第155話 令和元年10月8日(火)「それぞれの思い」塚本明日香・高木すみれ・麓たか良

◆塚本明日香◆


 今日最初の休み時間に泊里が日々木さんのところへ行った。

 嬉々とした顔で、渡瀬さんとのご褒美デートを申し込んでくると言っていた。

 彼女はそれを励みにダンスの練習を頑張っていたので、わたしも笑顔でその背中を押した。

 勉強もこのくらい真剣に取り組めば春菜も楽になるだろうにと思わずにいられない。


 泊里を送り出したあと、わたしは春菜に謝った。


「ごめん、春菜。デートの相手、春菜じゃない人にする」


 春菜はわたしの言葉に一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに「気にしないで。私も明日香じゃないんだから」と苦笑した。

 それを聞いてわたしは肩の力を抜く。


 6月初めのキャンプ以降、教室内では春菜、わたし、泊里の三人組でいることが多い。

 他のグループのような仲良し集団ではなく、寄せ集めという色が濃い。

 学校の外で会うことはほとんどないし、今回のご褒美デートだって全員がグループ外の相手を選択する。


 それでも、わたしはグループをまとめてくれている春菜に感謝していた。

 わたしは女子同士の付き合いが苦手だ。

 小学生の頃は男子と外を走り回っているような子どもだった。

 中学生になり、彼氏ができて、おしとやかになったかというと、自分ではあまり変わった気がしない。

 女子よりも男子の方が話しやすい気がしていた。

 そんなわたしを彼は心配することもあった。

 特にクラスが別れた二年生になってからは。


 休み時間は彼の元に足繁く通っていたが、体育の授業など他の女子と協同で何かしなければいけないこともある。

 孤立していても平気だと思っていたものの、春菜と同じグループになってからは気持ちがかなり楽になった。

 やはり、無理をしていたところはあったのだろう。


 このクラスの女子のグループが奇数の人数ばかりだというのが原因なのか、他のグループとの敷居が低く、グループ間の対立も見られない。

 風通しが良く、陰湿な雰囲気がないので、わたしにとってとても過ごしやすいクラスだ。

 春菜は委員長気質で仕切り屋なところもあるが、コソコソと裏で何か企むような性格ではないので付き合いやすい。

 もの言いはハッキリしているし、わたしの意見にも耳を傾けてくれる。

 何より束縛しないのがありがたい。

 泊里の扱いで手を焼く彼女を助けることで、信頼関係も深まったと思う。

 ただ、ふたりで遊びに行こうと思う関係でもない。


 趣味も違うし、性格も違う。

 雑談はしても、何かで話が盛り上がったりすることはほとんどない。

 信頼しているし、側にいても疲れない間柄なのに、一緒に遊ぶイメージは湧かない。

 とても不思議な関係だと思う。


 1ヶ月前であれば、そう思いながらも春菜を相手に選んだだろう。

 他に行きたい子がいないという理由で。

 いまも女子同士の付き合いは苦手だ。

 でも、わたしもようやく一緒にいて楽しいと思える女子と出会うことができた。

 それが彩花だ。

 ダンスの練習を通じて仲良くなった普通の女の子。

 なぜか気が合った。


 わたしは女の子同士で楽しく買い物をしたという経験がほとんどない。

 仲の良かった女子がまったくいなかったという訳ではないが、男子と遊ぶ方が楽しくて、女子と一緒にいると退屈に感じていた。

 わたしが年相応に変わってきたのか、彩花が特別なのかは分からない。

 彩花となら楽しく遊びに行けそうな気がする。

 いまのわたしに分かるのはそれだけだ。


 彼もたまにはいいんじゃないと笑って許してくれた。

 デートというのは大げさだとしても、こういう機会がないと自分から誘おうと思ったかどうか分からない。

 彼とのデートとは違ったワクワク感にわたしは胸を高鳴らせた。




◆高木すみれ◆


「相談があるのですが、よろしいですか?」とあたしは日々木さんと日野さんに尋ねた。


 休み時間はひっきりなしに彼女たちの周りに人が集まっていた。

 教室移動の合間にふたりの周囲に他に安藤さんしかいないタイミングを見計らってあたしは声を掛けた。


「いいよ、何?」と日々木さんが笑顔を向けてくれる。


「文化祭までかなり忙しいので、よければデートは文化祭が終わってからにして欲しいのです」


 クラス企画のファッションショーのポスター制作はほぼ完了しているが、美術部で展示する絵がまだ仕上がっていない。

 あたしにとって一世一代の作品にするくらいの気合いを込めているので、できるだけ時間を掛けたかった。


 日々木さんはチラッと日野さんの方を見てから、「いいよ。高木さんは大変だものね」とねぎらってくれる。


「あと、お相手なんですが……」とあたしは言い淀む。


 ふたりはあたしの言葉の続きをじっと待っている。

 あたしはゴクリと唾を飲み込んでから、一気に言った。


「日々木さんを指名すると護衛として日野さんか安藤さんが付くと聞きました。なら、最初から日々木さんと日野さんペアをお相手に選んでもよろしいでしょうか?」


 日々木さんが驚いた顔で「いいの?」と確認した。


「はい。あたしとしてはおふたりのやり取りを見るのがいちばん創作の刺激になりますから」


 このふたりの尊い関係を見ることがあたしの創作意欲をかき立てている。

 それにどちらかひとりとふたりっきりになったら話の間が持たないと思う。

 我ながら良いアイディアを思い付いたと自画自賛していた。


「高木さんがそれを望むなら、それで良いと思うよ」と日野さんが了承してくれた。


 ホッとするあたしに日野さんが言葉を続ける。


