トーマスへの想い

   ワシントン州 エリノアの自宅 二〇一五年八月一〇日 午前一〇時三〇分

 台所でコップを洗い終えたエリノアはそのまま自分の部屋へと向かい、軽く疲労したその体ごとベッドに倒れこむ。両手で枕を抱きかかえながらも、顔をしっかりとうずめている。

『一人暮らし……か。本当だったら今頃、私はトムたちと一緒に暮らしているはずなのに……』


 エリノアがフランスからアメリカに留学して、もうすぐ一年が経とうとしている。エリノアのように留学するケースだと、住まい探しも重要な課題の一つ。一般的な選択肢として、留学生同士のルームシェアや知り合いの家に住むホームステイを利用するケースが多い。

 当時のエリノアはフランスでの旅行中に出会ったサンフィールド夫妻と、ホームステイの約束をしていた。事前に連絡先や住所なども教えてくれたことに加えて、エリノアは彼らの個人情報を入念に調べた。


 そこでサンフィールド夫妻が有数のお金持ちであることだけでなく、エリノアはパソコンを使い彼らがアメリカ国内において有名人であることを知る。また旅行後の数ヶ月間も彼らと連絡を取り合っていたので、アメリカ留学での住まいについては何の心配もしていなかった。


 次にサンフィールド家と連絡を取るのは自分がアメリカ留学への決まった時にしようと、エリノアは心に決めていた。だがその思惑が裏目に出てしまい、エリノアは彼らと連絡が取れなくなってしまう。

 また当時のエリノアには、仮にサンフィールド夫妻の自宅へホームステイ出来なくとも、留学生同士のルームシェアを申し込むことは可能だった。だが何らかの事情で、突然連絡が取れなくなった彼らを探そうと決意したエリノアは、あえてルームシェアの申し出を断り、一人暮らしすることを決意する。


 そしてアメリカでの生活が少し落ち着いたところで、数週間ほど前にエリノアは親友の香澄たちへ一緒に彼らを探して欲しいと相談する。だが香澄たちから返ってきた答えは、サンフィールド夫妻はすでにしているという非情な現実。そして一人息子のトーマス・サンフィールドはしてしまったという、さらに残酷な結末を迎えてしまう。

 エリノアが香澄たちから詳しい話を聞くと、どうやら彼女たちは教育実習の一環として、当時心の居場所を無くしたトーマスの心のケアを数年間行っていたことを知る。だが香澄たちの努力もむなしく、結局トーマスは亡き両親の元へ旅立ってしまった。

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