第636話 令和3年1月31日(日)「告白」島田琥珀

 ……はぁ。


 昨日から気がつくと溜息を零している。

 どうしてこんな風になってしまったのか。

 それは土曜のお昼に届いた1本の電話からだった。


『藤花ちゃんが女の子から告白されたんだよ』


『へぇー、そうなんや』


『良いの?』


『良いのって、うちとは関係あらへんやん』


『月曜日に返事をするみたいだけど、彼女前向きって感じだったよ。本当に良いの?』


 電話の相手である原田さんの声を聞いていたら気持ちがザワザワと波打った。

 黒松さんとは自称お見合いパーティー以来会えば挨拶を交わす程度の間柄だ。

 もの凄く可愛い子ではあるが、特別な感情なんてある訳がなかった。

 本当にそう思っていたはずなのに……。


 わたしが返答に困っていると、『よく考えてみて。このままで良いのかどうか』とわたしを気遣うように原田さんは言った。

 そもそもわたしが求めていたのは親友であって恋人ではない。

 だから、黒松さんが誰とつき合おうが影響はない……とは言えへんな。

 あとになって親友になりたいと言い出したら相手の子は良い気はしないだろう。


 原田さんは『わたしが教えたとバラしていいから藤花ちゃんと話してみたら』とまで言ってくれた。

 どうしてお節介を焼くのか尋ねると、『手芸部部長として、赤い糸を繋いだらアフターケアをするのは当然だよ』と誇らしげに答えた。

 とても彼女らしい。

 もし原田さんがフリーであれば親友の席を求めて手を挙げていただろう。


 そのあと、あかりからもメッセージが来ていたが、アホな内容だったためがっくりきた。

 男子部員の待遇については真剣に考えなければならないが、つき合う振りなんてあってはならないだろう。

 あかりはほのかとつき合っているのに、その辺りの機微に疎い。

 ほのかの苦労が偲ばれるというものだ。


 それはともかく、原田さんとの電話のあとから黒松さんのことが頭から離れなくなった。

 意識し出すと平常心ではいられなくなる。

 黒松さんはその容姿とおとなしい性格から男子に人気がある。

 その代わり女子の間での評判はあまり良くない。

 1年の時に女子の輪に入ることを避けていたのが原因だろう。

 いまは原田さんが守っているので陰口が彼女の耳に届くことはほとんどないようだ。


 もう1月も終わりで、2年生も残り2ヶ月となる。

 クラス替えのことが頭をよぎる季節だ。

 原田さんの庇護がなくなる可能性が高いと当然彼女も気づいているだろう。


 ……わたしだったら彼女を守ってあげられる。


 告白したのは普通の子だとしか原田さんからは聞いていない。

 それが真実なら、わたしの方が相応しいと思う。

 原田さんが連絡してきたのもその点を考慮してかもしれない。


 そんなことを考えているうちに1日が過ぎ、タイムリミットがジリジリと近づいていた。

 上の空で過ごした塾から帰ったわたしはとりあえず連絡だけはしてみようと思った。

 電話を掛けていいかメッセージを送る。

 ただそれだけのことなのにドキドキした。

 送ったばかりなのに返信を待ちわびて何度もスマホを確認する。


 ……まるで告白しようと思とるみたいやん。


 10分ほど経って彼女から返事が来た。

 決して遅い返信ではないのにとても長く掛かったように感じる。

 夜なら大丈夫だそうで、時間が指定されていた。


 今度はその時間が待ち遠しくてたまらなくなる。

 時計の針の進みが遅く感じ、1分おきくらいに時刻をチェックしてしまう。

 何を食べたか覚えていない夕食を終え、急いで入浴を済ませスマホを握り締めてその時を待つ。


『こんばんは、琥珀やけど』


 声が裏返った。

 恥ずかしさに頬が火照る。

 それに、島田と名乗るべきやった。

 言い直した方が良いだろうか。


『こんばんは』


 黒松さんの穏やかな声を聞いてスーッと気持ちが落ち着くのを感じた。

 彼女の持つ優しさや知的さはわたしの周囲にはないものだ。

 彼女から漂う品の良さは習い事で知り合った私立中学に通う子に近いものがある。


『ごめんな、時間取らせてしもうて。宿題とか大丈夫?』


