明るく前向きなエリノア

      ワシントン州 香澄の病室 二〇一五年八月二七日 午後六時四五分

 フローラのさりげない心配りによって、今までどこか不安の色を隠せなかった香澄とエリノアの顔にも、次第に自然な笑顔が戻ってきた。しかしここはあくまでも病室であることに変わりはないため、声のボリュームを意識しながら世間話を続ける香澄たち。

「フローラ、一つお願いしてもいいですか?」

「出来る限りのことはしてあげるつもりだけど……エリー、何かしら?」

「この次フローラたちがお見舞いに来てくれた時で構わないんですけど、私と香澄へ数冊ほど心理学に関する本を持ってきてくれませんか? 途中でカウンセリングや治療があるとはいえ、入院中は暇を持て余すと思います。その時間がもったいないので、香澄と一緒に心理学のお勉強がしたい――と思いまして」


 入院中何もしないのはもったいないと意識したのか、何も予定がない時間を心理学の勉強に費やしたい――香澄とエリノアはそう考えているようだ。

「私はこの遅れたニ年間を少しでも取り戻し、そしてフローラの助手として少しでも役に立ちたいです」

 香澄は大学院生として心理学の知識をさらに深め、フローラの助手になりたいと思っているようだ。一方のエリノアも、

「そして私のゼミの担当がフローラなので、クラスで講義した内容を毎週教えてください。そしてフローラと一緒なら、頑張れそうな気がするんです」

退院後の具体的なイメージが出来ているようだ。お互いに目標こそ若干異なるものの、フローラの元でもっと色んなことを学びたいと考えている。


 そんな二人の意気込みを知ったフローラは目頭が熱くなりながらも、なぜかその視線を香澄とエリノアに向けようとはしない。むしろその視線はどこか寂しげで、哀愁さえ感じられるほど悲しげな表情にも見えた。

「……え、えぇ。分かったわ。今度お見舞いに来た時に、二人分の本を持ってきてあげるわね。ちなみに香澄、エリー。あなたたちの方で読んでみたい心理学の本があれば、今のうちに言ってちょうだい」


 フローラにそう問われるものの、心理学の本のタイトルまで考えていなかった香澄とエリノア。この時二人は“フローラにお任せします”と笑顔でつぶやいたので、フローラはそれに応じるかのように数回ほどゆっくりとうなずいてくれた。

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