第653話 令和3年2月17日(水)「ダンス部の1年生」

「昨日のアレ、スゴかったよね!」


「見た見た! チョーヤバいって感じだね!」


 いつも通りの休み時間。

 テレビの話題で盛り上がる同じグループの友だちの会話にアタシは加わらなかった。


「タカは見なかったの? マジ最高だったのに」


「あー、昨日はちょっとね」とアタシが言うと、友人たちは「絶対後悔するよ」だとか「もったいないよ」だとか言いつつその素晴らしさを熱く語り始めた。


 いまはそんな話を聞く気分じゃない。

 そう思うものの、アタシは熱心に聞く振りをする。

 ここで空気を読まない態度を取れば、あとで何を言われるか分かったものではないからだ。


 ようやくこの話題が一段落した。

 そのタイミングで「ダンス部のLINE、来てたけど……」とアタシは口を開く。

 その瞬間、気まずい空気が流れた。

 クラスのこの友人グループはダンス部繋がりではあるが、普段はほとんど部活の話はしない。

 用事があって欠席する時に連絡を頼む時くらいだ。


 みんな最初は活躍を夢見て入部した。

 アタシたちの中学生生活は一斉休校により2ヶ月遅れでスタートした。

 外出の制限だとか、感染症対策だとか、不安とストレスの中で一歩を踏み出したが、大きな転機となったのが生徒会が行ったイベントだ。

 あの時に見たダンスの躍動感は最高だった。

 灰色だった世界が色を取り戻したように感じられた。


 その時にアタシたちもダンス部に入ろうと盛り上がったメンバーがいまのこのグループだ。

 当時はみんなやる気に満ちていた。

 ダンス部は運動部系だが、できたばかりだからか上下関係は緩く居心地が良かった。

 練習は週4日だけだし、土曜日以外は時間も短めで休憩も多い。

 これなら続けていけると思った。

 そして、アタシもすぐに華やかなダンスが踊れるようになると信じていた。


 だが、現実は甘くない。

 練習はキツくないが、自主練をするように言われた。

 これが超めんどくさい。

 家の中で身体を動かすと親から睨まれるので、いちいち外へ行く必要があった。

 しかも見たいテレビ番組があったり、友だちとLINEをしたりしていると自主練をする時間がなくなってしまう。

 面倒だという気持ちからついついサボりがちになり、するとますます自主練をしなくなった。

 当然、1年生部員の間で上手くなる子と下手なままの子が出て来る。

 自分が悪いと分かっていても、上達しなければダンス部に居づらさを感じるようになる。


 しかし、簡単に辞められない事情もあった。

 ダンス部の部員というだけでクラスでは一目置かれている。

 友だちもダンス部繋がりが多い。

 辞めてしまうとクラスの底辺まで落ちてしまう恐怖を感じた。


 それにダンス部では下手でもクラスのほかの女子よりは踊れたので運動会の創作ダンスでは活躍できた。

 アタシと同じような立場の子が部内に多くいたことも心強かった。

 お荷物だと分かっていてもイベントには出してもらえたし、このままダンス部を続けていくものだと漠然と考えていた。


 クラスの同じグループのメンバーの現状は様々だ。

 Aチーム入りを目指して頑張っている子もいれば、アタシ同様ろくに自主練をしていない子もいる。

 だから、普段は部活の話題は避けていた。

 それでもアタシがこの話を持ち出したのは昨日知らされた内容に衝撃を受けたからだ。

 そこには今後のイベントにはAチームやBチームの上位メンバーだけで臨むと記されていた。

 つまり、アタシは切り捨てられたのだ。


「仕方ないんじゃない」と言ったのは真面目に自主練に取り組んでいるお下げ髪の子だ。


「でもさ、あたしたちがいない時に決めなくても……」とアタシは不満を口にする。


「いたって何も言えないじゃん」と指摘され、「それはそうだけど……」と口籠もった。


奏颯そよぎは反対みたいな感じだった。代が替われば見直されるかもしれないよ」


 そう言って慰めてくれるが、部長が交替するのは半年くらい先のことだろう。

 それまで目標もなく、だらだらと続けていくべきか。

 ほとんど消えかけていたダンスへの情熱がかき消えたような気がした。