「日程だけど、高木さんが指名された場合も文化祭後じゃないとダメ?」


 あたしはすぐには意味が飲み込めなかった。


「え? 何ですか? 指名……って、あたしが指名なんて、ありえないですよ!」


 自分がデートの相手に指名されるなんて想像もしていなかった。

 だいたい誰が指名するというのか。

 可能性があるとしたら結愛さんと楓さんだろう。

 でも、あのふたりは同じ美術部で同じグループなのにあたしと仲が良いとは言い難い。


「可能性の話だから」と日野さんに言われ、「万が一そんなことが起きたら、相手の希望に合わせます」と答えた。


 そんなことは起きないと信じ切った回答だった。

 そう、そんなことは起きないと。




◆麓たか良◆


 放課後、ウォーキングの練習をしていると日野から声が掛かった。


「良いフォームね。本番も期待してるわ」


「本番って……」


 他の者に聞かれないように日野に詰め寄る。

 以前、練習に参加すれば本番はサボっていいと言われていた。

 ファッションショーの舞台に立つ気なんて、ワタシはこれっぽっちもなかった。


「何のことかしら」と日野がとぼける。


「約束を破る気か?」


「私が口約束を守ると思ってたの?」と日野は大げさに驚いた。


 ワタシは舌打ちして、教室を出て行こうとした。

 しかし、日野に首根っこをつかまれる。


「離せ!」


「麓さんにお願いがあるの」


「お願いする態度かよ!」


 ワタシの大声に他の女子が遠巻きにこちらを見ている。

 当然、誰も何も言ってこない。


「麓さんには三つの選択肢があるの。おとなしく私のお願いをすべて聞くか、断って散々な目に遭ってから私のお願いをすべて聞くか、断って散々な目に遭って起き上がって来れないか」


 日野はヒソヒソ声で怖いことを言う。

 冗談ならいいが、コイツはやりかねない。

 つい最近、日野より巨漢のキャシーを容赦なくボコった姿が思い出される。

 肉体的な攻撃力もワタシより上だし、精神的な攻撃も冷徹に仕掛けてくるだろう。

 それでいて不良のワタシと優等生の日野では、ワタシだけが悪いことにされてしまう。

 コイツはワタシにだけ自分の本性を見せて、暴力的に支配しようとしてくる奴だ。


「お願いって?」


 仕方なくそう聞き返す。

 ファッションショーはバックれる方法を考えるとして、そのお願い次第では全力で抵抗することも視野に入れる必要がある。


「たいしたことではないわ。ひとつ目は、ファッションショーにモデルとして参加すること。ふたつ目は、ご褒美デートの相手として私以外を指名しないこと。参加する気がないのなら聞き流して構わないわ」


 日野は指を三本立てて話し出した。

 ひとつ目はいま話題になっていたので分かる。

 ふたつ目のデートの話は、日野以外を指名して問題を起こすなということだろう。

 そんなガキみたいなことには興味がなかったのでどうでもいい話だ。


「私を指名したら、ちょっとしたご褒美をあげるわ」


「ご褒美?」と思わず食い付いてしまった。


「強くなりたいって気持ちがまだあるなら、悪い話じゃないと思うわよ」


「考えとく」と答える。


 鼻先にぶら下げられた餌にがっつく姿を見せる訳にはいかないというワタシなりのプライドだった。

 日野はワタシのそんな姿勢をニヤリと笑い、みっつ目のお願いについて話し始めた。


「最後は学校内でのひぃなの護衛を頼みたいの。安藤さんはいるけど、ひとりじゃカバーできない時もあるからね」


「日野は?」と訊く。


「これからの季節は休むことが増えるから。私が弱ってるからっておイタしちゃダメよ。それ相応のカウンターは用意するから」


 日野がニッコリと笑う。

 この笑顔は山ほどの企みを準備しているという脅しの笑みだ。

 ワタシはフンと鼻を鳴らす。


「デートは文化祭のあとね。モデルをすっぽかしたら、ボクシングの練習に切り替えるわ。どこまで人を追い込めるのか実験したかったし」


「……実験って」


「格闘技の練習中の事故はよくあることだから、頑張ってね」


 日野は悪魔だ。

 コイツの場合、ただの脅迫だけでは済まさないという凄みがある。

 不良のワタシから見てもどこか倫理観がねじ曲がっているようだし、法的な責任を回避するだけの知恵と知識がある。

 日野を利用して利益だけを得ようなんて虫のいいことは無理だ。

 手の届かないところまで逃げ切るか、双方に利益がある関係を維持するか。

 逃げた方がいい気がする。

 しかし、逃げる当てのないワタシには選択肢はなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


塚本明日香・・・2年1組。ダンス部に彼と一緒にどう? と誘われているが思案中。


高木すみれ・・・2年1組。美術部で展示する作品もモチーフは日々木さんと日野さん。


麓たか良・・・2年1組。日野があのキャシーを倒したのを見て更に恐怖を植え付けられた。


日野可恋・・・2年1組。文化祭後に向けて動いている。寒いと感じたら学校を休むつもりだし。


日々木陽稲・・・2年1組。ファッションショー用に学校に持って来てもらった私服は写真に撮ってから可恋のマンションに保管という流れだが、デートで着用する分はコーディネートのアドバイスをして返却している。


千草春菜・・・2年1組。日々木さんを指名したが、繁華街に行くなら護衛役が必要と言われ、コースをどうするか考え中。


三島泊里・・・2年1組。5月まではひかりとふたりでよく出掛けていたのに、いまは一緒にいられるだけでハイテンションに。

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