ネバーランド産納豆

エリー.ファー

ネバーランド産納豆

 食べ放題だというから来たのに。

 そういう食べ放題だと聞いていたから来たのに。

 好きなのだ。

 納豆が。

 納豆以上のものが好きなことはない。

 納豆が世界で一番好きなのだ。

 これは間違いがない。

 自分の人生で最も多く食べたものは納豆だろう。次点で空気であると思う。それくらい納豆が好きだ。自分の人生を彩ってきたのは、母親でも、恋人でも、ましてや友達などではない。納豆である。

 あの、伸びる糸。

 それらがすべてを物語っているのである。

 私は。

 私はそのために、この水戸に来たのだ。

 納豆食べ放題、当然、その下のご飯も食べ放題。納豆にかけるタレ。そして薬味は入れ放題。

 納豆好きにとってはこれ以上ないほどの納豆を食べるための環境が整っている。

「今日の食べ放題納豆は、ネバーランド産のみとなっております。」

 最悪だ。

 正直、いろんな種類の納豆を食べられるということが、この食べ放題の最も重要視されるべきことだろう。しかし、それが満たされていない。しかも、一種類で。

 それが。

「ネバーランド産納豆ってなんですか。」

「ネバーランド産納豆ですが。」

「そうですか。」

「そうですよ。」

 なんだ。

 ネバーランド産って。

 まず、全く持って、納豆の色をしていない。赤茶色ではなく、茶色、でもない。

 百歩譲って黒でもない。

 青色をしている。

「着色しているんですか。」

「していませんよ。安心してください。」

 着色してくれていた方がどれだけ嬉しかったことか。

「保存料は。」

「そうですね、味が変わらない程度には。」

 そっちは入れるのか。

 美味しい納豆であればいい。それは事実だ。しかし私は決して食べられないものを口の中に入れるほど納豆を愛している訳ではない。そして、もっと言うのであればこれが納豆ではない可能性を考える必要がある。

 だって。

 青なのである。

「これは、納豆なんですよね。」

「どう思いますか。」

「いや、納豆なんですよね。」

「お客様の判断を第一に考える当店でございますので。」

「つまり、これは納豆ではない、と。」

「納豆のことを嫌いにならないであげてくれませんか。」

「嫌いにはなっていません。」

「またまた。」

「何がですか。」

「そんなこと言っちゃってー。怒ってる、実は怒ってる。でしょ。でしょお。」

「ふざけないでください。」

「なにがだよっ、客だと思っていい気になりやがってっ。」

 やべぇ、店員だった。

 私はとりあえずネバーランド産の納豆をご飯の上に乗せると、そのまま逃げる様に自分の席へと戻った。色は相変わらずだったが、ご飯と接している部分だけは何故か紫色になっている。

 おそらく熱によって色が変わるのだろう。

 これを食べるのか。

 結構な金額を払っているのだ。

 さすがに、食べずに帰るわけにはいかない。

「ネバーランド産ってなんだろう。」

 とりあえず、携帯電話で調べてみると、ピーターパンが住んでいる島らしい。そこには財宝と海賊と子供たちがおり、日夜楽しく戦いが繰り広げられているそうだ。人間の子供たちも連れてきてもらえることがあるそうだが、それは稀らしい。

 私は少なくともそんな経験はなかったし、やはりネバーランド産の納豆に興味は湧かなかった。

 隣には老夫婦が座っていたはずだが、今や姿形もない。

 よく見ると、二脚の椅子の上にそれぞれ、複眼のトカゲと透明な液体があった。

 私はそのまま帰宅することにした。

 ポケットにネバーランド産の納豆を忍ばせる。

 夫の食事に混ぜてみるとしよう。

 最近、仕事が忙しいと愚痴ばかりこぼすもので。

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