第140話 令和元年9月23日(月)「ダンス部」笠井優奈

「どうしたの、優奈。ムスッとした顔をして」


 今日は美咲たちと近くのファミレスに来ている。

 アタシが頬杖をついて窓の外を眺めていたら、美咲が心配そうに聞いてきた。


「別に」


 アタシは振り向かずに答えた。

 不機嫌そうというよりは、心ここにあらずといった声が出た。

 別に理由なんかないのだから。


「なんとなく優奈の気持ち分かるかも。わたしもやり遂げた達成感よりも、終わったっていう虚脱感みたいな寂しい感じが強くて、昨日は一日ぼーっとしてたもん」


「彩花は頑張っていたものね」と美咲が優しく声を掛けると、彩花は照れくさそうな笑顔を見せた。


 外が曇り空なせいか、窓に店内の様子がうっすらと映っていて、アタシはその光景を目で追っていた。

 休日の午後ということで、店内はそこそこ客が入っている。

 子どもの騒ぎ声も時折聞こえるが、全体的にはのんびりした雰囲気が漂っていた。


「ねえ、優奈。ダンス部はどうするの?」


 ひかりがそう口にした。

 今日のひかりはいつもよりソワソワした感じだったが、これを聞きたかったのだろう。

 アタシは渋々といった感じでひかりの方に向き直った。


「そういえば、そんな話してたよね。ごめん、まだ考えてない」


 アタシの返答に、ひかりはあからさまにがっかりした。


「ダンス部って?」と美咲がアタシに訊く。


「この前、ひかりにダンス部作ったらって言ったのよ。ものすごく楽しそうだったしね、ひかり。そしたら、アタシが入ればってひかりが言ったから、運動会終わったら考えるって答えてたんだ」


