恐怖への支配と心の弱さ

ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後三時三〇分

 エリノアがジェニファーから渡された『香澄の日記』を読みあげることによって、一同は香澄の隠された真意を知る。そのほとんどはすでに把握されているものだが、一つだけ例外がある――それは香澄がを発症しているという事実だ。


 とっさに真相を確かめようと思い、フローラはジェニファーの側へ歩み寄る。普段は穏やかな笑みを浮かべるフローラでさえも、この時ばかりはどこか険しい表情をしている。

「ジェニー、お願いだから正直に教えて――どうして香澄が夢遊病を発症していたという大切なことを、今まで黙っていたの!? あなたもしくはメグがもっと早くこのことを教えてくれれば、こんな結果にならなかったもしれないのよ!?」

 出来るだけジェニファーを落ち着かせようと思ったのか、可能な限り落ち着いた口調で優しく問いかけるフローラ。それでも何かの恐怖に支配されているのか、ジェニファーは何も答えることはなかった。

 なお詳しい事情を知る必要があると思ったケビンは、教員室の中からマーガレットのスマホへ電話している。質問内容はフローラとまったく同じで、後にジェニファーの回答と内容を照らし合わせる予定なのだろう。


 そんな静寂に包まれていた空気を変えたのは、エリノアの何気ない一言だった。

「……おそらくジェニーはもっと早く本当のことを言いたかった、誰かに相談したかったのだと思います。だけどそれは香澄がその……心を病んでいると正式に認めてしまうことになります。ジェニーにとって香澄は大好きなお友達だからこそ、みんなに伝えることが出来なかった……と私は思います」


 エリノアはまるでジェニファーの心の内を代弁するかのように、自分が思う赤裸々な気持ちを語り続ける。だがその内容は非常に重苦しいものでもあり、瞳に涙の膜を浮かべながらもエリノアの説得は続く。

「今さら私がこんなことを言う資格はないのだけど――ジェニー、みんなで力を合わせて香澄を助けよう。そして一人で悩み苦しむのは……もう止めましょう。フローラとケビンのおかげで、私はやっとを認めることが出来た――だから今度は私たちが香澄を助けないと!」


 今回の一件について加害者でありながら、被害者でもあるエリノア。現実を受け止めることが出来ない香澄の心を、意味一番よく理解しているのもエリノアなのかもしれない。そんなエリノアだからこそ、今度は自分が香澄を助けるという強い責任を感じているのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る