オーヴァードたちの横顔 ~Fragments of Big "N" ~

海野しぃる

第一話 蔵馬屋敏樹××白南風白蘭

 その日は支部長の無茶振りで1日が始まった。


「蔵馬屋くんさぁ。ちょっとおもしろい新人が入ってきたから、お話して君が感じたことを報告してくれよ。具体的に言うと仲間だと思えるかどうかの判断、大事なお仕事だね?」

「良いっすけど、俺馬鹿なんで高度な判断とかできませんよ?」


 髪こそ染めてないし、だてメガネで知性をアピールしているが、俺は愉快な元ヤン特攻野郎である。真っすぐ行ってぶん殴るか、肉壁になるくらいしか取り柄がない。


「違うんだなあ~、それで良いんだよ。むしろそれが良い」

「はぁ……?」

「今から教えるよ、その娘がどんな面白い奴なのか。君好みの美人だぜ? 実は君とも深い縁で繋がっているんだ」


 美人と! 俺が!?


「マジっすか! ぜひお近づきになりたいです! 美人と運命的に出会いたいです!」


 そんな経緯で俺が最初に白南風しらはえ白蘭びゃくらんに会った時、彼女はハナカマキリだった。

 文字通り、人間以上に大きいハナカマキリだった。

 光学的干渉エンジェルハイロウ能力エフェクトでごまかしているが、人の世に寄り添う者ヒューマンズネイバーとして自らの肉体を偽装しようとすらしない正真正銘の怪物。それが俺の彼女に対する第一印象だった。


「ハ、ハジメマシテ」

「あらあらうふふ、緊張なさってるんですね? 肩の力を抜いていただいて大丈夫ですよ」


 チキチキ。カマキリが口器を噛み合わせる音。

 俺が思う以上にこの展開の衝撃は大きかった。この時ほど、自らの動物的異能キュマイラの力を恨んだことはない。光学迷彩を無効にする野生の勘など、美女の前では不要だ。


「あー……」


 清楚な美女と差し向かいで座り、お茶を楽しむ。そんなの人生では数えるほどしか無いチャンスなのだが、俺の目の前に座っているのは何処からどう見てもハナカマキリだった。

 チキチキ。


「白南風さん、あんたカウンセラーなんだよな?」

「ええ、お話でしたらお聞きしますよ。支部長さんからあなたと面談するように言われていることですし」

「そっか。俺ぁ馬鹿だからちょっと分かんねえんだけどさぁ。あんた、なんで人を喰うんだ?」

「あらあら……直球ですね。支部長さんから聞いたのかしら?」


 少し困ったように笑い、白い髪の毛先をいじる。

 チキチキ。俺の頭上でハナカマキリの口器が鳴っている。


「おかしくねえか? 人を喰うのに人を守るってさあ」

「……そうでしょうか?」

「しかもUGNに協力してたら食えなくねえか?」


 チキチキという音が止む。


「食人を咎める雰囲気の無いあなたの口ぶりの方が、他者から奇妙に思われるのでは?」


 こちらがまっさきに核心を突いたのと同じように、核心を突かれた。


「……あー」


 言われてみればそれもそうなのだ。だが、人より巨大なハナカマキリが人を食っても、まあそういうもんだろうとしか思えなかった。

 だがそれ以外に、俺は白蘭さんを咎められない理由があった。

 

「水島和子って覚えてる?」

「私の患者さんですね。覚えてます」

「あの人、俺の従姉でさ。なんか最近元気になり始めたから、ちょっとホッとしてたんだ」


 白蘭さんは怪訝そうな表情を浮かべる。


「不可解です。私がのはご存知ですよね?」

「聞かされたよ。でも殺した訳じゃない。だから恨みなんて無いし、むしろ和子姉ちゃんを元気にしてくれてたことを感謝してる」


 俺は持ってきていた小さな小さな骨壺を彼女の前に置く。


「だから、俺が貰ってた分の遺骨を持ってきた。迷惑じゃなきゃ受け取ってくれよ。きっと和子姉ちゃんも喜ぶ。最後まで食べてくれた方がさ」

「……どうするかはさておき、預かっておきます」


 白蘭さんは小さな壺を受け取って、自らの傍に置く。

 それで少し救われたような気がした。


「結局、俺は間に合わねえんだよな」


 それで緊張感が解けたのか、ポツリと呟いていた。


「どういうことでしょう?」


 せっかくカウンセラーが目の前に居るのだから話しても良いかなと思えた。

 美女の後ろで祈るように鎌を組むハナカマキリ。そちらに向けて俺は話し始める。


「俺は強いんだ。超強い。めっちゃ力があるし、めっちゃ頑丈、ケンカじゃ負け無し」

「ええ、わかります。それにさっきからずっと……姿が見えていますよね? 鋭敏感覚などといった二次的能力イージーエフェクトの類でしょうか?」

「おう、見えるぜ。大きくて綺麗なカマキリだ。白蘭さんの言う通り、俺はイージーエフェクトも色々持ってるからな」

「私を見ても怯えないのですね」


 思わず笑ってしまう。

 

