11:旅人と参謀王子の邂逅

 はじめに会ったときに暴力的だったロイド王子を思い出して納得した。


 びっくりしたけど、妙にしっくりきたよ。


 王族らしからぬ暴挙はロイド王子の素なんだな……


 しみじみと頷いていたらロイド王子がむっと眉を寄せた。


「心外だなぁ。俺が破壊魔みたいに言わないでよ。本来ならあんな無茶な戦い方できないんだから」


 右手を持ち上げて左手でトントンと叩いたのは闇色を纏うガントレット。


「このガントレット、魔道具なんだよ。着用者の身体能力を少しばかり跳ね上げる効果があるんだ。これがなかったら最初の一撃受け止めきれなかったし、あの巨体を投げ飛ばすなんてできっこないよ」


 ロイド王子の両手に装備されているそれをじっと見つめる。


 能力帯同特殊加工道具、通称魔道具。


 専門の加工技師の手によって作られる道具だ。


 その作り方は謎に包まれており、詳しく知る者はいない。


 ただひとつ確かなのは、加工技師は能力を所有しており、その能力を封じ込めているということ。


 込められた能力や道具の形状は様々で、炎を纏う剣や氷の盾、空を飛ぶ靴や幻覚を見せる眼鏡など多岐に渡る。ただし同じ物は世界に2つとない。


 そんな貴重品がそこらに普通に売られてる日用品と同じ価値な訳もなく、一般人じゃ到底手が出せないアホみたいな値段で売買されている。


 その値段ってのがすげぇんだよ。


 下手すりゃ小国の国家予算にも匹敵するんだよ。


 そんなだから魔道具を持ってる人間って大抵が王族とかの国家権力者なんだよ。


 だからロイド王子が魔道具を所持してても驚くことじゃない。


 しいて言うなら金持ち爆ぜろ!くらいか。



 武装タイプの魔道具ってわりと多いけど、ガントレットは初めて目にした。


 へぇ……所有者の身体能力を底上げするのか。これまた面白い魔道具やね。


「エリーの魔道具も興味深いけどねぇ」


 まじまじとガントレットを眺めているとロイド王子がぼそっと呟いた。その視線は私の口元と腰の辺りを行き交っている。


 あー違う違う。マスクも鞄も魔道具じゃないよ。


 手をひらひらと振って否定すると軽く目を見開いて驚きを露にするロイド王子。


「い、いや、流石にそれは信じられないって……」


 困惑を極めた表情でしどろもどろに言葉を放つ麗しの王子サマ。


 嘘じゃねぇぞ。


 私のトンデモ能力を完全封殺するマスクも、亜空間を閉じ込めたおかげで見た目より沢山収納できる、しかも重さを感じないショルダーバッグも、能力を持たない人間が試行錯誤して作り上げた超化学の代物だからな。


 能力を宿した魔道具とは根本的に異なるのさ。


 ロイド王子に説明しながら虎の解体を手早く済ませる。


 獲物横取りすんなって?しょうがないだろ。肉は鮮度が命なんだ。


 あとでちゃんと仕留めた分は渡すし問題ない。便利な運び屋とでも思ってくれ。


 荷物がないのに運び屋とはこれいかに。


 あ!よく考えりゃこの鞄さえあれば楽に運搬の仕事できるじゃん!


 ギルドの依頼って討伐や採取だけじゃなくそういった雑務もそれなりにあるからな。


 いつでもどこでも身軽に運搬します、さすらいの運び屋エリー・ケラー……旅人からジョブチェンジできそうなキャッチフレーズだな。するつもりは欠片もないが、仕事に困ったら臨時で運び屋になるのも悪くない。


 収納を終えて鞄を閉じながら一人頷いていると唐突に聞こえてきたため息。発生源は私の背後。


 振り返ってみればどこか疲れた顔のロイド王子が。


「今のご時世、能力を一切加味しない技術がどれほど凄いか……下手すれば魔道具より価値が高いのに、都合のいい便利道具扱いとは……」


 実際便利道具なんだからしゃーないじゃん。と開き直っていたら次の獲物が姿を表した。


 二階建ての建物くらいの大きさの鹿だ。


 思考を振り払い、ガントレットを打ち合わせて目の前の敵に意識を傾けるロイド王子を尻目に剣を抜いた。


 さぁ、肉狩りの続きといこうか。



――――――――――――――――



 ちょうど太陽が沈みかける時間。


 オレンジ色に染まった城内をロイド王子と二人並んで歩いていた。


 毎度の如く門で「何奴だ!」と武器を構えられたりとちょっとしたトラブルはあったものの概ね問題なく城内に入れた。


 尚、ロイド王子は門番に引っ掛かった私を見て笑いを堪えていた。笑ってねぇでどうにかしろ。


「あーあ、負けちゃったなぁ」


 口を尖らせて悔しげに溢す王子サマ。その顔は子供がゲームで負けたときのそれと同じだ。


 負けたってなんだよ。お前も同じくらい狩ってただろ。


「同じじゃない。三匹差で負けた」


 なんで正確に覚えてんだよ。


「常にエリーを注視してたから」


 え、ストーカー……いって!


 この怪力王子!無言でチョップしやかった!事実を言ったまでなのに……


 手を上げたの、初対面のときくらいだったのにな。数日ぶりだわ。逆になんでこの数日大人しかったのかしら。


 もしや一応仮にも自国の防波堤になってくれてるからって自重してんの?


