第558話 令和2年11月14日(土)「部長の仕事」辻あかり

「やっぱり難しすぎるんじゃない?」


「目標なんだからこれくらい目指さないと」


 来週期末テストがあるから部活は休みだ。

 そこで、ほのかとあたしの家で勉強をすることになった。

 だが、ふたりでいるとつい話題はダンス部のことになってしまう。


「ほのかならできるだろうけど、部長のあたしができなかったら恥ずかしいじゃない」


「その時はちゃんと手取り足取り教えてあげるわよ」


 ファッションショーで華麗なダンスを披露したひかり先輩に頼んで、参考にしたいからと動画を撮らせてもらった。

 その中でずば抜けて格好いいシーン、それを部員全員に完コピさせようとほのかが言い出したのだ。

 それも自主練用の課題にしたいそうだ。


「私はこういう動画を見てダンスを覚えたの。でも、ほとんどの部員は直接教わっているから動画から学ぼうとしないのよ」


 正面から映っている動画を見て、左右を混乱させずに踊るのは意外と難しい。

 部活中だと手本の人の背後からある程度動きをつかみ、それから細かな点を修正していく。

 確かにそんな覚え方ばかりしていたら、動画から覚えるのに苦手意識を持つかもしれない。

 実際、あたしがそうだ。

 そうした状況にほのかが危機感を抱いている。


「でも、いきなりこんな難しい動画から始めなくてもいいんじゃない?」


「簡単なものじゃ身が入らないでしょ」とほのかは言うがそうだろうか。


 こういう時には第三者の意見を聞きたいところだが、もうひとりの副部長である琥珀はこの時間塾に行っているはずだ。

 ほかの2年生部員は言われたことはきちんとやってくれるが自分から意見を出してくれない。

 文化祭前ほのかと藤谷さんの間にいざこざが起きた時に分かったように、2年生部員の多くはあたしに対して消極的支持といったところだ。

 部長という面倒事を引き受けたから認めるが、自分たちに迷惑を掛けるなくらいに思っているのだろう。


「この件は琥珀にも意見を聞いてから進めよう」とあたしが言うと、「そうね。試験勉強をしないとね」とほのかが答えた。


 あたしはその言葉を聞いただけで溜息が零れてしまう。

 ひかり先輩のようにダンスが上手ければ――なおかつ美人なら――高校に行かずにプロを目指すような進路もあるのだろう。

 目の前にいる可愛い生き物はダンスも勉強もできるという規格外だ。

 羨ましい視線を送っていると、「何よ」と不機嫌そうなセリフが返ってきた。

 しかし、声のトーンはまったく尖っていない。


「いやあ、可愛いなあって思って」


「な、何言ってんのよ。ほら、勉強するわよ」


「充電が必要」とあたしが両手を広げると、「仕方ないわね」と言いながらほのかは身体を寄せてきた。


 あたしがギューッと抱き締めて「冬の間はずっとこうしていたい」と口にすると、彼女は胸元に顔をうずめ「それも悪くないわね」と呟いた。

 勉強のことなんか忘れて本当にずっとこうしていたい。

 それが許されるならどれほどいいことか。


 先に我に返ったのはほのかだった。

 顔を上げ、「いけない! あかりの頭がもっと悪くなったら私のせいだ!」とさらりと毒を吐いた。

 以前のように強引にその唇を閉ざしてしまおうかと一瞬頭をよぎったが思いとどまった。

 試験は受けなければならない。

 部長としてみっともない成績は残せない。

 一時の感情に負けて勉強を先延ばしにしてもあとで苦労するだけだ。


 よし、勉強するぞと気合を入れる。

 夜ひとりで勉強していると気が散って効率が悪い。

 ほのかがいる間に少しでもやっておこうと気持ちを切り替えたタイミングでスマホに着信があった。

 琥珀からだ。


『ちゃんと勉強してるん? ふたりきりやからってイチャイチャしていたらあかんよ』と琥珀はまるで見ていたかのような挨拶をする。


『だ、大丈夫。それで、どうかしたの?』


 あたしは声がうわずっているのが悟られなければいいなと思いながら答えた。

 琥珀は少し間を置いてから、『それなんやけどな。1年が今日ミーティングをしているそうやねん』と話を切り出した。


『ミーティング?』と尋ねると、『うん。学区の端っこにある公園に大人数で集まっているみたいやねん』と琥珀は心配そうに言った。


 定期テスト前は部活動は休みとなる。

 個人が身体を動かす程度なら問題ないが、あまりおおっぴらに集まれば当然注意を受ける。

 1年生にもそれは伝えてある。

 学区の端ということはそれを理解した上であえて強行したとも考えられる。


『まだやっているのかな?』と聞くと、『どうやろ。塾の友だちが見かけたんやて。中学生っぽい女の子らがたくさん集まって議論みたいなことをしているのを。それで、ダンスがどうとか言うてたからうちに知らせてくれたんよ』と琥珀は話す。


『あかりに知らせる前にみっちゃんに電話してみたら、なんだか誤魔化すような反応やったから1年で間違いないと思ったんよ』


 みっちゃんとは1年のマネージャーだ。

 あたしは『確認のためにちょっと見てくるよ』と応じた。

 琥珀はまだ塾だし、部長のあたしが確認に行くのが筋だろう。


『やっとあかりが勉強する気になったのに水を差されたわね』とほのかが渋面を作る。


 あたしも残念だと思っているのに、つい頬が緩んでしまう。

 ほのかは『戻ったらすぐに勉強を始めるわよ』と言って立ち上がった。

 だが、それは叶えられることはなかった。


 琥珀が教えてくれた公園には案の定1年生部員がいた。

 おそらく大半は帰ってしまったのだろう。

 残っていたのは中心メンバー数人だ。


「あ、部長」とあたしを見て顔をしかめたが、1年生たちは逃げも隠れもしなかった。


「部活動は休みだって知っているよね?」とあたしが確認すると、代表として奏颯そよぎちゃんが「それは知っていますが、これは話し合いで……」と言い訳しようとした。


「話し合いだって部活動の一部でしょ。これは学校が決めたルールだから……」と話していると「試験デ結果ヲ出セバ問題アリマセン」と可馨クゥシンちゃんが割って入る。


 あたしはムッとして「そういう問題じゃないでしょ!」と声を荒らげた。

 ほのかはあたしよりも厳しい口調で「先輩が話している最中に口を挟むなんてどういうマナーをしているの」と叱りつけた。


「議論に先輩後輩は関係ないんじゃないですか」と反論の声が上がるが、「議論と言うなら相手の意見は最後まで聞くべきでしょう?」とほのかが切って返した。


「とにかく今日は解散して。そして、テスト期間中は部活は禁止。いいわね」


 あたしの言葉に「自主練は?」だとか「会うのもダメなんですか?」だとか次々と質問の声が上がった。

 そんなの自分で判断しなさいよと怒鳴りたくなったが、判断した結果がこのミーティングなのだろう。

 あたしは事細かなことまで尋ねてくる後輩たちにうんざりしながら答えていった。

 結局、1年生たちを解散させた時には辺りはすっかり暗くなっていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部2代目部長。前任に比べてカリスマがないことは自覚している。部長って雑用係だよね……。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。競技面を受け持つ。あかりの前ではデレデレだが、1年生の前では厳しい先輩。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。運営面を担当。塾や習い事に通いそこでの友だちも多い。


恵藤和奏わかな・・・中学1年生。ダンス部。1年のリーダー格。姉は3年生で元部員。


可馨クゥシン・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。


渡瀬ひかり・・・中学3年生。元ダンス部。突出したダンスの才能を誇る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る