第254話 令和2年1月15日(水)「部長の仕事」笠井優奈

「んじゃ、始めよっか」


 アタシは軽い口調で他のメンバーに声を掛ける。

 ひかりはニコニコとリラックスした表情だが、彩花は少し緊張気味に頷いた。

 早也佳が「おっし」と気合を込めた。

 マネージャーの綾乃は落ち着いた様子で手元のノートを開いた。


 今日はダンス部全員がソロでダンスを演技した。

 それを元にAチームとBチームにグループ分けをする。

 明確な定員は決めていないが、アタシの中では彩花並のダンスができることがAチームの条件だった。

 それは選考メンバーであるひかり、彩花、早也佳の三人にも伝えてある。


 彩花は2学期の始めに比べるともの凄く上手くなった。

 最初はクラスの平均に届くかどうかってくらいだったのに、運動会の時には他のクラスに行けばメインを張れるんじゃないかというほどになった。

 それは体力的にも技術的にも基礎が身に付いた証だ。

 日野の指導が優れていたことや本人が真面目に取り組んだことでそこまで到達した。

 しかし、ダンス部では運動のセンスを持つ部員に上回られるようになってきた。

 ダンス部に入部してから真剣に練習してきた部員の多くは彩花と遜色ない実力に到達している。

 2ヶ月程度のアドバンテージは元々の運動能力や才能で逆転できるものだった。

 それに彩花は1年生の指導に時間を割かれていたし。


 そんな訳で、練習や自主練をしっかりやれば彩花のレベルには追いつけるだろうというのがAチームの基準とした理由だ。

 彩花自身や早也佳もそれを納得してくれた。

 ひかりはアタシの言ったことをどこまで理解したか不明だけど。


 そのひかりは今日のソロでは一番手で登場し、もはや異次元と言えるダンスを披露した。

 日野から優れたダンスの動画をガンガン見ろと言われてそれを実践しているだけらしいが、運動会の時と比べてもアタシとの実力差は広がっているのが分かる。

 日野が音楽に合わせるのが抜群に上手いと褒めていたが、本当にその通りだ。

 踊る動きに神経を集中させると音とずれたりすることがあるものだが、ひかりにはそれがほとんどない。

 日野がもう高校に行かずにダンスのプロを目指した方が良いんじゃないかと話していたが、それが冗談とは思えないレベルになってきた。


 二番手でアタシが踊り、次に基準となる彩花に踊ってもらった。

 自主練に付き合うことがあるので、その実力はよく把握している。

 今日もその実力通りのダンスを見せてくれた。


 ただ彼女の場合、この前のイベントで意外なことに気付いた。

 クリスマスイベントは多くの観客の前で行われ、普段の練習とは色々と違いがあった。

 緊張感やプレッシャーもあったが、音楽が聴き取りにくかったり、足下が滑りやすかったりと経験しなければ分からないことが数多くあった。

 アタシを含め、ちょっとしたミスは数え切れないくらいあった。

 経験を積みながら克服していくべき課題だと思ったが、ひかり、彩花、藤谷の三人は本番で練習以上のダンスを披露していた。


 ひかりはともかく、彩花が本番に強いのは本当に意外だった。

 緊張する性質だし、本人もかなり緊張していたように見えた。

 それなのにいざ本番となると堂々と伸びやかなダンスをしていた。

 日野は仲間への信頼だろうと分析していたが、彩花のそんな強みを他の部員たちにうまく伝えていければと思う。


「とりあえず、この辺はみんな異論ないよね」


 Aチーム当確のメンバーと明らかに実力が劣る何人かの名前を挙げる。

 他の三人が頷き、選考には加わらない綾乃がノートにそれを書いていく。

 残った部員については全員がAかBか一致すればそのまま決定するが、ばらけた場合は話し合うことにした。

 今回は初めての選考ということもあり、他の三人がどういう視点で評価しているのか気になっていたからだ。


「彼女は下で鍛えた方がいいんじゃない? でも、Bに落とすと辞めちゃうかも」


 早也佳は二年生の部員に関してはアタシよりも性格などをよく把握している。


「そこから頑張れる人じゃないと今後厳しいよね」と彩花。


 彼女は今後どれだけ頑張れるか、前向きになれるかが評価基準のようだ。


「ひかりはどう思う?」と尋ねると、「無理じゃないかな。前に指摘したところが全然直らないし」とひかりらしからぬまともな返答があった。


 でも、別の部員に対しては「楽しそうに踊っているからAでいいんじゃない?」と言うので基準がよく分からない。


