10:旅人とロイド王子の実力

「いやぁ、ほんっと久しぶりだよ。腕が鳴るなぁ」


 フォルス帝国寄りのルーテル平原にて。


 私の隣を陣取ってるロイド王子を恨みがましく見上げる。

 もうここまで来ちゃったんだからこんな顔してもすっごい今更だって分かってるんだけどね。

 でもこうなる経緯を思い返したら、そら半眼にもなりますわ。



『俺も一緒に魔物狩りに行きたいな』



 ちょっとそこまで買い物に行こうよ、的なノリでされたふざけたお願いは当然却下。

 だがこの性悪王子、思いの外しつこかった。


 却下されても堪えた様子はなく、むしろそんなもの聞いてねぇぜと都合よくスルーしてにこやかに私のあとをついてきたんだよ。


『今日も高ランクの魔物用意させておくから、何体討伐できるか競争しようよ』


『ラルフは空間系の能力が使えるんだー。あ、ラルフってのは第3王子、俺の弟ね。制御が難しいみたいで時々変な場所に魔物が現れたり出現させる魔物のランクを間違えたりしちゃうけど、大目に見てやってよ』


『エリーの武器はその剣だけ?すごいなぁ。俺剣の才能からっきしだから羨ましい』


 矢継ぎ早に話題を振って自己主張する男。

 結局折れたのは私だった。


 まぁよくよく考えてみれば、戦えないやつが自分から死にに行くなんてあり得ないし。

 ましてやこいつは一国の王子サマ。仮に無茶しても護衛が死ぬ気で守らにゃならん立場の人間だ。今も隠密が何人か張ってるしね。

 戦えないなら何としても周りが抑えるはず。

 それがないってことは戦う術がある証拠。一見丸腰にしか見えないけど。


 うん、大丈夫だ。

 いざってときは守ってやればいいだけだ。うん。


「なんか投げやりな言い方だなぁ。そんなに俺が嫌い?」


 一人で勝手にうんうん頷いてたらちょっぴり拗ねた声で問われ、思わず王子サマをきょとんと見つめた。


 この数日何度も顔合わせてるせいで大分見慣れた麗しいご尊顔は珍しくおもちゃを取り上げられた子供のような顔に。

 だがそれを視界に捉えたのは一瞬で、すぐに苦笑を溢した。


「あー……なるほど。俺がっていうより、王族や貴族が嫌いなのか。思い返してみれば、城に来た貴族を遠目に見てすっごい嫌そうな顔してたよねぇ」


 誤魔化すようにがしがしと頭を掻く。


 ロイド王子の言ったことは図星だ。

 私は権力を持つ人間に良い感情がない。

 このキラキラ王子サマに冷たく当たってるのもそれが理由だったりする。



 フォルス帝国の王サマがいない今、王族と縁戚の公爵サマが国の実権を握っている。


 本来なら第1王子がその役を担うはずが第1王子も王サマに同行してるためそれは不可能。

 なら第2王子であるロイド氏が国を指揮するのが筋だろうが、どうやらショボい能力を有してることが問題らしく、王サマの実弟である公爵サマが王サマに代わって国を纏めることとなった。

 ロイド氏によれば第3王子は大変優秀な子らしいが、王サマが外遊に行ってる間の短い期間だけとはいえ国を先導するにはあまりにも若く、選ばれなかったと。

 第2王子を差し置いて末っ子が国を纏めるのも色々問題があるからどっちにしろその役は回ってこなかったらしいが。


 そして重要なのがここからだ。


 王サマに代わり玉座に着いている公爵サマが今この国で一番権力を持っている。

 じゃあその次に誰の権力が強いかって言えば、第2王子ことロイド・フォルスだ。つまりこの国で今2番目に権力を持ってるんだよ私の隣を歩く御仁は。


 権力が強いやつほど信用できない。私の能力を知った他国のお偉いさん方がしてきたことを思えば余計に。

 ロイド王子はそんなバカな連中とは違うっぽいけど、油断は大敵だ。


 少しずつ距離を取る私にロイド王子が眉尻を下げてなんとも言えない表情で何かを言おうとして口を閉じる。

 そして諦めた風にため息を吐き、多分今言おうとしたのとは違う話題を引っ張り出した。


「魔物、全然いないね。ホワイトシープもリーフビットもスカイウルフもいないなんて……」


 周囲をぐるりと見渡して訝しげに首を捻るロイド王子の言葉にピクッと肩が揺れる。


 さっきまでの剣呑とした空気はどこへやら。冷や汗がたらりと流れる。

 そんな私を隣にいたロイド王子が見逃すはずもなく、目を光らせて毎度お馴染みの読心能力で暴露した。


「……狩り尽くした?」


 そろーりと目を逸らす。


 いやだってしょうがないじゃん。帝国から離れる訳にもいかんし、でもすっごい暇だったし。

 暇潰しに運動がてら魔物狩ってたらいつの間にか魔物が激減してたっていうね。


 国にとっては良い結果なんだろうけど、他の冒険者にとっちゃいい迷惑だよね。稼ぎたいのに肝心の討伐対象がいないんだから。


 あーつまり、その、やりすぎましたスンマセン。


 ちょい反省の色を見せてる私にロイド王子はあっけらかんと言い放った。


「まぁ確かに結構な数狩ってたもんね。根こそぎいなくなってても不思議じゃないか。元々この平原魔物少ないし」


 あ、あれ?怒ってないの?

 冒険者の仕事奪っちゃったんだよ?