 美咲はアタシの説明に、「ソフトテニス部はどうするのですか?」と尋ねた。

 美咲の横で彩花が興味深そうにこっちを見ている。

 その彩花を不安そうに綾乃がチラッと見た。


「ソフトテニス部はなあ……。部長になれって言われたけど、めんどくさいしなあ」


 あたしがため息をつくと、美咲は「優奈ならできますよ」と励ましてくれる。

 でも、アタシはうんざりした顔になってしまう。


 アタシが所属するソフトテニス部の大半はやる気のない連中だ。

 そんな子たちに注意したり、尻を叩いたりするのが部長の仕事だ。

 とてもじゃないが、楽しそうな役回りとは思えない。

 アタシよりも適任がいそうなものだが、他の2年の顔触れを思い浮かべてもピンと来る奴がいない。

 本気で運動をやりたい生徒は他の部に入るし、アタシだって練習はサボってないけど自主練まではしないから技術は全然たいしたことがない。


 それに比べれば、ダンスは楽しかった。

 これまでの部活では味わったことのない充実感があった。

 正直、もっと続けていたかった。


 とはいえ、ダンス部を作るというのはハードルが高い。

 今回は運動会までの1ヶ月という目標があり、それに向かって全力で駆け抜けた。

 モチベーションが続くのかはやってみないと分からない。

 それに、上手いメンバーに恵まれたから楽しかったというのもある。

 みんな向上心があり、意欲があった。

 創作ダンスのリーダーを任されたが、周りのサポートも良かったし、アタシはダンスに集中できた。

 いろんなお膳立てがあったからこそできたというのを勘違いしちゃいけないと思う。


 アタシとひかりに、彩花も誘えば入ってくれるだろう。

 麓はともかく、塚本には声を掛けてもいい。

 だが、日野と安藤が入るとは思えない。

 うちのクラスのAチームのメンバーのレベルくらいの子が欲しい。

 そんな子がもっといれば楽しく活動できるかもしれない。

 入部試験をする訳にもいかず、練習について来れない子は勝手に辞めるだろうけど、それが部内の空気を悪くするのはソフトテニス部でよく知っている。


 そんなことをぐだぐだ考えていると、彩花が意を決したかのようにアタシに言った。


「優奈がダンス部を作るのなら、わたしもできる限り協力するよ」


 彩花の目がキラキラと輝いている。

 ちょっと前までは地味な普通の子という印象だった彩花は見違えるようになった。

 自信をつけ、一歩前に踏み出す勇気を知った。

 そうだよね、ぐだぐだ考えたところで何も始まらない。

 やりたいと思うのなら、やらなきゃ。

 アタシはいつだってそうしてきたじゃないか。


「じゃあ、部長、やってくれる?」と、にまぁ・・・と彩花に笑った。


「ぶ、部長!」と彩花は驚くが、「が、頑張るよ」と自信なさげに頷いた。


 彩花の覚悟を試した形だが、実際はアタシが部長で、彩花が副部長でもいい。


「よし、ダンス部を作ろう!」


 アタシの声が大きすぎて、他の客から非難する視線を向けられた。

 そんなことはお構いなしに、アタシはスッキリとした気分で笑顔を浮かべた。

 ひかりと彩花も楽しそうだ。


 アタシたち三人とはまったく無関係といった感じで、綾乃は自分のドリンクのストローをグルグルと回している。

 心なしか沈んで見える綾乃に、「マネージャーやらない?」と声を掛ける。

 綾乃はアタシを見て、「考えとく」と呟いた。

 誰がどう見ても気乗りしない態度だが、アタシには入ってくれるだろうという直感があった。

 まあ、彩花が誘えば断る訳がないか。


 美咲は微笑みを浮かべて、アタシたちを眺めていた。

 子どもたちを見守るお姉さんぽさが醸し出されているが、その表情はいつもより強張っているようだった。

 アタシが「美咲はどうする?」と聞くと、「わたしは……わたしも、考えておきます」と彼女らしくない歯切れの悪い答えが返ってきた。


 美咲はAチームではなかったので、ほとんど一緒には練習できなかった。

 聞くところによると、ようやく自分の欠点を自覚したらしい。

 それを克服しようと努力しているようだが、見た限り先は長そうだった。


 美咲は勉強も運動もそれなりといった感じだ。

 真面目で人間性は抜群だけど、取り立てて凄い技能があるわけじゃない。

 いくつかのお稽古事があって部活には入っていないと言っていた。

 なんとなく、なんでも真面目にやろうとし過ぎてどれも中途半端という印象がある。

 なんでもこなせることだって十分凄いんだけどね。


 そんな美咲の最大の弱点が、音感やリズム感がないことだ。

 欠点のひとつくらいあってもいいと周りは思っていたから、本人が自覚していないならハッキリと指摘しなくていいかと考えていた。

 しかし、ダンスではそれは致命的な問題となってしまう。

 結局、アタシは美咲に掛ける言葉を見つけられないまま残りの時間を過ごした。




 夜。

 自分の部屋の中を歩き回り、何度もため息をついてから、日野に電話した。


「何?」と日野の声が聞こえる。


「死ぬほど嫌だけど、相談がある」と正直に告白する。


「それで?」と日野はアタシの言葉を聞き流す。


「ダンス部を作ることになった。そっちも協力して欲しいけど、今日は美咲のこと」


「ダンス部を作るのには手を貸すよ」と日野は何も聞かずに請け負ってくれる。


「彩花とひかりは入部してくれるし、綾乃もマネージャーで誘ってる。あとは美咲なんだけど、ダンスができないことで自信を失ってるんじゃないかって思うのよ」


 日野はほんのわずか考えてから、「笠井さんはどうしたいの?」と質問してきた。


「どうって?」


「松田さんに立ち直って欲しいのか、ダンス部に入部して欲しいのか」


「そりゃダンス部に入って欲しいわよ。でも、それよりも美咲が元気になるのが一番に決まってる」


「それなら、できないことがあっても良いって本人に気付いてもらうことだね」


 日野は簡単に答えを導く。

 だから、つい頼ってしまう。


「……どうやって?」


「最初は小細工なしに、正面から話してみたら?」


「……分かった」


 日野はどれだけ親身に接してくれても、絶対に油断できない相手だ。

 日々木以外が相手なら、平気な顔で裏切ることができる奴だとアタシの勘が告げている。


 美咲のためだからと自分に言い聞かせ、「助かった。ありがと。また連絡する」とぶっきらぼうに言ってアタシは電話を切った。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・中学2年生。運動会の打ち上げをやりたかったが、当日はキャシーがいて日野たちがすぐに帰ったし、昨日も用事があると言われ、結局いつものメンバーだけでとなった。


松田美咲・・・中学2年生。現在通っているお稽古事はお花とプログラミング。


渡瀬ひかり・・・中学2年生。運動会の創作ダンスはセンターの位置で踊って注目され、もの凄く楽しかった。合唱も好きだけどダンスの方が目立つからもっと好き。


須賀彩花・・・中学2年生。運動会のダンスは小さなミスはあったけど、やり遂げた感はある。自分でもこれほどできるんだという自信になった。


田辺綾乃・・・中学2年生。自分の居場所がなくなりそうで怖い。いっそ……。


日野可恋・・・中学2年生。笠井さんや麓さんは自分自身と同じように私を見ているけど、私だって裏切る時は心を痛めるわよ。(裏切らないとは言ってない)

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