 止めろ止めろ!丁重に扱われるのは慣れてねぇんだ!


 なんか、こう、心の奥がもにょもにょすんだよ!うすら寒いことすんじゃねぇ!


 別に心置きなく雑に接してほしいとかマゾヒスト趣味思考してる訳じゃないけど特別扱いされるより百倍マシだ!


「………へぇ」


 ぞくり。背筋に悪寒が走る。


 直後、肩をがっちり掴まれた。


 何故だろう。討伐が終わってからガントレットは外してるのに骨が砕けそうだ。


 ガントレットなくても魔物相手にできるんじゃね?


「じゃあ、遠慮なく」


 とってもイイ笑顔のロイド王子が至近距離にいた。



 ……アッ。眠れる獅子起こしちゃったかもしんない。



 余計なこと言わなきゃ良かったと少し、いやかなり後悔したがもう遅い。


 私の肩に手を回してがっちりホールドしながら逃がさねぇよ?と言わんばかりのスバラシイ笑顔を見せるロイド王子にされるがままに執務室へと連行された。


 この数日、見るからに怪しい風貌の私とロイド王子が並んで歩くことにはじめは奇異の目を向けられることも多かったがこの国の人は順能力が桁違いのようですぐにそれも消えて日常の一コマとして脳内処理されていた。


 だが今回ロイド王子が私の首に腕を回して引きずるように連れて行くという珍しい光景が繰り広げられたが故に再び珍妙なものを見る目で見られてしまった。


 給仕の人はプロなだけあって表情には出なかったが、人によっては隠すことなく嘲笑してきてちょっと腹立ったわ。


 全身黒ずくめの私を犯罪者か何かだと勘違いしてロイド王子が捕まえたとでも思ってるんだろうな。


 人を見た目で決めつけるんじゃありません!



 ロイド王子の執務室についたら解放してくれたから良かったものの、本気で殺す気かと思ったわ。


 こいつやっぱ怪力王子だ。誰だよ胡散臭いだけだとか言ったやつ。本当に人を見た目で判断しちゃいけないな。


 執務室にてロイド王子が討伐の報告書を纏めるのをボーッと眺める。


 今回はロイド王子も参戦したからわざわざ私が報告しなくてもあとは勝手に終わらせてくれる。形だけの報告すらないっつーね。


 なので私は本来いなくてもいいんだけど、狩った魔物を氷室に入れないといけないので待機してるのだ。


 王城内の一般人立ち入り禁止な場所なので王城に馴染みのある人と一緒に向かうしかないのである。


 ロイド王子以外に同行を頼める相手がいないのでこれは必然だ。


 一通り報告書を纏めたロイド王子はそれを持って席を立った。


「エリー、氷室の前に寄り道するけどいい?いいよね、どうせ暇でしょ」


 返事をするより早くさっさと歩いていくロイド王子。


 討伐行く前までも多少強引なとこはあったけど、さらに遠慮なくなってないか!?


「あれ?もしかして予定でも?」


 あるわけないよね、と副音声が耳に届いた。


 失礼な!予定ならあるぞ!地面に大の字に寝っ転がってグータラするという予定が!!


「ないね。そんじゃ行くよー」


 猫をひっつかむ要領で襟首をむんずと掴み、ずるずると強制連行された。解せぬぅ!



 幸いにもわりとすぐに首の圧迫感はなくなった。


 見た目と中身のギャップが激しい王子サマの背後で息を整えている間にコンコンとノック音を響かせてロイド王子が開けると、ロイド王子の執務室と同程度の控えめな装飾が施された部屋が視界に入る。


 目に優しい。誰に見栄張ってんだよってレベルで馬鹿みてぇに装飾が散りばめられて目がチカチカする客室とは大違いだ。


「お戻りでしたか、ロイド兄様。お怪我がないようで何よりです」


 幼さの残った低い声。


 遮蔽物になってるロイド王子の身体から少し顔を出して見てみると、この国の王族の証である金髪碧眼の少年がいた。


 机に堆く積み上がっている書類の山をテキパキ処理しながら入室してきたロイド王子に声をかけた。


「ただいまラルフ。俺が怪我するようなヘマする訳ないじゃん。はいコレ、報告書ー。叔父上に渡しておいて」


「またですか?ご自身で渡した方が後々楽ですよ。雀共が煩く鳴くでしょうし」


「はっ、今更。いずれ国を出ていく身としては痛くも痒くもないね」


「今日はロイド兄様も狩りに行ったのでしょう?何故ご自身の活躍を綴らないのですか」


「円滑にこの国と縁を切るためなら仕事のできないロクデナシ王子の烙印は甘んじて受け入れるよ」


 キリのいいところで手を止めてロイド王子に視線を向けた少年。


 目付きが鋭い。裏社会牛耳ってそう。


「……そうですか」


 うわーめっちゃ納得いかなそうな顔。お兄ちゃん思いの優しい子なのね。


 ロイド王子に向いていた視線がついっと私へと移動する。


「初めまして、ケラーさん。お噂は予々(かねがね)聞き及んでます。僕はフォルス帝国第三王子のラルフです」


 一度席を立ち、上流階級のお手本のような綺麗なお辞儀をして私を射抜く少年。



 丁寧に挨拶してくれてありがとよ。


 でも王族なら多少は愛想笑いした方が良いと思うぞ。



 内心彼の表情筋が心配になったのは致し方あるまい。



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