ジェニファーの考察

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年八月一五日 午前二時二〇分

 台所近くで野生動物が冷蔵庫のフルーツを食べていると思われる状況下の中で、一人見張りをしているジェニファー。数分程前にマーガレットが動物を追い払うための道具を探しにリビングから離れたため、一人で見張りすることにジェニファーは不安を覚える。

『マギー、遅いな。早く戻ってこないかな……』


 通常はこのような事態になった場合の対処法として、すぐに「九一一」へ連絡して警察の指示を仰ぐケースが多い。だがとっさのことで気が動転してしまったためか、自分たちで解決しようという結果になってしまう。……これもアメリカ人特有における、正義感の強さが関係しているのか?


 そんな正義感が働いたのか、何かマーガレットのお手伝いをしようと思ったジェニファーは、勇気を振り絞り台所へ辺りの様子を伺うことにした。リビングは真っ暗で何も見えないが、うっすらではあるが周辺の様子を確認出来る。

 長い間暗闇の中にいたためかジェニファーの目も次第に慣れていき、少しずつではあるが動物の正体が見えてきた。ぼんやりではあるが、そこにいるのはかなり大型の動物のようだ。最初はアライグマやリスなどの動物を予想していただけに、想像以上の体格に驚きを隠せないジェニファー。

『う、嘘……想像以上にじゃない!? 私はリスやネズミみたいな小動物を想像していたのに……』


 二〇代前半のアメリカ人女性にしては小柄な体型のジェニファーにとって、大柄な体格の動物を相手にするにはさすがに不利な状況。簡単な状況確認は終えたので、少し後ろに下がりマーガレットが戻ってくるのを待とうと思ったジェニファー。万が一に備え椅子カバーを両手に抱えているが、大柄な動物相手だとその威嚇効果も薄くなる。

 しかしさらに動物の姿を注意深く観察してみると、ジェニファーの瞳に映っていた暗闇のシルエットの正体もより鮮明になる。数メートルほど離れていたため顔ははっきりと見えなかったものの、フルーツを食い荒らす動物の特徴をより詳しく識別出来るようになった。その考察は以下の通り。


    『ジェニファーの考察による、謎の動物の正体について』


一 遠くからその姿を確認した限りだと、冷蔵庫のフルーツを一心不乱になって食べているように見える――お腹を空かせているのかしら?

二 リスやネズミのような小動物ではなく、かなり大柄な体格をしている。背中を丸めているようにも見えるから、人間に見えなくもない――犯人はの?

三 人間であると仮定した場合、その後ろ姿から犯人はロングヘアの可能性が高い。その証拠として、色までははっきりしないが後ろ髪が背中の真ん中くらいにまで伸びている。また泥棒に多い怪しい雰囲気・威圧感などもなく、どこかおしとやかなようにも見えたのは気のせいかしら?

四 周囲を警戒するもしくは殺気立っているかに思えたが、以外にも犯人は靴を履いておらず姿勢を正してフルーツを食べている。そのため犯人はで育った可能性がある。


『……大体こんなところかしら? 香澄みたいに上手く出来たか自信はないけど』

 自分が密かに憧れている香澄の見よう見まねで、ジェニファーなりに現状を考察する。香澄はただ頭が良いというだけではなく、友達思いの優しい女性でもある。マーガレットほど人付き合いが得意なタイプではないものの、ジェニファーにとって香澄は憧れの存在でもある。

 一方の香澄も臨床心理士のフローラを心から尊敬しており、彼女の笑顔を絶やさない上品な仕草に憧れることも多々ある。そしてフローラに憧れる香澄についても、同じような理由からジェニファーが尊敬の念を抱いている。

 お互いに尊敬の念を抱いていると言っても、彼女たちは堅苦しい関係にあるわけではない。立場や歳こそ異なれど、まるで昔からの知り合いのように気さくに接することが多い。こうしたちょっとした気遣いも、彼女たちが固い友情で結ばれている要因の一つでもある。


 暗闇に浮かぶ謎の人影は一心不乱になってフルーツを食べているためか、背中から一メートルほど後ろにジェニファーが近付いても一向に気付く気配はない。……それはまるで無我夢中になってジクソーパズルやルービックキューブを組み立て遊ぶ、無邪気な子どものようだ。

 ジェニファーが考察を続けていると、ようやくマーガレットが戻ってきた。マーガレットの右手には暴漢対策用と思われる催涙スプレー、そして左手には小型のLED懐中電灯が握られている。

「遅くなってごめんなさい、ジェン。さぁ、行きましょう」


 そこには自らの手で犯人を捕まえようとする、勇ましいマーガレットの姿があった。そんなマーガレットの姿に違和感を覚えたジェニファーに対し、

「……私と同じベナロヤ劇団で働く女の子がね、以前暴漢に襲われそうになったことがあったの。それで自分の身は自分で守るという意味で、“護身用に催涙スプレーを持っている”って私に教えてくれたの――いくら銃社会のアメリカとはいえ、舞台女優が銃を携帯するわけにもいかないでしょう?」

淡々と自分が催涙スプレーを持っている理由を淡々と説明する。

「まぁ、言いたいことは分かるけど……」 

理由を聞いたジェニファーはその場ではとりあえず納得するものの、心の奥底では今一つマーガレットの言っていることに賛同出来なかった。

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