「俺を害することのできる奴なんて居ねえからな」

「自らの能力に自信があるから、何も怖くないと?」

「おう、どんな相手だろうが、一発貰ってからぶちのめせるぜ。旅をする魔獣、なんて呼ばれるキュマイラの能力知ってる?」

「旅行に適した形態に変化して、長距離移動を行うそうですね」

「俺、獣にならずに長距離移動できるんだよ。投げた柱に飛び乗って空を飛んだり、溶岩の上を走ったり、荒れる海を両断して渡ったり、腕力一つで何もかもねじ伏せることができる。すげーだろ」

「……一般のオーヴァードには不可能ですね」

「でも、俺は従姉を救えなかった。あんたみたいに、姉ちゃんを笑顔にすることなんてできなかった。そういう頭の良い方法が分かんねえんだよ……」


 白蘭さんはしばらく黙り込む。

 それから、カウンセラーの手本みたいな笑顔で話し始める。


「人間には、いいえ、全てのものに得手不得手があります。私は蔵馬屋さんが決して愚かだとも無力だとも思えません。蔵馬屋さんが圧倒的な力を持ちながら人を救えないと思うように、私も人を知りながら人の中で生きることに難しさを感じていますから」

「そういうもんなのかぁ?」

「ええ」

「だけどよぉ。俺なんて、自分で何をすればいいのかわからないんだぜ? 同じだなんて思えねえな」

「いえいえ、そもそも蔵馬屋さんだって選んでいるじゃないですか。この支部で、日馬支部長に力を貸すことで、誰かを救いたいと考えたのでは? 私もここで自分の持つ力を提供し、その見返りに人の中で生きる術を提供してもらっています」

「あー、難しいことは分かんねえけどよ。確かに、支部長の下なら俺の力が誰かを救う為に使えるかもって思ったわ。そういう意味では近いのか?」


 白蘭さんは頷く。


「それでしたら、十分でしょう。誰だって自分の力を上手く活かしたり、自分の思うように理想を追求できるわけじゃない。すくなくとも、あなたはあなた自身に不足していると思っている能力を、この支部の力で補って理想を目指しています」

「そういうもんなのか?」

「ええ、むしろ合理的です」

「ありがとよ、白蘭さん。やっぱカウンセラーってすげえな」

「お気持ちに整理がついたなら、幸いですねぇ~」


 思ったよりも良い人っぽいことが分かってしまった。

 いや、待て。そういや、人を食う理由について聞いてねえな。

 なんだろう。頭良い人ってはぐらかすから、核心を突かないといけないよな。

 となると……そうだな、うん。

 

「白蘭さん、もしかして人間好き?」


 俺は意を決して尋ねた。


「へぇ? 人間が好きかと聞かれると……相手によりますねぇ」


 少し困った顔。細かいところはわからないけど、そこまで大きく外していない気がする。


「相手による……か。うん、俺もそうだわ」

「人間、多かれ少なかれそういうものですよ」

「好き嫌いがある……ってこと?」


 白蘭さんは小さく首をかしげたまま、何も言わない。


「だったら――やっぱり姉ちゃんは幸せだったんだろうな」

「そういうものなのですか?」


 不思議と和子姉ちゃんが羨ましくて、白蘭さんが羨ましかった。

 ひどく美しくて、俺が入っちゃいけないような場所があるような気がした。


「白蘭さん、また会いに来ても良いか?」

「カウンセリングですか? 勿論何時でもどうぞ」

「違うよ。ダチになろうぜ。あんたとは仲良くなれそうだ」


 俺は右手を差し出す。


「そういう……ものなのでしょうか? お友達も歓迎ですよ。私もこの支部の一員として馴染むべきだと考えていました」

「そっか、ありがとな。白蘭さん」


 白蘭さんの右手の幻影と前足が重なって、俺の手に触れた。

 互いに、正真正銘の怪物ジャームに成り果てるまで。

 きっと俺たちはダチでいられる。

 怪物おれたちが人と生きるために、怪物おれたち怪物ジャームと殺し合わなければいけない。

 だから、少なくとも、怪物ジャームになるまでは、間違いなく俺たちは仲間だと思えた。


     *


【参考セッション】

『獣たちの饗宴に造花を添えて』

https://blog-imgs-127.fc2.com/d/n/g/dngmoyai/chatLog_flower_h.html


『ジャームハント』

http://pulpfunction.ohugi.com/dx3_tw/ncity_log/chatLog_germhunt0421_H.html

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