「タカが辞めるんなら、あたしも……」とBチームの最下層に位置するアタシの同類が不安と期待の入り交じった声を出した。


 ひとりで辞めるのは不安だが、アタシと一緒ならという思惑だろう。

 気持ちは分かる。

 1年女子はダンス部に入っている子が多く、どのクラスでも大きな顔をしている主流派という感じだ。

 今回の件で一斉に大人数が辞めればいいが、数人程度だと女子の社会のなかでは居場所を失う。

 もうすぐ2年生になるのでクラス替えだが、どのクラスにも数人はダンス部の部員がいる状態は変わらないだろう。


「奏颯は退部者が増えることを警戒して、いろいろ考えるって言っていたよ」と教えてくれたのはマネージャーに転向した友だちだ。


 彼女によると、Cチームには活躍の場を与えることを検討しているらしい。

 Cチームを同好会としてダンス部から切り離し、前座のような形でイベントには参加できるようにしたいそうだ。

 これまで脱落者ようなイメージがあって、アタシはCチーム行きを拒んでいた。

 Cチームに行けば自主練をしろというプレッシャーからは解放されるが、部内の序列からは外れてしまう。


 ダンス部の中だけを考えると、Cチームに行くくらいなら辞めた方がマシだと思う。

 一方で学校生活を考えると、ダンス部を辞めたら茨の道だと思う。


 アタシが考えに沈むと、いままで黙っていた子がポツリと言った。

 普段は眼鏡を掛け、おとなしい感じの友人だ。

 彼女はアタシたちのグループでいちばんダンスの実力が高く、部活の時はコンタクトなので印象が変わる。


「正直、わたしは辞めてもらった方がありがたいな。ライバルは少ないほどいいもの」


 アタシはその発言にカチンとしながらも「ライバルって……」と口を開く。

 アタシと彼女ではかなりの実力差があるからだ。


可馨クゥシンや奏颯は別にして、ほかは実力の差なんてあってないようなものだもの。ちょっとコツをつかんだだけでAチーム入りを果たした子もいるしね」


 彼女の説明では、自主練をするかどうかで100と0と考えがちだが、実際はダンス部の正規の練習をしっかりしていれば80と60くらいの差になるのではないかということだった。

 効率的な自主練ができている部員はごく少数で、彼女自身試行錯誤を繰り返しているそうだ。


「可馨のように子どもの頃から身体の動かし方をマスターしているならともかく、半年や1年程度の自主練の差は大きくないんじゃない」


「あたしでもAチームに入れる?」と尋ねたのはさっきあたしも辞めると言った奴だ。


 眼鏡越しにチラッと視線を送り、「この前、先輩から褒められたって言っていたよね。Bの上の方まではすぐ行けるでしょ」と言ってお下げの友人に同意を求めた。

 その子も「Bの上位までは少し頑張れば行けると思う」と肯定した。

 そして、「そこからが大変なんだけどね」と溜息を吐く。


 アタシは自主練をろくにしていないのでチーム分けのオーディションは最初から諦めていた。

 ほかの部員の演技も自分では無理と思いながら眺めていただけだ。

 しかし、Aチーム入りを目指す彼女たちの目には見えているものが違うようだ。


「3年生の先輩たちは平均レベルが高かったけど、いまは90点くらいの人が4、5人いるだけで、境界線上の80点くらいの人ばかりだよ。オーディションに慣れている分2年生がAチーム入りしているけど、ほとんど差はない感じ」


「いまはワンミスで決まるよね」


「全体的に伸び悩んでいるのかな。あまり問題にされていないけど、わたしはそこがいまのダンス部の課題だと思う」


 ふたりの普段とは異なる姿に驚きを感じる。

 アタシよりも遥かにダンスに向き合ってきたのだろう。

 そのふたりに尋ねていいものか躊躇いながらアタシは声を絞り出す。


「アタシはどう?」と。


 ふたりは顔を見合わせる。

 やがて、「タカはずっとサボっていて」と苦笑を浮かべた。

 もうひとりも「いまのままでいいよ」と笑う。


「なんだよ、それ」と言ったアタシの顔にも笑みが零れていた。

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