第456話 令和2年8月4日(火)「完敗」久藤亜砂美

 今日も暑い1日だ。

 教室内は冷房が効いているが、定期的に空気を入れ換えるために窓を全開する。

 窓際の席だとあっという間に冷気はどこかへ消えて行ってしまう。


 終わりのホームルームが始まる前に窓が開けられ、私は溜息を吐いた。

 ホームルームが終わってから開ければいいのにと毎回思うが、これが決まりらしい。

 一度作ったルールを頑なに守るのが学校だと近藤さんも言っていたが本当にくだらないことだ。


「久藤さんにお願いがあるんやけど」


 窓の外を見ていた私が突然名指しされた。

 教壇に立っているのはこのクラスの学級委員である島田さんだ。

 彼女が真面目な顔をしてこちらを見ていた。


「何?」と私は座ったまま尋ねる。


「横山さんのこと、もう少し考えてくれへんかな?」


 横山さんはクラスの女子で、7月下旬から休みがちだった。

 今日も欠席している。

 理由には心当たりがあった。


「それは悠美と横山さんの問題で私には関係ないよね?」


「関係あるに決まってるやん」


 私の返答を予想していたのか、私が言い終わらないうちに島田さんに言い返された。

 普段は柔らかな口調で話すのにいまのはかなりキツかった。

 私はその不快さに眉間に皺を寄せる。


「個人の問題じゃない。他人が口を挟むことじゃないわ」


 刺々しい口調で私は反論した。

 悠美と横山さんは1年の時にかなり仲が良かったらしい。

 しかし、悠美は私のグループに入り、横山さんは入らなかった。

 結果、ふたりは疎遠になり、横山さんは不登校気味になっている。


「生徒会役員になった以上、ほかの生徒にも目を配るのが役目なんちゃう?」


 島田さんは一歩も引こうとしない。

 彼女はダンス部の部員で上級生との繋がりがある。

 私が女子グループの数の力を恃んだところで怯まないだろう。

 ハルカがいないと私ひとりの力では脅すにも限界がある。


「そうね。横山さんが私のグループに入りたいのなら入れてもいいわよ」


 私は妥協案を示したのに、「それじゃあ解決せえへんやろ」と島田さんは譲らない。

 一瞬キレそうになったが、それが相手の狙いかもしれないと思いとどまった。

 彼女は一筋縄ではいかない。

 それでも苛立ちを隠さずに「どうしろって言うの?」と私は尋ねた。


「柳田さんに横山さんと仲良くしてってお願いして。久藤さんの言うことやと聞いてくれるやろ?」


「さっきも言ったけど、他人が口を挟むことじゃないでしょ」


「口を挟むことやん。傷ついている子がいるのやから」


 睨み合いながら彼女とは一生分かり合えないと思った。

 住む世界が違うのだ。


「私も島田さんに傷つけられたわ。誰か助けてくれないかしら」とおどけた仕草で芝居がかって言ったものの、島田さんは傷つくタマかよといった目でこちらを見ている。


「分かったわ。言うだけは言う。これでいいでしょ」


 私はさっさと終わらせてしまいたいと思いそう口にした。

 横山さんに興味はなかったが、むしろグループ内に引きずり込んで憂さ晴らしの対象にした方がいいかもしれない。

 島田さんに今日の代償を支払わせるために横山さんを利用する計画を立てていると、教壇に立つ島田さんが「じゃあ次やね」と言葉を続けた。


「久藤さんのグループのメンバーには目に余る行為がたくさんあるんよ。具体的には……」


 彼女は手元のメモを見ながらメンバーひとりひとりの問題行為を次々に述べ始めた。

 グループ外の生徒をからかった。

 クラスの決まり事を守らなかった。

 騒いだ、マスクをしていない、服装が乱れている、授業中に私語が多い等々。

 誰でもやるようなふざけ合いまで対象になっていた。


「7月中にうちが気づいた分だけなんやけど……」とメモを読み終わると、「まとめ役の人にはもう少し頑張ってもらわれへんかなって思うんよ」と私を見た。


「学級委員がその都度注意したらいいんじゃない」


「しとるんよ。だけど、あんまり聞いてくれへんねん」


