【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

一つの決意を胸に秘めて

                一一章


         【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

    ワシントン州 香澄の部屋 二〇一五年八月二四日 午前一〇時〇〇分

 マーガレットとジェニファーの二人がふとした偶然から、香澄の秘密を知ってしまった日から約一〇日後――自宅療養を続けている香澄は、毎日の習慣として続けている日記を書き終えたところ。いつもは日記を書き終えるとどこか清々しい顔をしているのだが、今日の彼女はどこか無理をしているようにも見える。

『これでいいのよ、これで……』

 表紙に『Kasumi’s Diary』 と書かれた日記の最後のページにしおりを挟み、香澄はそれを自分の胸にそっと当てる。そして軽く深呼吸した後、日記を静かに机の真ん中に置く。


 その後も香澄は取り乱した様子を見せることなく、お気に入りの夏用の衣類に着替えはじめる。どうやらどこかへ外出するようだが、いつもの香澄とはどこか様子が異なっている――その表情はどこか寂しそうで、どこか遠くを眺めているような気がした。

「……私がアメリカに来てから、もうすぐ一〇年も経つのね。時が経つのって、本当に早いわね」

と出かけるための準備を整えながら、独り言をつぶやく香澄。その表情はいつになく明るく、窓辺に差し込む日の光が香澄の美しさをより一層引き立てている。


 外出する準備を終えた香澄はそのまま一階の洗面所へ向かい、いつものように髪をかしている。髪を梳き終えた香澄はそのままリビングへと向かい、ソファーに座ると同時に、彼女が愛用する手帳からある写真を取り出した。

「八月二四日――確か今日は“クリスマス公演に向けた、大切なオーディションの日”って、メグが言っていたわね」

 軽くため息を吐きながらも、香澄はオーディションに緊張しているであろうマーガレットへエールを送った。香澄が言うように、マーガレットはベナロヤ劇団主宰によるオーディションへ参加するため、カリフォルニア州の州都サクラメントにいる。

「メグ。今日はあなたにとって、とても重要な日になるわ。でもいつも明るく前向きに頑張ってきたあなたなら、きっと合格出来ると私は信じている。だからあなたは自分の夢に向かって、一生懸命頑張って……


 その後も香澄はリビングに飾られているジェニファーをはじめ、ケビンとフローラ、そしてトーマスの写真を順番に手に取るその顔はとても穏やかだった――その時の香澄の表情は、かつてトーマスが自分の母ソフィー・サンフィールドの面影と見間違えるほど、魅力的で優しい顔をしていた。

 なおこの時ジェニファーは夕食に使用する予定の食材を購入するために、近隣のスーパーで買い物をしている。同時に最寄りの書店へ立ち寄ると香澄へ言っていたので、ジェニファーの帰りはおそらくお昼過ぎだと思われる。そしてケビンとフローラの二人はワシントン大学で書類整理をしているため、いつものことながらこの時間帯は自宅にいない。


 リビングに飾られているマーガレットたちの写真を数分ほど見つめる香澄――その瞳の奥に映っている光景は、はたしてどんな色をしているのだろうか?


 写真を元の場所に戻すと同時に、これまで沈みかけていた香澄の表情もなぜか明るくなる。そして何かの迷いが吹っ切れたかのように、香澄はソファーに置いていた外出用のバッグを肩にかけながら、ゆっくりと立ち上がる。

 リビングを見渡しているそのまなざしは、どこか悲しくてはかなく――そして今にも泣き崩れそうなほど繊細な瞳だった。

「みんな、私ばかり迷惑をかけてごめんなさい。でも安心して――あなたたちに迷惑をかけることも、これでだから」

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