四本の矢を一つに束ねて

ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後三時四五分

 フローラやケビンの説得に続き、自分の非を認めた上でのエリノアによる問いかけの数々が、これまで閉ざしていたジェニファーの心に一点の乱れが生じる。そしてそれがジェニファーの心のさらしを緩めるきっかけになったのか、これまで閉ざされていた彼女の口から真実が語られるのだった。

「こ、怖かったんです。香澄のことが……」

“香澄が怖い”という言葉をジェニファーの口から聞くとは思っていなかっただけに、フローラたちは戸惑いのあまり自分の耳を疑う。その理由を問いかけると、ジェニファーから驚きの真相が明かされる。

「この間の夜中に私とメグを見つめていた時の香澄の瞳、まるでのように冷たかった。そしてこのことを他言したら香澄に……ぼ、を振るわれると思ったの。ほ、本当は私もフローラたちに相談したかったけど……」

 

 涙ながらに訴えかけていることから、本当はジェニファーも今回の一件について誰かに相談したかったと思われる。だが目覚めようとしているもう一人の香澄の人格に怯えていたためか、今日まで自分の気持ちを押し殺していたようだ。

 その悲しい事実を知ったフローラは、ジェニファーのことを思うたびに胸が苦しくなってしまう。それは横で話をじっと聞いていたエリノアも同じ気持ちだろう。

「……こ、このままだと私たちが知る香澄が遠くへ行ってしまうわ。い、今さらこんなこと言える立場ではないけど……お願い、香澄を助けて。このままだといずれ……か、わ。あ、あの時のトムのように!」


 今まで押し殺していた自分の気持ちをすべて語ることで安堵したのか、両手で顔を隠しながらも大粒の涙がジェニファーの白い頬を紅く染める。ジェニファーもまた被害者の一人であることを改めて知ったフローラは、泣き崩れる彼女の体をそっと抱きしめる。そして取り乱すジェニファーの耳元で、

「……ど、どこまで力になれるか分からないけど、私も出来るだけ頑張ってみるわ。香澄のためにも……あなたのためにも……」

自分の決心をそっとつぶやくフローラ。

 それを聞いたジェニファーは何も返さず泣き続けているが、心なしかフローラの問いかけに答えている――一度は失いかけた心が再び一つになりつつある、そんな気がした。


 なお教員室にいるフローラたちが一致団結することを誓った上で、彼女たちはワシントン大学周辺の香澄が行きそうな場所を一通り探すことになった。だが周辺にはいくつか香澄が訪れそうな場所があったため、フローラたちはおのおのが彼女の行方を探すことになった。


        『香澄が行きそうな場所とその担当者について』


一 トムが眠るレイクビュー墓地については、エリノアとジェニファーの二人が行く。香澄の心理を考慮すると、彼女はサンフィールド一家が眠るお墓に挨拶へ行く可能性が高い。


二 グリーンレイクやシアトル水族館などの場所については、ケビンが一人で行く。車で移動する予定なので、効率よく香澄を探すことが出来る。


三 香澄がワシントン大学へ戻ってくる可能性を考慮して、フローラが構内へ残る。そこでフローラは香澄がよく利用していたスザロ図書館をはじめ、彼女が大学構内で行きそうな場所を中心に行方を捜す。


四 香澄が自分の部屋の身辺整理をしていたことから、彼女が再度自分の家に戻るとは考えにくい――部屋の状況や日記の内容からそうプロファイリングしたフローラは、香澄が自宅に戻ることはないだろうと判断した。


五 午後五時〇〇分になっても香澄が見つからなかった場合には、フローラの教員室へ集合する。そこで再度打ち合わせを行い、その後香澄の捜索を再開する。

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