第622話 令和3年1月17日(日)「共通テスト」日々木華菜

「これが共通テストか……」


 ゆえの溜息交じりの呟きにわたしは「ひえぇぇぇーって感じだね」と大げさにおののいて見せた。

 今日はわたしの家に集まって久しぶりの勉強会を開いている。

 当初はオンラインでする予定だった。

 だが、アケミの参加が決まり、急遽わたしの家で行うことになったのだ。

 高校1年生の頃はこの4人でよく勉強会をした。

 元は夏休みの大量の宿題をやるために集まったのが仲良くなるきっかけだった。


 2年生になりクラスが分かれ、いろいろあって顔を合わせる機会が減った。

 いまのクラスにも友だちはいるが、このメンバーはちょっと特別だ。

 クラスでは別のグループに属するゆえは人脈作りが趣味というかなり変わった女子高生だ。

 同中おなちゅう出身で、わたしの親友と呼べる存在でもある。

 ハツミは帰国子女で、大人びた美女。

 周りとつるんだりせずに自分の意見をしっかり持っている。

 アケミは妹思いの真面目な優等生だった。

 不幸が重なり辛い時期もあったが、ようやくそれを乗り越えたように見える。

 バラバラな面々なのにどこか気が合った。


 昨年末にようやく4人で集まる機会を持つことができた。

 しかし、喜び勇んで出掛けたわたしの元にお母さんが倒れたという連絡が入った。

 今日はそのリベンジのような気持ちでもあった。


 勉強会は可恋ちゃんから聞いた感染症対策を徹底している。

 狭いわたしの部屋ではなく居間を使用し、扇風機を使って換気もバッチリだ。

 手作りのお菓子を振る舞うのが恒例だったが、今回は手土産にすることにした。

 それ以外にも大げさと言える対策を取ったが、ほかの3人は嫌な顔を見せずに協力してくれた。


「ハツミは余裕だな」とゆえが指摘すると、ハツミは謙遜せずに「英会話を頑張っているからね」と自信を見せる。


 帰国子女なのに英語が苦手でコンプレックスを抱いていた1年半前とは大違いだ。

 それだけしっかり勉強に取り組んでいるのだろう。


 今日は昨日から始まった大学入学共通テストに挑むことが目的だった。

 わたしたちはまだ高校2年生なので習っていないことも多い。

 ただ英語に関しては力を入れている高校なので授業の進度も速く解ける問題も多かった。


「リーディングはなんとかなったけど、リスニングは不安になっちゃうね」


 わたしが感想を述べると、ハツミを除いたふたりが頷く。

 スマホで問題文を流しながら解いたが、満足に聞き取れたとは言えなかった。


「予備校だけじゃなくて英会話も必要っぽいかなあ」とゆえが頭をかく。


 ハツミはオンラインを使ったマンツーマンの英会話を利用している。

 ゆえは以前から関心を示していたもののやっていなかった。

 わたしも「甘く見ていたかも……」と反省の弁を口にする。

 センター試験の時と比べても難易度が上がっているともっぱらの噂だ。

 なんとかなると考えていたがもっと真剣に取り組むべきだろう。

 お母さんからオンラインでの英会話の勉強を勧められたことがあったのに、その時は忙しいからと断ってしまった。

 まだまだ時間はあると思っていたが、もう残りは1年だ。


 一方、リーディングにも課題はあった。

 それを示したのはアケミだった。


「リーディングは時間が足りないよね。考えていたら全部解くなんて無理みたい」


 今日は時間制限なしで解いたが、本番は80分しかない。

 わたしは2時間近く掛かってしまった。

 問題数に比べて読むべき分量が非常に多い。


「サッと要点を読み取れってことなんだろうけど、読解力を養うよりテクニックを磨くのが正解っぽいよな」とゆえが手厳しく批判する。


「甘味料の問題は得意分野だったから自信があったけど、本番だと時間切れだったよ……」


 最後の問題は甘味料がテーマとなっていた。

 わたしは栄養学などの勉強もしているので馴染みの名前が出て来てニヤニヤしながら解いた。

 一方、ゆえは「専門用語が多くて読むのを途中で止めたわ」と顔をしかめている。


「リーディングの問題文、UKばっかりで笑っちゃうよね」とハツミはひとりだけ別のところが気になったようだった。


 採点の結果、リーディング、リスニングともにハツミは4人の中でトップの成績だ。

 リーディングは僅差の2位にアケミがつけた。

 彼女は大学進学を諦め勉強に手がつかない時期もあった。

 最近は少し吹っ切れたようで、すぐに勉強の遅れを取り戻した。

 いつでも大学には入り直せるという言葉は心に響かなかったけれど、勉強のやり方を身につけているのだから何か一芸をマスターしてみたらというアドバイスが腑に落ちたのだそうだ。

 いまはそれを探しているところらしいが、彼女ならきっと自分なりの武器を身につけられるだろう。


「アメリカの大学に留学はしたいな」


 一段落したところでハツミが夢を語る。

 コロナの問題がなければ入学を検討したかもしれないと彼女は言った。


「わたしは世界中を歩き回りたい」


 夢の大きさを自慢しあうようにゆえが対抗する。

 ハツミは「私はアメリカの東海岸か西海岸だけで十分だから、ほかはゆえが見てきてね」と張り合おうとはしなかった。


「早く収束して欲しいね……」


 ふたりの夢を妨げる新型コロナウイルスの収束をわたしは願う。

 すでにこのウイルスはアケミの夢を奪った。

 命だけでなく人々の夢や希望も失われているのだ。


「たぶん」とアケミが口を開く。


「元の世界には戻れないと思う」


 経済的理由で大学進学を諦めざるをえなかった彼女の言葉は重い。

 たとえ収束したとしても喪われたものは返っては来ない。

 そして、この脅威がどの程度収束するのかも未知数だ。

 ワクチンや特効薬が効果を発揮したとしても、完全に元通りの日常となるかどうかは分からない。


「それでもさ、生きていれば楽しいことはあるんじゃないか」とゆえは前向きだ。


「そうよね。……私たちはひとりじゃないから」とハツミが応じると、すかさずゆえが「さすが帰国子女! よくそんなクサいセリフが言えるな」と引っかき回す。


 ムッとするハツミに「ゆえは照れているだけだよ」とわたしがフォローを入れる。

 ゆえは照れていないと反論するが、アケミに「照れているんじゃなくて、感動で泣きそうなのよね?」と言われ絶句してしまった。


「いまは料理を作って振る舞うことさえ難しい。でも、みんなが笑顔で食事をする光景が戻って来るとわたしは信じているの。いつか、きっと、必ず……」


 わたしの夢もこのウイルスに奪われるかもしれない。

 栄養士はともかく調理師になるという夢には逆風が吹いている。

 それでも未来を信じて、いまできることを頑張るしかない。

 それが生きるということなのだろう。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校2年生。料理は趣味が高じてプロを目指すようになった。その腕は玄人はだし。調理師か栄養士を目指している。


野上ゆえ・・・高校2年生。”自由人”と呼ぶ父親の影響を受け、人脈作りを趣味としたり、見聞を広めたいと考えたりしている。


久保初美・・・高校2年生。帰国子女だが英語は苦手だった。ゆえたちと知り合う中で真剣に英語に取り組むようになり苦手を克服した。


矢野朱美・・・高校2年生。新型コロナウイルスの影響で家庭の収入が減り、妹の教育費のことも考え大学進学を諦めた。不登校になりかけたこともあったがゆえたちの助力で乗り越えた。

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