのかもな――。
⋯⋯心外だ!こっちはこの数日間、お前を逃す為に、売りたくもない媚を振りまいていたと言うのに!
「ちょっと待ってお姉さん! 待ってって⋯⋯ちょ、待てやコラ!」
追いかけても追いかけても、物凄い勢いで逃げるもので、全く距離が縮まらない。
というか、その俊足があれば、普段も三馬鹿から逃げられるんじゃないのか。
流石に村の外に出た事は無かったので、幾分か躊躇はあったが、捕まえて誤解を解かなくては。明日以降警戒されて、姿を見るだけで逃げられてしまっては話もできない。
「つーか、自分より年下の男子にビビるなよ⋯⋯」
俺は毒づきながら、女の子を追いかけた。
***
ようやく追いついた時には、村の近くにある林の中に来てしまっていた。
「ここは――」
辺りを見回し、この場所がどこかを知る。
同時に、この場所で追いつけた事は幸運だ、という事も。
「はっ⋯⋯ひぃ⋯⋯あふぅ」
女の子はスタミナ切れを起こしたのか、樹の根元に座り込んだ。
俺も久しぶりに全力疾走したもので、額には玉のような汗が浮いている。
「ひぃっ⋯⋯ひいぃ⋯⋯」
「大丈夫だよー怖くないよー、おいでチョビー」
「こ⋯⋯来ないでぇ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯ちっ」
まだ怖がり続ける女の子の姿を見て、こめかみ辺りの血管が切れるような感覚に陥る。人が善意で助けてやってたってのに、ここまで拒否されるとは。
「⋯⋯いい加減にしろよ」
「ぴぃっ!」
「そんなんだからあのデブと鉤鼻と眼鏡にいじめられるんだよ! ちょっとはやり返すぐらいの気概見せろァ!」
――後にして思えば、格付けが完了している状態のいじめられっ子に、かなり酷な事を言っていたものである。
俺が突然豹変した事に驚いたのか、女の子は『ひっ』と息を飲む。逃げる気力も失くしたらしく、へなへなと全身の力が抜けて行くのが見て取れた。
俺はずんずんと足を鳴らしながら女の子に近寄り、見下ろしながら言う。
「名前は」
「へ⋯⋯なに⋯⋯?」
「お前の名前を聞いてるんだよ! 俺はシャーフ・ケイスケイ!」
「ひええっ! パティ・スミスですう!」
赤髪の女の子はパティと名乗った。と言うか強制的に名乗らせた。チョビでは無かった。
服が汚れる事に少し躊躇したが、パティの目の前に腰を下ろす。
「⋯⋯で、お姉さん⋯⋯ああもういいや。パティは魔法が下手なのか?」
「い、いじめないで⋯⋯」
「いじめねーよ話を聞けよ! お前がいじめられないように必要な事なんだよ!」
パティはそこでようやく、俺が敵ではないと理解してくれたらしく、泣きそうな顔で『そ⋯⋯そうなの?』と聞いて来た。
「そうだよ。で、質問に答えて欲しいんだけど」
「うん⋯⋯下手、すごく」
「でも、先生に気に入られてるのか?」
「わかんない⋯⋯あたし、よく先生にわかんないとこ聞きに行くんだけど、それが、そう見えたの、かも⋯⋯」
だんだんと声が小さくなって行くパティ。膝を抱え、その間に顔を埋め、ダンゴムシの様に丸まってしまう。
ふーむ、実際に授業光景を見たわけじゃ無いからなんとも言えんが⋯⋯。まあ、俺が教師だったら、増長していじめまでしてる問題児よりも、出来ないながらも真面目な生徒の方に気をかけるな。
「で、何で魔法が下手くそなんだ?」
「うっ⋯⋯わかんない。けど先生は、あたしのマナリヤが小さいからかもって言ってた⋯⋯」
パティがおずおずと左手を差し出す。彼女のマナリヤは左手の甲にあり、髪と同じ赤色だった。
確かに随分小さい。俺のが直径5cmはあるのに対し、パティのは1cmほどしかない。
ちなみに、ここ数日で嫌という程見た、三馬鹿のは3cmほどだ。
「ふむふむ⋯⋯⋯⋯」