 グループのメンバーは彼女のことをウザいと言って相手にしていない。

 こんな事細かなことまで注意されてはそう感じるのも当然だ。


 私は島田さんの様子を観察する。

 彼女は注意を聞かないから不満が爆発して告発したといった風には見えない。

 それよりも私を追い詰める材料を集めていたのかもしれない。

 彼女はしたたかだ。


「私からも注意しておくよ」


「そこでやね。もうすぐ夏休みやん。短いから課題の量は少ないけど、ちゃんとやるように面倒を見たって欲しいねん」


 それまで無表情だった彼女が初めてニコリと微笑んだ。

 私が断る理由を探す間を与えずに彼女は言葉を続けた。


「久藤さんは勉強も凄くできるからこれくらい余裕やん」


「生徒会の仕事の時間があるから、そんなに余裕だとは思わないんだけど」


「七海ちゃんから聞いたんよ。大変みたいやね。でも、部活やってる子に比べたら時間はあると思うんよ」


 私と同じ生徒会役員である田中さんをチラッと見た。

 目が合うと彼女は肩をすくめた。


 正直今日は完敗だった。

 しっかり準備をしてきた島田さんと不意打ちだった私では勝負にならない。

 グループに女子の半数ほどが所属していても、こういうやり方をされては魔法まほたちでは役に立たない。


「頑張るように言っておくわ」


 言ったところでやるとは限らない。

 いや、脅してやらせることは可能だろうが、こんなことのために力を使おうとは思わない。


「担任も喜んでくれはると思うわ」と島田さんは微笑む。


 今日のホームルームに担任は出席していなかったが、事前に打ち合わせていたのかもしれない。

 私がもっとごねていたら担任の信任を持ち出す気だったのだろう。

 私は苦虫を噛み潰したような顔で彼女を見つめた。


「それでな」


 まだあるのかよと毒づきたくなった。

 今日のホームルームはすでに普段の倍以上の時間が経過している。


「ちょっとしたゲームなんやけどな、久藤さんのグループの子らがきっちり課題をやってくれたら2学期の学校行事の担当を免除したろと思ってるんよ」


「できなかったら?」と問うと、「そりゃ人数が多いねんから中心になってやってもらわんとやね」と彼女は笑った。


「1年の時は失敗しても気にならへんかったかもしれんけど、2年やと後輩に笑われるんちゃうかな」と言葉を続け、教室内を見回した。


 そして、私の返事を待たずに「遅なったから今日はこれまでな」と教壇を降りた。

 承諾していないと抗議することも考えたが、彼女はそう考えていると言っただけで私の意見を求めていなかった。

 担当を多数決で決めるのなら対策ができるが、おそらく担任の後押しを受けて学級委員の権限で人事を推し進める気だろう。


 巻き返そうにも明後日は終業式だ。

 1年の時は対抗してくるのは原田くらいだったし、担任も放任気味だったので好き放題できた。

 だが、それによって教師陣に目をつけられてしまった。

 このクラスの担任も忙しそうであまりクラスの運営に関わってこなかったので舐めていた。


 生徒会に入り日野先輩の情報を得るという目的はあまり果たせていない。

 そのため近藤さんはつまらなそうな顔をしていたが、今回の件には興味を持ってもらえるだろう。

 今日のみっともない思いは必ず倍返ししてやるよ。




††††† 登場人物紹介 †††††


久藤亜砂美・・・2年1組。未来の希望に沿う形で生徒会役員に就任した。


島田琥珀・・・2年1組。学級委員。ダンス部。両親が関西出身ということで意図的に関西弁を使う。


横山一花・・・2年1組。1年の時に悠美と仲が良く親友だと思っていた。


柳田悠美・・・2年1組。アサミのグループのメンバー。


田中七海・・・2年1組。生徒会役員。クラスでは琥珀と一緒にいることが多い。


内水魔法まほ・・・2年1組。アサミのグループのサブリーダー格。


近藤未来・・・高校1年生。現在亜砂美と同居している。

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