「まぁ、ラルフに頼めば概ね解決するからねぇ。ホワイトシープとかの低級魔物ならそうそう間違いも起こらないし、そんな大したことじゃないよ」


 他の人の仕事を奪ってしまった罪悪感が浮上するも、ロイド王子のあっけらかんとした返事にその感情は霧散した。なんだ、杞憂だったか。


 ……あれでも待てよ。

 国に旨い肉提供するためとはいえ私が倒すための高ランク魔物をわざわざ用意してもらって、更に私が狩りすぎた平原の魔物も補充してもらい、その上王子サマなんだから当然公務もある。


 それを全て一人で……

 働かせすぎだろオイ。

 労働基準法よ帰ってこい。


「そろそろかな」


 宝探しのようにルーテル平原を歩き回っていた私達。実際は宝じゃなくて魔物だけど。


 だがロイド王子が突如足を止める。

 そしてグッドタイミングで目の前に虎の魔物が出現した。


 出現する場所もタイミングもバッチシって。息ぴったりな兄弟やね。

 弟君、能力の制御が難しいんじゃなかったっけ?

 兄弟ゆえの阿吽の呼吸かい?すげぇな。


「今回は俺もいるから魔物も2倍になるだろうなぁ」


 ロイド王子がぼそっと呟いた直後、まるでその言葉を待ってましたとばかりに流れるように出現する2匹目の虎の魔物。


 正式名称はヴェルタイガー。

 ちなみに先日の蛇の魔物はリッチスネークという。金持ちの蛇さんかい?生意気な。


 つか魔物の名前なんてなくてもいいじゃん。蛇は蛇、虎は虎。正式名称が長いんだって。なんで魔物に名前をつけるのかね?

 カワイイペットに名付ける親の心境なのかい?え、引く。


「グルルル……グォォ!」


 全長4メートル越えの虎の魔物2匹のうち片方が襲いかかってきた。


 涎きったねぇなーなんて思いながら剣の柄に指先が触れたところで王子サマが一歩、前に出た。


「エリーばっかり良いカッコさせらんないって」


 思わず止めようと伸ばしかけた手は空を切った。


 急接近してきた虎の魔物。

 襲いくる太い爪。


 それを避けようともせず……

 あろうことか全身で受け止めたではないか。



 知らず知らずのうちに口をぱかっと開けている私はマスクで口を覆っていなかったら確実にアホ面だったろう。

 その前にマスクがなかったら「は?」と間抜けな声が口をついて出ただろう。


 いやだって……え??

 虎の魔物のパワーどんだけあると思ってんの?

 人より大きな岩を軽々とぶち壊す腕力だぞ?

 それを王子サマが受け止めた?


 妙な色気を放ち、女を虜にする笑みを絶やさない大国の王子サマが、大岩をも破壊できる虎の魔物の一撃を受け止めた……?


 そこまで考えてフリーズしてしまったのは致し方ないと言えよう。

 だが私が思考停止してる間にも時間は進む訳で。


 そこからはもうロイド王子の独壇場だった。


 虎の一撃を受け止めた直後、己の胴体よりも太い腕を両手でぐりんっと捻ったロイド王子。そこで初めてロイド王子の両手に装備されているそれに気付いた。


 あれは……ガントレット?


 ローブも含め全体的に私と真逆の白い服装に黒々としたガントレットが異彩を放っている。びっくりするほど似合わない。


 想像してみな?軽く微笑んだだけでそんじょそこらの女をノックアウトする甘いマスクの優男が、いかにも何かヤバイの背負ってます的なオーラを放つ闇の色彩のガントレットを両手に装備してる姿を。

 似合わないだろ、絶望的に。


 丸腰だ丸腰だと思ってたけど、まさかガントレットが武器とは……



 ボキンッと骨が折れる音が耳に届き、腕を捻られた虎は「ギャンッ」悲鳴を上げた。

 そして虎の腕を掴んだまま大きく身体を振りかぶり、もう1匹の虎に向けて投げた。

 投げられた虎も巻き込まれた虎も状況を飲み込めず共倒れ。

 そこにロイド王子が追撃する。


 ファイティングポーズでにじり寄り、重い拳を沈め、トドメとばかりに額に跳び膝蹴り。

 これでまずは1匹。


 ようやく起き上がってきたもう片方の虎は遅ればせながら攻撃されたということを認識し、ロイド王子に怒り心頭で突進する。


 ロイド王子はそれを軽々かわした。


 腕を振りかぶられても、爪で攻撃されても、噛み付かれそうになっても、まるで海の中をスイスイ自由に泳ぐ魚のように余裕でかわす。


 そして再度噛み付こうとした虎の首に猛獣調教師さながらひょいっと跨がり、180度首をねじ曲げて絶命させた。


 どぉっと2匹目の虎が倒れたことで地響きが鳴る。

 そして訪れる一瞬の静寂。


 それを破ったのはこの状況を作り出した張本人。


「あー、やっぱ身体鈍ってるなぁ。投げたときに一気に仕留めるつもりだったのに。ま、準備運動くらいにはなったかな?」


 ふわりといつもの甘い笑みを浮かべる王子サマ。

 その表情はつい今しがた虎を投げたり蹴ったり殴ったりしたやつとは思えない。


「ヴェルタイガーの肉はソーセージに加工すると旨いんだっけ?楽しみだなぁ。また料理人達に教えてやってよ、絶対喜ぶから」


 なんとも呑気な口調でたった今起こった出来事が始めからなかったかのように平然と話しかけてくるロイド王子には悪いけど反応できない。



 どこの世界に拳で敵を黙らせる怪力王子がいるんだよ!





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