【エリノア編】(後編)

悪夢の予感

 ワシントン州 ワシントン大学(教員室) 二〇一五年八月二四日 午後一時四五分

 ケビンとフローラの説得のおかげで、ようやく心の重荷を払うことが出来たエリノア。ほんの一時間前までは憎しみに満ちたエリノアの瞳も、今では母親に甘える少女のような優しいまなざしをしている。

「エリー、しばらくつらくて寂しい生活が続くと思うけど……本当に大丈夫?」

「うん、私はもう大丈夫。フローラや香澄……そしてトムのためにも治療を受けるわ」

「そうね、それがいいわ――ねぇ、エリー。今夜は久々に私の家に遊びに来ない? そこで私、エリーの好きなものを作るわ。今のうちに食べたいものを考えておいてね」

「本当に!? だったら私、フローラの得意料理を食べたいな」


 フランスで両親を亡くしてからというものの、長い間自分以外の人の手料理を口にしていないエリノア。心の安らぎを見つけたエリノアにとって、フローラの手料理は何よりものご馳走なのだろう。

 そしてフローラへ無邪気に甘えている今のエリノアこそ、彼女自身が持つ本来の姿なのかもしれない。そんな二人の間には仲睦まじい親子のような、どこか不思議で温かい雰囲気に包まれていた。


 夢心地な空気にふと酔いしれるエリノアとフローラ。だがそこへテーブルの上に置いてあったフローラのスマホの着信音が鳴り響く。最初はフローラが電話に出ようとしたのだが、

「……あっ、僕が電話に出るから大丈夫だよ」

気を利かしたケビンが左手で合図を送りながらも、彼女の変わりにスマホを手にする。


 二人の空気を乱したくないと思ったのか、スマホを手にしながら教員室の外へ出るケビン。だがケビンが聞いた言葉とは、まさに耳を疑うような内容だった。

「……それは本当かい、ジェニー!? カスミがというのは、何かの間違いじゃないのかい!?」

「間違いなんかじゃありません! さっきから何度も香澄のスマホに連絡していますけど、一向につながらないんです。それに香澄は『日記』を残していたみたいなんですけど、その内容があまりにも恐ろしくて……」


 ようやくすべての問題が片付く――とケビンが安堵するのもつかの間、すぐに再び強い喪失感を味わうことになった。しかも失踪ということは、香澄の問題はエリノアよりも深刻化していることを意味している。

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