 三人の意見を参考にしながら、最終的な決断はアタシが下す。

 恨まれるのはアタシひとりでいい。

 その覚悟はあるが、一方でアタシたちは本当に見る目があるのかという不安もあった。

 顧問の岡部先生や日野に答え合わせをして欲しいという気持ちがどこかにある。

 岡部先生からは手助けはするけど口は出さないと言われているし、日野は今日も欠席だった。

 この結果次第で何人かが部を辞めるかもしれない。

 辞めないまでも部内の空気が悪くなることは大いにありうる。

 それが分かっていても実力によるチーム分けを継続すると決めたのはアタシだ。

 アタシが決めたひとつひとつが周りに大きな影響を与える。

 その重さが日に日に実感できるようになった。


「じゃあ、最後ね。――本田桃子」


「技術が足りてないよね」と早也佳が真っ先に意見を述べた。


「練習に向き合うようになったのが最近だからね。でも、いまが伸び盛りだから背中を押してあげたいな」と彩花が希望を語った。


「ひかりは?」と訊くと、「軸がしっかりしてたよね」と答えた。


「Aチームでもいけるってこと?」と確認すると、「うーん……」とひかりは頭を傾けて考え込んだ。


「Bでもうちょっと頑張ってもらう?」とアタシが言うと、「たぶんBだと友だちの影響で伸びないんじゃないかな」と彩花が懸念を口にした。


 周囲の影響を受けやすい子はいる。

 それがプラスに働いた事例が彩花だろう。

 だが、マイナスに働くことも少なくない。


「でも、そういう事情でAチームにするのはなあ……」とアタシが口を開くと、「藤谷さんの時と同じだと思うの。いまが本田さんに手を貸してあげるタイミングなんじゃないかな」と彩花がアタシの顔を正面から見据えて自分の意見をはっきりと述べた。


 見舞いに行った時に日野から聞いたという話はすぐに彩花から教えてもらった。

 アタシはそれほど気に留めなかったが、彩花は相当感銘を受けていた。


「早也佳はどう思う?」とBチーム残留と最初に言った早也佳に話を振った。


「そうだなあ……、特例って言っておけば、みんな納得するんじゃない?」


「それでいい?」と彩花に聞くと、「そうだね。サポートは厚めにお願い」と頷いた。


「んじゃ、それで決定」と言って、アタシは大きく息を吐いた。


「お疲れ様」といたわるように彩花が言い、早也佳や綾乃も「お疲れ」と肩の荷が下りたような表情を見せた。


「まあ、こっからが大変なんだろうけどな」と肩をすくめ、「これからもよろしく」とアタシは笑ってみせた。


 まだ引退の時期は決めていないが、夏休みの終わりか長くても文化祭くらいまでだろう。

 それまでできることなら誰にも辞めて欲しくはない。

 しかし、アタシがソフトテニス部を辞めたように、合わなければ辞める権利は誰にだってある。

 部員ひとりひとりが困っていたり、助けを求めていたりしたら手を差し伸べたい。

 それでもダメなら快く送り出すしかない。

 それが部長の役割だろう。


「んじゃ、帰ろうか」


 そう言ったアタシの声は思いのほか軽やかだった。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。ソフトテニス部の緩さに嫌気がさしダンス部を創部した。実力優先を標榜しているが身内に甘い性格なので苦労している。


須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。ごく普通の少女ながら周りの影響を受けてポジティブな考え方を持つようになった。


渡瀬ひかり・・・2年1組。ダンス部。合唱部では谷先生という優秀な指導者に遭い、ダンス部でも可恋の示唆が大いにプラスに作用している。ふたりとも性格はアレだけど。


山本早也佳・・・2年4組。ダンス部。優奈の以前からの友だちで2年生部員のまとめ役。


田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。運動音痴だが頭は良く、気配りもできる。ダンス部を陰で支えている。


日野可恋・・・2年1組。ダンス部設立を手助けし、練習メニューを助言したりした。


岡部イ沙美・・・体育教師。ダンス部顧問。新卒1年目の新米教師だが周囲の評価は高い。

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