『うん。気にしないで』


 何を話すかまったく考えていなかったわたしは、まずはとりとめのない雑談を始めた。

 彼女は良い聞き手で、習い事やダンス部のことなどを調子に乗って喋りまくった。


『後輩に関西出身の子がおるんよ。うちは両親が関西出身やけど生まれも育ちもこっちやから、その子の前ではムチャクチャ緊張するんよ』


 黒松さんは楽しそうに『そうなんだ』と相づちを打ってくれる。

 自分のことばかり話すのは良くないと思い、わたしは彼女に話を振る。


『黒松さんもずっとここなん?』


『わたしは生まれたのは東京なの』


『そうなんや。上品そうなんは東京生まれやからか』と笑うと『そんなことないよ』と彼女は謙遜した。


『いつ引っ越したん?』


『6年くらい前かな……』


『小学校に入ってからやと大変やったんやない?』


 しばしの沈黙のあと、『妹が生まれてすぐにお母さんが死んじゃって、こっちにお祖母ちゃんがいるから引っ越したの』とそれまでと同じ声音で彼女は話した。

 わたしは予想外の話を聞き反射的に『ごめん』と謝る。


『ううん。気にしないで』


 彼女の声はどこまでも優しいが、それでも気にしないでいるのは難しい。

 雑談の中で不用意な発言がなかったか焦って振り返る。

 その間の沈黙にも気まずい思いをしてしまう。


『ごめんなさい。こんな話をしてしまって』と今度は彼女が謝った。


『そんなことない。黒松さんが謝ることやない!』


 そうだ、彼女は悪くない。

 わたしがうまく対応できなかったのが原因だ。


『うちは……、原田さんから告白のことを聞いて、でも、どうしていいか分からへんくて、いまもどうしたいのか分からへんのやけど、なんかもうちょっとちゃんと友だちになりたいって言うか……』


 わたしらしくない支離滅裂な言葉が口から飛び出た。

 友だちになることなんて簡単だと思っていたのに、ただの友だちではなくそこからほんの少し踏み込んだ友だちになることがこんなに難しいなんて思ってもみなかった。

 たぶんいままでの友だちの多くは知り合いレベルで、本当の友だちだと言える相手は少なかったのかもしれない。


『わたしも朱雀ちゃんには守られてばかりで、もっと対等な関係の友だちを作らなくちゃと思っているの』


 そう語った黒松さんは一歩前に踏み出したいと思いを込めてわたしに告げた。

 明日告白した子の意見を聞きつつ今後のことを考えたいと話す彼女はそれまでの弱々しいイメージを払拭しているようだった。


 ……彼女を守るなんておこがましかったな。


 習い事が多かったせいか、わたしはほかの子よりも早熟だったと思う。

 周りが子どもっぽく見えて、上から目線になりがちだった。

 しかし、ダンス部の同学年の子らもそうだけど、みんなぐんぐん成長する。

 ボーッとしていたらあっという間に追い抜かされてしまうほどに。


 ……友だちと切磋琢磨することが大切なんやろね。


『好きというのとは違うかもしれへんけど、うちには黒松さんが必要やと思うんよ』


 わたしはいまの嘘偽りない気持ちを打ち明けた。

 それを彼女が受け入れてくれるかどうかは分からない。

 いつもどこかに逃げ道を用意していたので、こんなに不安な気持ちになったのは初めてだ。

 それでも言ったことに後悔はない。

 たとえ振られたとしても、この経験はわたしの糧になると思うから。




††††† 登場人物紹介 †††††


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。他人に頼られることには慣れているが頼ることは滅多にない。


原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。自分の信じる道を突き進むタイプ。間違っていたらちーちゃん(幼なじみの鳥居千種)が修正してくれるから大丈夫。


黒松藤花・・・中学2年生。妹の前では良い姉を演じているが、学校では自分の居場所がなくて苦労していた。いまは朱雀ちゃんたちのお蔭で快適な学校生活を過ごしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る