「えっ⋯⋯な、なに⋯⋯?」
女神ユノ曰く、この世界は魔法の優劣がそのまま権威に繋がる。それはすなわち、マナリヤが発達していないものは、下の地位に甘んじるしか無いという事。
クリス氏が、マナリヤのないアンジェリカを学校に行かせていないのも、そういった理由からかもしれない。
「まあ、それは今はいいか」
「はひ⋯⋯?」
「こっちの話。さて⋯⋯」
あの三馬鹿はこの世界のルールに法って、自分たちより魔法が下手なパティを格下認定している。
つまりパティが魔法を上手くなれれば、あの三馬鹿どもは黙る⋯⋯と言うのは甘い考えだ。ヒトは一度格下認定した相手は、とことん気に入らないものだ。
それは分別がつかない子供ならなおさら。いくらパティが魔法を上手く使えるようになろうが、三馬鹿の態度には大きな変化は無いだろう。
しかし、このままではなにも進展しないのも確か。まずは、パティと三馬鹿を同じ土俵に上がらせる必要があると見た。
「よしパティ、魔法を上手くなろう」
「え⋯⋯無理⋯⋯」
「無理ぃ?」
「ひっ。いじめないで⋯⋯」
「⋯⋯卑屈になるのは分かるが――」
何もしなけりゃ、いつかキャンプファイヤーになるのはお前なんだぞ⋯⋯と、いかんいかん、これ以上ビビらせないように、優しく語りかけよう。
「でもパティは、魔法を上手くなりたくないわけじゃないんだろ?」
「うまくなりたくないわけじゃないわけじゃ⋯⋯?」
「あー、出来ることなら、上手くなりたいだろ?」
「⋯⋯うん」
「なら、俺は役に立てると思うよ。ほら見てて⋯⋯そいっ」
近くの岩に向かって手を向け、火球を発射する。ソフトボールサイズの火球は狙い通りに着弾し、岩を砕いた。
「わっ、わあっ! すごい!」
初めて明るい表情を見せるパティ。よし、掴みはオーケーだ。
「どうだ、俺に教われば魔法が上手くなる。そうすれば、わざわざ先生に聞く必要も無くなる。そして、いじめもなくなる!」
「――――!」
かなり乱暴なロジックではあるが、パティは希望を見出したかの様な表情になった。
「君はきっと変われる。俺が保証する」
俺が立ち上がり手を差し伸べると、パティはおずおずとその手を取った。
「ほ⋯⋯本当に魔法が上手くなれるの?」
「ああ! だが、パティの努力次第でもあるぞ」
努力次第――これは、失敗した時に『お前の努力が足りなかったからだ』という保険をかけている訳ではなく、事実だ。
俺は魔法を覚えてから、そして三馬鹿に付き合い始めてから、ある事を確信していた。マナリヤは紛れもなく身体の一部であり、そして、肉体と同様に成長するという事だ。
「パティ、学校で魔法は一日にどれだけ使う?」
「えっと⋯⋯一、二回だけ⋯⋯他にも授業があるから⋯⋯」
「学校の外では使ってる?」
「ううん⋯⋯先生が、危ないから学校の外じゃ、あんまり使っちゃだめって⋯⋯」
すなわち、これが三馬鹿とパティの差だ。
学外でも魔法を乱発しているクソガキと、そうでないパティの差。
俺はアンジェリカに請われて結構な頻度で魔法を使うが、その度に段々とマナリヤの輝きが増していっている。
筋トレと同じ要領だ。個人差はあるだろうが、使えば使うほど、マナリヤは発達するのだ。
それはあの三馬鹿も同様で、ここ最近魔法の精度が上がっているのが、目に見えてわかった。
パティの手を握って立ち上がらせ、尻についた土を払ってやり、俺は言った。
「よし! じゃあ行くぞ」
「ひぃ⋯⋯ど、どこへ⋯⋯?」
「俺の家」
やる事は決まった。三馬鹿に感づかれないよう、パティの魔法訓練を行うのだ。幸い、屋敷は村から離れているし、雑貨屋さん以外来る事はない。
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